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「デューク」(江國香織)を読む5~センター試験に挑戦!

再び愛するものの死に沈んだ女性は、夕暮れの大通りを少年と歩く。話者を明示して、その場面を見ていきたい。


少年「今年ももう終わるなぁ」

女性「そうね」

少年「来年はまた新しい年だね」

女性「そうね」

少年「今までずっと、僕は楽しかったよ」

女性「そう。私もよ」


うつむいている女性の「顎をそっと持ち上げ」、「今までずっと、だよ」と言い、「懐かしい、深い目」で見つめた後、少年は女性にキスをする。女性の驚きは、「彼がキスをしたからではなく、彼のキスがあまりにもデュークのキスに似ていたからだった」。「ぼうぜんとして声も出せずにいる」女性に、「僕もとても、愛していたよ」と告げる少年。「寂しそう」な彼の笑顔は、「ジェームス・ディーンによく似ていた」。「それだけ言いに来たんだ。じゃあね。元気で」と言い、「青信号の点滅している横断歩道にすばやく飛び出して、少年は駆けていってしまった」。


 女性と少年の別れの場面。しかも永遠の別れだ。少年の言葉かけに、女性の返事は簡素でつれない。デューク喪失の悲しみがよみがえったからだ。彼女の心には、初対面のイケメンに心がときめいてしまっていた自分への嫌悪がある。

 この場面で少年は女性に対し、「新しい年」に向けて気分を一新し、一歩を踏み出してもらいたいと思っている。そうして女性とのこれまでの交流に、「楽しかった」という感謝の言葉を述べる。

 少年の「寂しそう」な表情には、女性との別れのつらさや、自分との別れを悲しむ女性への同情・共感が含まれている。しかし彼はもう彼女と別れなければならない。だから少年はわざと「青信号の点滅している横断歩道に素早く飛び出し」「駆けていってしまった」のだ。それは彼女が自分を追って来れなくするためだ。


 この少年は、デュークである。死んだデュークが、悲しみに沈む飼い主の女性をはげまし、別れの言葉を告げるために現れたのだ。「今までずっと、僕は楽しかったよ」の「今まで」とは、今日一日のことではなくて、これまでふたりが一緒に過ごした日々を意味する。それが女性に確かに伝わるように、わざと「今までずっと、だよ」と繰り返すとともに念押しをする。自分を見つめる少年の「深い目に」「懐かし」さを感じつつ、少年のキスを受けた女性は、「デュークのキス」を思い出す。それは「あまりにも」「似ていた」。ことの意外さに「ぼうぜんとして声も出せずにいる」女性に向けた、「僕もとても、愛していたよ」という言葉は、デュークからの愛の言葉だ。互いの愛に感謝を述べたのだ。そうしてデュークは、夜の闇に消えていく。あとに残された女性は、「そこに立ち尽くし、いつまでもクリスマスソングを聴いていた」。物語は、「銀座に、ゆっくりと夜が始まっていた」と締めくくられる。夜は死者の時間と空間だ。

 デュークの感謝と愛の言葉を受けた女性は、これまでのデュークとの交流を思い出すとともに、「新しい年」に一歩を踏み出す勇気を得ただろう。


 センター試験問5。「「それだけ言いに来たんだ。じゃあね。元気で」とあるが、この発言から読み取れる「少年」の心情はどのようなものか。」

「①「私」を慰め切れなかったことを悔やみながらも、一日つきあってくれたことに感謝する気持ち」×

「②最後にまたふさぎこんでしまった「私」に対して、あきらめかけながらなおも励まそうとする優しい気持ち」×

 少年は、あきらめてはいない。彼は、女性が再生する力を持っていることと、それを発揮できることを確信している。だから彼は女性をその場に残して去ることができたのだ。彼がその場から去ったのは、女性を見捨てたわけではない。かえって逆に、もう大丈夫だと思ったからだ。

「③「私」とともに過ごした幸福な歳月を懐かしみ、「私」の深い悲しみにこたえようとする惜別の気持ち」

 模範解答では、これが正解になっている。皆さんは、この正解をどう思うだろうか。

 少年の言葉の真意は、「言葉で愛と感謝を伝えることができてよかった。君ももう大丈夫、立ち直れるよね。だから僕はもう行くよ」という意味だ。

「それだけ言いに来たんだ。じゃあね。元気で」の言葉のどこに、「「私」とともに過ごした幸福な歳月を懐かしみ」があるのだろう? 同じく、「「私」の深い悲しみにこたえようとする」気持ちは発言のどの部分からそのように察せられるのだろう? 「惜別の気持ち」というのも、おそらく、「じゃあね。元気で」からそのような表現になったのだろうが、読みが浅い。あえて言うと、この時デュークに惜別の気持ちは無い。彼はもうあの世に旅立つ決意でいるし、実際にそうする。飼い主への後ろ髪を引かれる気持ちもない。女性はもう大丈夫、立ち直れると思っている。以上から、③は正解として不適切だ。

「④「とっておきの場所」を教え合って心が通じたことを喜び、また「私」に会えるだろうという期待の気持ち」×

「⑤一日のデートを通して二人の思い出をたどったことで、「私」への愛着を断ち切ろうとするあきらめの気持ち」×

 他の選択肢が全くダメなので消去法から残った③が正解ということなのだろう。しかし、③の内容はあまりにもひどい。

以前にも触れたが、消去法で正解を選ぶという作問はやめるべきだ。それは、文章読解の本質を避けた作問の態度だ。問5も問題があり、これでは受験生の不満がたまるだろう。この試験で進路が決まるのだから。

(つづく)

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