「デューク」(江國香織)を読む2~センター試験に挑戦!
「男の子」は、「白いポロシャツ」を着ている。これも伏線になっている。
初対面の謎を含んだ「ハンサムな少年」の視線に「射すくめられて」、「私」は「いつのまにか泣きやんでいた」。
「私」が「降りた駅で少年も降り、私の乗り換えた電車に少年も乗り、終点の渋谷までずっといっしょだった」。初対面にしては大胆な少年だ。ストーカーかと疑われても仕方がない彼の行動だが、「私」は彼をそのようには疑わない。疑念を抱くどころか、「ずっと私のそばに」いる少年が、「満員電車の雑踏から、さりげなく私をかばってくれていた」と感じ、さらには「少しずつ、私は気持ちが落ち着いてきた」。「私」は、21歳で、「少年」は「十九歳くらい」なので、2歳年下ということになる。「ハンサム」な年下の男の子に、「私」の心は少しのときめきを感じないはずがない。たとえ悲しみに沈んでいたとしても。こう見てくると、この物語は、ペットが死んだ心の痛みが、ハンサムな少年に見つめられそばにいてもらえただけで癒されたという話になる。
何も言わずにそばで見守ってくれる相手は、自分の心を癒すだろうが、それは、既に心を許した相手に限るだろう。いくらハンサムだからといって、初対面の相手に癒しを感じるのは、ずいぶん多情な女性だと思われても仕方がない。ペットを失った心の隙間に入り込まれたということもあるだろうが。
初対面の相手の年齢を、「十九歳くらい」と見立てるのは面白い。普通は、「二十歳くらい」とか、「二十歳前くらい」と言うのではないか。この細かい区分は、何に由来しているのかは描かれない。「私より少し年下」というのが適切だろう。
「私は気持ちが落ち着いてきた」。そうして、「コーヒーごちそうさせて」と彼を誘うのだ。初対面だが優しそうだし、ここまで付き合ってくれた。そのお礼をしたい、というのは表向きの理由で、彼女はやはり彼が気になっているのだろう。恋が始まる前のあわいに、彼女はいる。
「十二月」の渋谷の街は、「慌ただしく人が行き来し、からっ風が吹いていた」。「クリスマスまでまだ二週間」。「ツリーや天使」、「歳末大売り出しの垂れ幕」が、年末を彩っている。乾いた空気の中、雑踏を歩く二人。喫茶店に入ると少年は、「オムレツも頼んでいい」と尋ねる。これも伏線になっている。「私」の了承の言葉に、少年は「うれしそうににこっと笑った」。美少年の笑顔に「私」の心は射抜かれただろう。
「私」は、「公衆電話からアルバイト先に電話をして、風邪を引いたので休ませていただきます、と」告げる。
ここでセンター試験の問題。
問2 傍線部A「風邪を引いたので休ませていただきます」とあるが、アルバイトを休むに至った「私」の気持ちの変化はどのようなものか。
「①責任感からアルバイトに行こうとしたが、ひとりになった途端にどうしてよいのかわからなくなった。しかし、「少年」の親切によって悲しみが薄まり、彼にお礼をすることがアルバイトに行くより大事なことだと思うようになった。」
デュークが死んだ「次の日も、私はアルバイトに行かなければならなかった」の部分を、「責任感からアルバイトに行こうとした」と捉えることは可能だろう。次の、「ひとりになった途端にどうしてよいのかわからなくなった」の部分は、本文では、「表に出てドアを閉めたとたんになみだがあふれ」、「泣きながら駅まで歩き」、電車に乗っても「ひっきりなしにしゃくりあげている私」と表現している。これを、「どうしてよいのかわからなくなった」と言っていいかが微妙なところだ。「彼にお礼をすることがアルバイトに行くより大事なことだと思うようになった」という心情は、本文にはっきりとは表れていない。こうとも言えるし、こうとは言えないという内容。実際彼女は彼に「オムレツも」ご馳走してあげているが、アルバイトに行くことは責任感や義務感からの行動であり、少年へのお礼の気持ちがそれよりも大事かどうかは彼女に聞かなければわからない。
ここまでの物語の流れを見ると、彼女は彼に好意を抱きはじめていると読むのが普通だろう。21歳の女性だ。相手はイケメンの年下の男の子。心がときめかないはずがない。また、そうでなれば「物語」にならない。正解の選択肢には、これが絶対に必要だ。
「「少年」の親切によって悲しみが薄まり」の部分は、まず、少年の行動が「親切」心からかどうかは全体を読まないとわからない。また、この心理と行動を「親切」と表現するのはズレがある。
①は全体的に見て△の選択肢だ。
「②悲しんでばかりもいられないと思いアルバイトに出かけたが、どうしても悲しみに耐え切れなかった。しかし、「少年」の優しさにふれるうちに、彼をデュークの代わりとして愛することで悲しみから逃れられると思うようになった。」
「彼をデュークの代わりとして愛することで悲しみから逃れられると思うようになった」の部分が誤り。女性はそのように思っていない。②は明らかに×。
「③デュークの死に取り乱してしまい、アルバイトを休む口実も思いつかないほど悲しい感情ばかりが心の中を支配していた。しかし、「少年」のさりげない親切のおかげで余裕を取り戻し、風邪で休むことにしようと思うようになった。」
「アルバイトを休む口実も思いつかないほど」が×。女性は、アルバイトを休むという選択肢を考えていない。従って、「「少年」のさりげない親切のおかげで余裕を取り戻し、風邪で休むことにしようと思うようになった」わけではない。③は×。
「④アルバイトで楽しいことを見つけて気を紛らそうとしたが、涙が止まらず途方に暮れていた。しかし、ハンサムで優しい「少年」の愛情に接して悲しみも癒え、これから始まる新しい恋に期待してみようと思うようになった。」
「アルバイトで楽しいことを見つけて気を紛らそうとした」が×。そのようなことは思っていない。「これから始まる新しい恋に期待してみようと思うようになった」は、言い過ぎであり、誤りとして提示されているのだろうが、女性の心にこの感情が全くなかったとは言えないと思う。先に述べたとおり、この恋の予感がなかったら、彼女はこの後に続く少年との交流を望まなかっただろう。「悲しみも癒え」の部分は、女性の悲しみはまだ癒えたとは言えないので×。④は×。
「⑤アルバイトに行こうと強がって家を出たが、一人になると悲しみを抑え切れなくなった。しかし、「少年」の思いやりのある態度のおかげで悲しみが幾分か薄まったので、このまま彼と一緒に過ごしたいと思うようになった。」
「アルバイトに行こうと強がって家を出た」の「強がって」がやや引っかかる表現だ。女性は、アルバイトにはいかなければならないという使命感や責任感で、家を出ている。これを「強がる」と言ってよいかどうか。作問者はおそらく、「玄関で、妙に明るい声で「行ってきます」を言い」の部分を「強がって」と言い換えたのだろうが、女性がアルバイトに行く本質は、先に述べた感情だ。だからこの選択肢の表現は、登場人物の感情の本質を外したものということになる。「一人になると悲しみを抑え切れなくなった」の部分は、女性が家にいる時の様子が描かれていないのでわからない。つまり、女性が家で泣いたかどうかだ。「このまま彼と一緒に過ごしたいと思うようになった」は、この場面だけではやや言い過ぎの感がある。結果論としてこの後も彼女は彼と行動を共にするのだが、この場面でここまでの気持ちになっているかどうかは微妙だ。彼女は彼に促されるままに、なんとなく彼につき従っている様子だからだ。だから△。
①と⑤で迷うところだが、正解は⑤となっている。両者とも、後半の部分の表現が同レベルで引っかかるので、非常に紛らわしい。
一般的に国語の問題は、易しいものから難しいものへと並んでいる。そうして、問題相互が、他の問題のヒントになっていることも多い。また、選択肢を読むと、作問者がどのようにその本文を理解しているのかがわかる。これを具体的に問2で見てみると、明らかに作問者は少年の行動の源泉を、「優しさ」に見出している。①「少年の親切」、②「少年の優しさ」、③「少年のさりげない親切」、④「少年の愛情」、⑤「少年の思いやり」などの表現から、それがうかがわれる。前に、この少年の行動をもしおじさんがしたとしたら通報案件だと述べたが、特に問2までの部分では、まだ少年の行動の真意はわからない。単なるストーカーかもしれず(しかも昨今その可能性が高い)、謎の少年なのだ。それを作問者は、早くも単純に「親切」心と言い切ってしまっていることになる。だから解答者は、その情報をもとにこれ以降の本文を読解し、解答するということになる。本文を読み取る上で、作問者からのプレゼントのような選択肢だ。
ただ、選択肢を紛らわしくしようという努力の跡はみられるが、本文の言い換えの表現や、どこまでその推測が許容されるのかが微妙なものが多い。また、問いに対する答えの本質が書かれていない正解の選択肢もあり、いかがなものかと私は思う。繰り返しになるが、正解の⑤の「このまま彼と一緒に過ごしたいと思うようになった」という表現は、その気持ちは確かに女性に芽生えてはいるが、この場面においてここまで強く言い切れる段階にはない。言い過ぎの選択肢だ。もしこれが許されるのであれば、①の「ひとりになった途端にどうしてよいのかわからなくなった」も、「彼にお礼をすることがアルバイトに行くより大事なことだと思うようになった」も、許容範囲だろう。
従って問2の選択肢には疑問がある。
みなさんはどう思いますか?
(次回につづく)