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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪役令嬢とヒロインの顛末

作者: あんしあ

初投稿です。よろしくお願いします。

何故こんなことになってしまったのかアンジェリカには理解できなかった。

本当は今にも失神してしまいそうだったが、エメラルダ公爵家の威厳を保つべく、なんとか毅然とした態度でその場に留まる。しかし、目の前の光景にアンジェリカは手の震えを抑えることが出来なかった。



アンジェリカ・エメラルダはエメラルダ公爵家の長女で、このジェラル王国の王太子の婚約者だ。

この国は三大公爵家と呼ばれる御三家があり、一つは我が家なのだが、サファイア公爵は男児しかおらず、トルマリン公爵は先代が王族で血が近いということから、この婚約は結ばれた。

完全な政略結婚でアンジェリカの物心着く前には決まっており、僅か五歳で王宮にて王妃教育を受ける運びとなった。


正直、アンジェリカは王太子のフィリップ殿下とはあまり仲が良くない。小さい頃は無邪気に遊んでいたが、フィリップ殿下はあまり出来が良くない子供で、早熟なアンジェリカに嫉妬してか暴言やサボりが目立つようになり、それを諌めているうちに今の関係に至った。


だから、殿下が貴族の学園にて男爵令嬢に熱を上げているという話を聞いたとき、アンジェリカは少し安心した。フィリップ殿下にも息抜きが必要だから愛妾の一人や二人くらい許容するべきだろうと。


しかし、それを裏切るように、学園卒業式のパーティーにて、フィリップはアンジェリカのパートナーを放棄し、男爵令嬢の手を取ってアンジェリカを弾糾した。





自宅邸に戻ると、使用人がすぐ出迎えてくれた。

両親はまだ王宮に残っていて、事の仔細を聞いていることだろう。弟のアランにエスコートしてもらいなんとか屋敷に帰ってこられたが、力が抜けてその場にへたり込みそうになる。

なんとか応接室のソファーに腰を下ろすと、アランはアンジェリカの隣に座り、落ち着かせるように手を握った。


「姉上、よく聞いてください。」


「なに、アラン?私もう疲れてしまって…」


「いいえ。大事なことです。

姉上、今使用人に支度をさせています。明日、夜が明けたら直ぐに馬車に乗り隣国へと発ってください。」


思いがけない弟の言葉に、アンジェリカは息を飲む。しかし、アランの瞳は真剣で、アンジェリカは震えた声で「なぜ?」と問いかける。


「理由は二つ。ひとつは、あの男爵令嬢…マリエラとか言う女の後ろ盾についているのがスカーレット家だからです。おそらく、マリエラの妃教育は上手く進まないでしょうから、そうなると姉上を王妃に戻そうとする可能性があります。それを阻止するため、スカーレット家が姉上の命を狙うでしょう。」


「……確かに、十分ありえる話ね。」


「ふたつ目は、国内で姉上と釣り合う身分の男性がいないことです。十中八九、他国との婚姻を結ぶことになるでしょうから、その時にあのボンクラ王子がなにをするかわかりません。

姉上、幸い我が家はエドモンド叔父様がいらっしゃいます。叔父様の屋敷に身を寄せて、よい婚約者を探した方が安全かと思います。」


アランの話は筋が通っていた。

アンジェリカはそこで、父様の許可を取らなければ、と口に出そうとしたところで使用人が両親の帰宅を告げた。思ったよりも早い。


疲れきった顔の父と母が応接室に入る。使用人が紅茶の用意をするのを横目に、父は口を開いた。


「アンジェリカ、アランから話は聞いたかい?」


「エドモンド叔父様の方に身を寄せるというお話ならば…」


「ああ、聞いたんだね。」


その言葉に、父様もこの話を知っていたことを察した。


「数日前、陛下と話をしたのだけれど、その時にフィリップ王子があの男爵令嬢を正妻に据え置こうとしているという話を聞いてね。もちろん、家同士のパワーバランスを考えたらありえない話だよ。けれど、陛下の制止を振り切って、王子があの騒動を起こした。これによって、アンジェリカを王妃にすることが難しくなってしまったと言われたよ。一度言った言葉は消せないからね。」


「まあ……」


殿下は確かに勢いで行動するところがあるから、その話を聞いて納得した。

おそらく陛下に直談判しに行って、怒られて、余計に男爵令嬢との恋が燃え上がってしまい、公衆の面前で婚約破棄を命じるという暴挙に出たのだろう。


アンジェリカはフィリップに対して、「愛妾を持つことを止めることはしません。」ときちんと伝えた。というか、男爵令嬢が正妃になるなんて不可能だ。今から王妃教育をしたって間に合わないだろうから、彼女にも愛妾になることを薦めたはずなのに。


「アンジェリカはエドモンドのところでほとぼりが冷めるまで過ごした方がいいと思う。もちろんイヤならこの国に留まっても構わないよ。

どうする?」


「アンジー、今回の騒動で貴方の過失は何もないわ。だから、あなたの好きな道を選びなさい。」


母は微笑んでそう言った。その笑顔の下で顔色が悪いことはなんとなく気付いている。

アンジェリカは、その晩十年ぶり母親の腕の中で泣いた。

そして、翌朝すぐに隣国へ出発した。



* *



アンジェリカは叔父のエドモンドのもとで暮らすことになった。

何度かあったことのある叔父夫婦は相変わらず仲が良く、妻のカリナはアンジェリカに「辛かったわね」と声をかけて優しく受け入れてくれた。叔父も手紙を通じてこちらの状況を知っていたらしく、快くアンジェリカを迎えてくれた。


叔父は貿易の国とも呼ばれるフローラ皇国で商人をしており、おもに衣服や化粧品など女性貴族向けの商品を取り揃えている。アンジェリカは商売のことはさっぱりだが、たまにカリナとともにお茶会やパーティーに参加して商会の品をアピールすることは手伝った。


そのうち、アンジェリカは皇帝の目に留まり、皇帝の12人目の側室として迎え入れられることになった。


フローラ皇国は側妃が多いことがステータスであり、皇帝の側室もひとつのステータスで下賜されるときも箔がつき価値があると見られるそうだ。

アンジェリカは幼い頃から妃教育を受けており、数カ国の言語をマスターし、他国の文化にも精通していた。さらにその所作は優雅で、この国の流行にはやや疎いものの多方面の知識を有していることから殿方の会話も受けが良かった。


こうして、アンジェリカは今まで培ってきた経験や知識を活かして、他の側妃と友好な関係を築いていった。一時は正妃と騒動があったものの、円満に解決し、アンジェリカはフローラ皇国の側室として一人の女児を産み育て、幸せに暮らしたという。



* *



「スカーレット侯爵、この度は感謝する。」


フィリップがそういえばカールした髭が特徴的な中年の男性貴族がにこやかに頷いた。彼はスカーレット侯爵当主で、今回、フィリップの最愛の人であるマリエラ・オーランドを養子として迎え入れてくれたいわば共犯者だ。


フィリップには婚約者がいた。

幼い頃から決められた婚約者で、小さい頃は仲が良かった気がするが、アンジェリカは年々フィリップよりも高度な勉強をするようになり、まるでフィリップを見下すような態度をとったり、無理矢理勉強をさせようとするなど、気性の荒い部分や性格の悪い所を知ってしまい、すっかり仲も疎遠になっていた。


そこに、マリエラという天使が現れた。

マリエラはありのままのフィリップを受け入れてくれて、できないことは無理しなくてもいいのだと言ってくれた。その言葉にフィリップがどれだけ救われたことか。

アンジェリカはマリエラを愛妾に、などとふざけたことを言っていたが、ありえないと思った。


性格が悪いアンジェリカよりも、聖母のように優しいマリエラの方が正妃としての素質がある。

フィリップは父である王にそう直談判した。

しかし、結果としてフィリップが激怒されただけで終わった。


そこで、スカーレット侯爵の力を借りて、マリエラを侯爵家に養子として迎え入れてもらい、爵位を与えた。こうすれば男爵令嬢が正妃なんて、と文句を言う人間はいなくなる。


邪魔なアンジェリカは、卒業パーティーの舞台で婚約破棄を宣言したことで無事国外へ追放することができた。噂では皇国の側室になったそうなので今頃正妃になれず惨めな思いをしているに違いない。


父上も、マリエラがスカーレット侯爵家に養子入りした話を聞いて婚約を認めてくれた。

あとは、マリエラが最低限の妃教育を受けるだけだ。そっとマリエラの腰に手を添えて、こちらを見上げる潤んだピンクの瞳と見つめ合う。


「マリー、あと少しで僕たちは結ばれることが出来る。そのために、スカーレット侯爵のもとで頑張ってほしいんだ。」


「はい……私、フィリップのために頑張ります!」


こちらを心配させまいと微笑むマリエラに思わず口づけそうになったところで、パンパンと手を叩く音が響いた。視線をあげると、スカーレット侯爵の隣に立つ、スカーレット侯爵令嬢のカレンが父親とよく似た笑顔を浮かべていた。


「殿下、仲が良いのは結構ですが、そろそろお時間ですわ。」


「そうか、すまない。……カレン嬢、マリーのことを頼む。」


カレンにとってマリエラは義妹になる。彼女は穏やかで優しい人物だと聞いており、事実顔合わせでもマリエラは優しい人だったと絶賛していた。


「ええ、マリエラとは姉妹になるのですもの。楽しく過ごせるように微力ながらお手伝い致しますわ。」


「よろしくお願いします、カレン姉様!」


仲の良さそうな二人の様子に安堵して、フィリップはスカーレット侯爵たちと歩き出すマリエラを見送った。


この選択をのちに悔やむことになるとは、まだ思ってもいなかった。



* *



マリエラ・オーランドとして生まれ、実は貴族の婚外子だったと知ってからマリエラはこの世界をゲームのように考えていた。

そう、マリエラを中心とした恋愛ゲームだ。

数いる攻略対象の中でも狙うのはもちろん王子様のフィリップ。婚約者のアンジェリカはほんとに怖くてビビってしまったけれど、無事協力者を得ることができて、マリエラは王妃になるべく勉強を始めることになった。


そう、なるはずだった。


「きゃあっ!」


妃教育で王宮とスカーレット侯爵家を行き来する毎日。勉強ははっきり言って大変だけれど、フィリップが無理しなくていいと言ってくれるし、義姉のカレンも最低限でいいからと言ってくれるため、徐々に内容は楽になってきた気がする。


ある日のスカーレット侯爵家への帰り道、馬車が襲われてガタガタと激しく揺れる。御者は悲鳴を上げて逃げて行ってしまい、護衛はどこに行ったのかと外を見ると、見知った鎧の兵士はみんな血を流して倒れていた。


「ひっ…」


顔を上げると、覆面で顔を隠した人たちに取り囲まれている。手に持っているのは血に濡れた剣でこの人たちが人殺しなのだと語っているようだ。


「い、いや…」


「マリエラ・スカーレットだな。よし、殺せ」


顔の見えない誰かがそう告げる。逃げ出そうとするが重たいドレスと高いヒールが邪魔をしてすぐに躓く。振り返ると、視界には血塗れた刃が迫っている。やだ、こんなところで死にたくない!どうしてヒロインの私が…!


「キャーッ!」


悲鳴をあげるも虚しく、身体を刃が貫いて激痛を感じながら意識を失った。



* *



「マリー……あぁ、なんてことだ…!」


「フィリップ様…」


義妹の亡骸を収めた棺に追いすがる王子のそばに寄り添いながら、カレン・スカーレットは内心はほくそ笑んでいた。


マリエラを殺すよう命じたのはカレンだ。正確にはカレンの父親の雇った人間が殺し屋を雇ったのだが、まあこの計画を思いついたのはカレンなので実質自分が殺したようなものだ。


カレンは王妃になりたかった。

王妃という誰も逆らえない身分の魅力もそうだが、フィリップ王子に恋していたからでもある。まあ、フィリップが思ったよりおバカで少し幻滅したが、顔はいいので許そう。


しかし、三大公爵のバランスを考えるとカレンが王妃になることは難しく、かといってアンジェリカの下で側室になるのは絶対に嫌だった。アンジェリカのことは嫌いだから。


そこで、フィリップの入れ込んでいる男爵令嬢をスカーレット侯爵家の養子にすることにした。


アンジェリカと婚約破棄して、マリエラとフィリップの婚約が成立したあとでマリエラを殺す。

そうすれば、エメラルダ公爵とはもう婚姻できないし、侯爵家から王妃を選ぶことになる。そこでマリエラの代わりにスカーレット侯爵家の自分が自然と王妃になることが出来るというわけだ。


マリエラは馬鹿で勉強嫌いの王妃になる資格のない女だった。しかし、カレンは違った。この計画を思いつく前からそれなりに貴族としての教育は受けていたし、計画してからはいつでも正妃になれるよう様々な勉強をしていた。

アンジェリカには及ばないが、カレンは十分、この国の妃になり得るだろう。



あとは、この馬鹿な王子を慰めながら自分を王妃にするよう仕向けるだけ。


「マリエラ…なんて可哀想な……」


「カレン嬢も悲しんでくれるのだな…」


「ええ、だってたった一人の大切な妹ですもの」


崩れるように泣く演技を見せれば、フィリップ王子はあっさりカレンの肩を抱いた。

本当に、馬鹿な男。



それから数年後、王位を継承したフィリップの隣には美しい白銀の髪をなびかせるカレンの姿があった。

カレンは王として未熟なフィリップを隣で支えながらも二人の男児を産んだ。


フィリップは結婚から十数年経ってから、アンジェリカの弟であるアランよりことの真相を聞いてマリエラの死が仕組まれたものであることを知ったが、もう全てが手遅れで、フィリップはただ一人愛した女性すら守れなかった浅慮な自分を悔いるしかできないまま、生涯を終えることになった。

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[気になる点] アンジェリカの皇帝側室エンドなら、叔父の家で婚約者捜しエンドのが良かったんじゃないかな。
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