第3話「もうひとつの過去」
トン、トン、トン。
油が跳ねながらパチ、パチ、パチ。
お湯がグツ、グツ、グツと。
仕事の同僚であり親友の遠藤 瑠衣がキッチンでキュウリをひと口サイズに切りながら、フライパンで目玉焼きを2つ焼いて、小振りのキノコとネギを鍋で味噌汁を作っている。
少しずつお湯がグツグツと音を大きく立て始めるところで火を小さくした。
カチッ。
昨日たくさん泣いて疲れ寝ていた氷川 彩が目を覚ました。
ベッドからテーブルを挟んだ反対側にはいろんな物が収納されているラックがあり、その上には彩にとって見慣れないアニメのキャラクター達のフィギュアなどが飾られている。
ラックの左側にはPCデスクがあり、モニターが2枚もあった。
自分の部屋とはまるで違って、一瞬どこにいるのかわからなくなっていた。
パチパチ。トントン。と、生活音を聞きながら起きたことが1度もなかった氷川 彩にとって、とても安心感のある時間を初めて体験している。家族暮らしだったらそれが当たり前の日常だけど、ずうっとひとりでいると家族や生活音なんて縁もゆかりもない。
外はパラパラと小さく音をたてながら雨が降っている。少し開いてる窓から雨のにおいが入ってきて、部屋をまるで森のなかにいるように感じられる。
小雨と、朝食を作っている生活音。
耳が癒されて、強い眠気がまた押し寄せてきて、そっと目を閉じた。
とても気持ちがいい朝。
いつも自身が過ごしている家……というよりも部屋だろうか。このような経験は一度もなかった。
とても心を穏やかにできて、同時に癒されて。最高に気持ちのいい二度寝ができる。
小雨に紛れて車が通り過ぎていくサーッという音も混ざっている。
「ん~……」
ごろんと寝返りうって、左半身を下に壁に向かい横になってすぅすぅと寝息を立てる。
少し肌寒く感じた遠藤 瑠衣。
目玉焼きができたタイミングで火を止めてからリビングに戻ってきた。
そーっと静かに窓を閉めようとすると、二度寝しようかとしていた氷川 彩が声出した。
「いいよ。そのままで。このまま、聞いていたい」
「寒くない?」
「ううん。気持ちいい」
「そっか。おはよ、彩さん」
「もしかして、昨日……聞こえた?」
「聞こえたよ。瑠衣って呼んでくれたの、すごく嬉しいよ」
そっとベッドに座った。
「今まで氷川さんって呼んでたけど、いい? 彩さんって呼んでも」
「……ちょっと、こそばゆい」
「彩のほうがいい? どっち?」
「彩、で」
「ふふっ。了解」
「昨日は瑠衣って呼んで、ごめんね」
「ううん。全然いいよ」
不意に瑠衣が後ろから抱き着いてきた。
ビックリした彩は振り向こうとしたが、それはそれで恥ずかしいかもしれない。だからそのままの姿勢で、壁を見ながら瑠衣の体温を感じた。
「もし、ひとりが怖かったら、ずっとここにいてもいいよ」
「……ありがとう。でも、少し考えていい? 実はさ……魔法のコントロールができなくて。また、いつ猫になるか。わからないから」
「私は全然大丈夫だよ」
「ありがとう。ところでさ、午後になったら帰っていい?」
「もし迷惑じゃなかったらだけど、彩のところ、少しお邪魔してもいい?」
「この部屋ほど、綺麗じゃないよ」
「全然気にしないから」
「……わかった。それじゃ、午後、ね」
「うん」
社会人になってから友人との付き合いがほとんど減っていた瑠衣にとっては、かなり久しく訪問していないし、遊んでもいなかった。
彩にとってはひとりで寂しい思いをしていたから、優しくしてくれる瑠衣がとても頼りになれる。なので、とても大事な存在だと思い始めた――。
★
朝食を済ませたあと、瑠衣のアパートで数時間ほど話をしてから昼前に出発することにした。
玄関から出ると彩は眩しくもないのにサングラスをし始めるから、疑問に思った瑠衣はすぐに質問した。
「どうしてサングラスするの?」
「うーん……っと、人込みの中を歩く時さ、サングラスしていたいの。そもそも、さ。私って多くの人の中に行くのが凄いダメで」
「今は私がいるからさ。勇気出して外してみてよ。ね?」
「……大丈夫かな」
「怖かったら、私の手を握ってもいいし。ほら」
「た、試してみるよ」
恐る恐るサングラスを外しバッグにしまった。
彩が人込みを避けたい理由は、今の瑠衣ならわかる。
自分が魔女で他の人と違い不安に押しつぶされそうになる。ましてや身内も誰の助けもないなら、不安にならない理由がない。これまでどのくらい辛いを思いをして生きてきたのか瑠衣には想像できないが、これからは精一杯に助けて楽させてあげたいと考えていた。
彩にとってサングラスを使わない外出はかなり久しぶりになる。
不安がいっぱいで怖いが、側に瑠衣がいてくれるのだから頑張ろう。そう自分に言い聞かせて、瑠衣の手を取って早速歩き始めた。
「頑張って」
「うん」
それからは手を握りながら我慢しながら歩いた。
瑠衣の住む地区にはこれまで来たことがなく、土地勘も景色もまるで違う。
けれど人が多いことには変わりはなく、ましてや今日は日曜日だからたくさんの人がいた。
駅に近づくにつれてどんどん人が多くなり、手前の交差点でいっきに心拍数があがった。これ以上さきに進むのは辛く、できることなら戻りたい気持ちが高くなる。
「トイレ、行かせて」
時間が経つにつれて眩暈も感じ始めて、みるみるうちに顔色が悪くなっている。頑張ってと瑠衣は言ったが、そこまで具合悪くなってしまうことに気が付けなかった。
反射的に彩はサングラスをかけて、足早に瑠衣よりも早く近くの店に入るなりトイレへ駆け込み、深呼吸をし始めた。
「彩、足早い~!」
「やっぱり……ムリだよ。気持ち悪い」
「ごめんね。こんなに悪くなるんだ。列車は今までどうしてたの?」
「乗ってないよ」
「えっ!?」
「歩きか自転車。会社に初めて面接きた時はタクシーで、内定をもらった時はすぐに引っ越したよ」
「ほんとダメなんだ。じゃあ、小学校、中学校、高校の時は?」
「……………」
「どうしたの?」
「ごめん。今は話したくない」
「何が、あったの?」
トイレで長話をするのは気が引けていた。
彩は黙ったままトイレを出て、気付かずに入っていたがここはカラオケ店だった。
察した瑠衣はすぐに彩より前に出て、2人で部屋を取ってすぐにその個室に入った。
すると彩は荷物を置くなり、すぐ横になった。
「ありがとう、瑠衣」
「ううん。むしろ、ごめんね。いろいろ聞いたりして」
「いいよ。昨日のさ、うまく言葉で説明できないけど、私の記憶のなかにいたよね」
「うん」
「たぶんだけど、いま私を抱きしめてくれたら、記憶を見せることができると思う。断片的になるかもしれないけど」
「それでもいいよ」
「それじゃ、目、閉じて」
ソファーで横になり、お互いに抱き着いてそっと目を閉じる。
すると、彩の言っていた通りに昨日と同じ白い世界へと導かれた。
今回は初めてではないから、昨日の初めての体験とは違って落ち着いていられた。
そんな白い世界が開けるのと同時に、小学校の校門から出る所から記憶が蘇り始めた。
周りの小学生達は友達と会話しながらにこやかに帰っていくなか、彩はひとりだけで歩き出している。
人目を避けるようにすぐに人通りの多い道から外れるが、その通りは小学生が好き好んで通る道でないことが明らかだ。
ならどこを歩いていくべきなのか。
彩は今日もぐっと心を押し殺して、走っていつも自分が過ごしている場所へと向かう。
そこは瑠衣とか小学校の友達とかが住んでいる場所とは全く違う。
児童養護施設では親を頼れない子供達が多くいるのだが、彩は他の人とは違って、施設の人達は察してくれてひとりで”なるべく”過ごせるようにさせてくれている。
でも徹底できないことが時々あり、その度に自身は傷つき、他の人との距離を感じていた。
「氷川さん、おかえりなさい」
施設に入って何もできずに呆然としていると、いつも面倒見てくれている40代の女性保育士が話しかけてきてくれた。
彩は何も喋らず、そのままその女性の胸に飛び込んだ。
「今日は何もなかった?」
「……うん」
「もう大丈夫だからね。まだ時間が少し早いから、今日は……」
「ずっと隣にいたい」
「そう。それじゃあ……辛いけど、耳栓しばらくしててくれる?」
「わかった」
「氷川さんは強いね。私についてきてね。それと、なにかあったら声出して伝えてね?」
コクンと頷く。
両耳に耳栓を入れてくれると、外部の音は聞こえなくなった。
自身の鼓動の音が聞こえるけど、他の人の不快になるような言葉とかは聞こえなくなるから安心できた。
その女性保育士の手に引っ張られながら進んでいくと、施設の管理とかしている大人の人達が集う場所に導かれた。
声は聞こえないけど、氷川 彩がいると他の人が気付きすぐに話をそらすような素振りを見せた。
子供の耳に入れるべき内容ではない。若そうな大人も数人いるが、年配の方達はその人達に対して何か言っているように感じる。
なにを言っているのかはわからないけど、読唇術である程度はわかってしまう。
「あの子って、なんでいつも他の人違う行動をするんですか?」
「バカ。その話に触れるなって何度も言ってるだろ」
「おかしくないですか? ひとりにさせると危険だからなるべく集団生活をするように指導とかするのに、矛盾してますよ」
「とにかく、今ここでその話をするな」
女性の手の力が強くなる。
気が付けば足が止まっていた。
「ついてきて」
頭で縦に振り、頷いて合図した。
「ごめんな。こいつ本当にバカで」
手で悪いと合図してくれるその叔父様は彩が読唇術を体得している事に気付いている。おそらく、彩の手を引っ張ってくれている女性保育士も。
だから多くの人が特別に接してくれるし、特別待遇もしてくれる。
その代わりに、他の子供達からは反感をかってしまう。ほとんどの人は口にしないが、空気を読まない男達数人はいつまで経っても彩をいじめようとする。
大人達が代わりに説得するのだが、手に負えない男達だからとても困っている様子だ。
別の場所で叔父様・叔母様がその話でちょうど相談しあっているところで、大きい部屋を通って近づいてくる彩の姿を見るなり、軽く会釈をして唇の動きがわからないように背中を見せた。
そのような大人達の横を通っていくと、少人数でミーティングなどできる防音効果のある個室に入れられた。
「いつもこんな場所でごめんね。えっと、5時くらいまで、あと1時間くらいだけど、今日はどうしようか……うーん……」
「勉強、してます」
「ごめんね、いい暇つぶしを用意できなくて」
「大丈夫です。いつも気遣って頂きありがとうございます」
女性保育士は何かを感じたのか、目を潤わせていた。
「ごめんね」
そのごめんねの意味が、まだ中学生にもならない小学生にはわからなかったが、その意味を説明する時にスキップする。
同じ防音室の場所で、彩はその当時いつも面倒見てくれていた40代女性保育士と、もうひとりの年配の優しそうな叔父様が説明し始めた。
「本当はこんなことを氷川さんにさせたくないのだけど、あと数カ月で中学生になるタイミングで、凄く、凄く……、言いづらいけど、こことは違う施設に移動してもらうことになります」
「覚悟はしてました。いつも気遣って頂けて、とても感謝しておりました。私が読唇術で話を聞こえてしまうこと、ご存知ですよね」
「本当に申し訳ないです!」
40代の女性保育士の方は涙流しながら側にいてくれている。叔父様は涙を堪えながら必死に次の施設の場所を説明してくれる。
しばらくしてから叔父様が説明を終えて個室から出ていくと、女性保育士が泣きながら「ごめんね」と言いながら抱きしめてくれた。
一緒に彩も泣きながら、何年も手助けしてくれていた人と別れることとなった。
そうして次の中学生へと時間はまた変わる。
中学生になると彩は身体が大きくなっていくのと一緒に心も強くなり、ひとりで生活していく力を身につけ始めていった。
次の施設でも同じように特別待遇されて、前の方と同じくらいの40代の女性保育士に手助けされながら一緒に生活している。
その女性保育士の方から教わりながらの生活は小学生の時よりも早かった。
目まぐるしく日々が過ぎていき、周りの中学生達が仲良さそうに談笑とかしているなか、自分は勉強に必死だった。
家庭学習や数学など、特に生活していくうえで必修なことには全集中し徹底して覚えた。
そうこうして高校生になり、施設から離れることとなる。
生活支援は時々受けながらひとり暮らしを始める事となる。そんな1日目のことだった。
列車に乗って高校へと向かおうとした時のこと、気が付けば倒れていて、目を覚ませば駅の医務室にいた。
「君、大丈夫か?」
駅員さんが助けてくれたようだった。
すぐに吐き気を感じた彩は手で口を覆ったが、我慢は続かず、すぐに嘔吐してしまった。
近くにビニール袋とかなかったため、医務室の床とソファーは汚れ、自身の制服にもかかり、とても学校へと行ける様子ではなくなった。
「落ち着いて。全部、気にせずに出していいから。えっと、誰かビニール袋かなにか持ってきてくれる?!」
その駅員さんはずっと背中をさすってくれた。
誰かがビニール袋を持ってきてくれると、彩は肩で息をしながら袋を口に近づけ、うっと感じてのぼってきた物とかを全部吐き出した。とても目を開けていられない。
数分くらいしてようやく全部吐き終えて、目からは涙でいっぱいだった。
手は汚いが、ウェットティッシュでいろんな人が拭いて助けてくれていた。
「すみません」
「病院まで一緒に行こうか? お父さんかお母さんとかは」
自分では口にしたくなかった。
施設で助けてくれている方が「何かあったらこの名刺を使って」と渡してくれていたのを思い出す。その名刺をバッグから取り出して渡すと、顔色を変えてすぐにそこの番号に電話してくれた。
呆然としながらただただ時間が過ぎていくと、施設の男性と女性の2人の保育士が来てくれた。
「連絡頂きありがとうございました」
「氷川さん、施設に戻りましょう。容体良くないから、しばらく休学しましょう」
「わかりました」
「その前に、病院に行きましょうか」
「はい……」
男性保育士が肩を貸してくれて立とうとしたが、彩は身体に力が全く入らなくてすぐに倒れかけた。
意識も朦朧としていた……。
「このままじゃ無理だね。どうしようか」
「救急車が無難かもしれないですね。すみません、救急車を呼んでもいいですか?」
「構いませんよ」
「ありがとうございます」
男性・女性の保育士が落ち着かせようと話をしてくれても、彩はまた嘔吐し始めてしまった。
さっき大量に出したから今回はそれほどでもなかったけど、それでも、まだ出る物はあった。
口も鼻も臭い。
恥ずかしいとか言っていられず、女性の保育士さんがここで口の中身を吐き出していいよと言ってくれた。
水のペットボトルと新しいビニール袋を男性保育士が持ってきてくれていた。
言われるがままに、口の中身を水で綺麗にしてビニール袋に吐き出して、ボックスティッシュで鼻をかんで、とにかく汚物を出した。
そうこうして数十分が過ぎて救急車が来て、担架で運ばれて病院へと運ばれた。
緊急で病院に搬送され、手術とかはされなかったが彩はひたすら眠りに落ちていた。
どれくらい眠っていたのかはわからない。目を覚ますと病室にいて、左腕に点滴されて何か透明な液体が体内に入っているようだった。
「やっと目が覚めたね」
側にいたのはいつも一緒にいる40代の女性保育士だった。
「説明は、私からします」
反対から女性の声がした。
そこには白衣を着た人がいた。
「臨床心理士の葛城と言います。宜しくお願いします」
「……宜しくお願いします」
「氷川さんにとっては、きっと今まで似たような経験があったかもしれません。ですが、今回はきっとより過剰に反応してしまったのだと思います。パニック障害を、ご存知でしょうか」
「聞いたことはあります」
「ショックかもしれないですが、パニック障害が起きるということは――」
話を聞いているうちに身体がとてつもなく重くなり、目を開けていられなくなり、そのままそっと目を閉じた。
「おかしい、です、ね」
「大丈夫なんですか?」
「急ぎで電話します」
電話するコールが聞こえると、すぐに繋がったようだった。
「先生、早急にきてください。氷川さんの容態が妙なんです」
目は開けていられないけど、耳から音だけは聞こえた。
慌ただしく音がし始めて、数分した後にドアが勢いよく開いて、すぐに誰かが左腕を触ってきた。
「変ですね。点滴を中断します。氷川さん、聞こえますか? 聞こえたら、手を強く握りしめてください。氷川さん? 氷川さん?」
手を強く握りしめろと言われても、身体を動かせない。
音だけは聞こえる。
「反応しない。なんで?」
「私は右手を握ります」
おそらく、左手を握っているのは男性のドクターで、右手は臨床心理士の葛城さん。
「氷川さん、聞こえてますか?」
聞こえてる。けど、どう伝えたらいいのかがわからない。
すると、突然、徐々に身体が熱くなってきた。
今度は何が起こるの?
「体温が急上昇してませんか?」
「……確かに。氷川さんはただのパニック障害だと思っていたのですが、点滴がまずかった? いや、そんなはずはない」
「あの、氷川さんは時々ですが虚言癖をいう事があって。寝ている時なのですが……、何を言っているのか、よくわからないんです」
「どういうこと???」
ドクンっと大きく鼓動が響く。
彩は気が付いた。
何かが始まったと咄嗟的に感じた瞬間に、身体の自由が効き始めた。
「良かった」
「すみません、トイレに行かせてください」
「場所はわかるの?」と保育士さんが聞いてくる。
でも、身体はすぐにおかしくなっていき、彩は咄嗟的に保育士さんの手を強く握って、反対の右手で胸を強く抑えた。
ダメだ。苦しすぎてここから脱出できない……!
身体が違う何かに変化していくのを体感していた。
みるみるうちに小さくなっていき、肌色の皮膚が黒い毛色に変わっていく。
目なんて開けていられず、もちろん呼吸もほとんど出来ない。
激しい胸の痛みを感じながら、数分して気が付けば……、自分は黒い猫になっていた。
保育士も、ドクターも、臨床心理士も、なにも言葉にできず、どう反応したらいいのかもわからず。
お互いに目で確認し相談しあっていた。
これが初めての黒い猫になった時のことで、同時に、3人には魔女であることを隠し通しきれずにいたけれど、3人は絶対に口外しないことを、あとで約束してくれた。
★
非常に胸が苦しくなるような話を、記憶伝いに瑠衣は知りしばらく身動きできずにいた。
彩も疲れ切ったようで、結構な魔法を使ったからかぐったりとしていた。
「そ、っか……。その3人の、保育士さんと、ドクターと、葛城……臨床心理士の方は、知ってるんだね」
「知ってると言っても、ずっと、それからは何も聞いてこないし、普通だよ」
「口外しないとはそういう事だよ。今でもその3人の誰かとは会ってるの?」
「……うん。定期的にね。精神病の可能性があるかもしれないと言われてるから、カウンセリングを受けてる。それでも、駅とかにいくと発作みたいなのが起こる。だから、サングラスは外せないし、列車も利用しない」
「なるほど。ごめんね、ムリなことをさせて」
「いつか……話す時があったかもしれないから。気にしなくていいよ」
「私はあまり力になれないかもしれないけど、それでも、一緒に頑張っていこ?」
「ありがと」
ここまで言ってくれた人は瑠衣しかいない。
そんな瑠衣に感謝を込めて、手を握って、もういちど抱きしめた。