彼氏がひにんしてくれない
私――羽田千鶴が所属する女子相撲部には、絶対に破ってはいけない掟が存在する。
――高校を卒業するまで、彼氏を作ってはならない。
ありがちと言えばありがちなルールではある。恋愛に現を抜かして、部活が疎かになるなんてよく聞く話だ。
学生時代は部活に集中するべき――そういった意味でこういうルールがあるのは分かる。ただし、私の女子相撲部ではかなり意味合いが違う。
――私達が彼氏いないんだから、お前も彼氏を作るな。
女子相撲部の掟にはそんなメッセージが隠されている。
私の通う高校の女子相撲部は、全国に名を馳せるような強豪じゃない。じゃあ練習熱心な部活かと言えば、そうでもない。
つまり他人の色恋の足を引っ張るためのルールなのだ。彼氏ができない女子達が、リア充への嫉妬から生み出した掟だということ。
そもそも体型のこともあって、女子相撲部の部員に彼氏ができる機会が訪れるなんて皆無――言いすぎかもしれないけど――と言っていい。
女子相撲部員に彼氏ができる――本来起こるはずのない出来事。もし起こってしまったら、どうなってしまうのだろう。
彼氏のいない部員達から張り手の刑に処されるのか、はたまた退部させられてしまうのか、それは分からない。何せ前例がないのだから。
だからこそ怖い。恐ろしい目に遭うのは確実だ。それを分かっていながら、恋人を作る人は私は相当な馬鹿だと思う。
「羽田さん……あなた彼氏がいるってホント?」
はい。私は馬鹿です。彼氏作っちゃいました。
だってしょうがないじゃない! 彼氏いない歴=年齢の私に告白してくれたんだもん!
私は他の女子相撲部員と比べ、だいぶ恵まれていた。身近に親しい異性の友人がいたのだ。
彼と私は幼馴染で、小学校に入る前から付き合いがあった。
つい最近まで私は彼をそんな感じで見てはいなかったのだけれど、彼のある一言で私達の関係が変わった。
それは男の子が発作的に口にしてしまう言葉――彼女が欲しい。
2人で彼の部屋でだべっている時にそんなことを言われたものだから、ついつい流されて私は言ってしまった。
試しに私と付き合ってみる? 多分そんな感じのニュアンスだったと思う。
その時、彼の目が急に真剣なものに変わったのは鮮明に覚えている。忘れられる訳がない。
『千鶴好きだ。僕と付き合ってほしい』
幼馴染のいきなりの告白にはビックリしたけど、私は嬉しかった。即OKした。
高校を卒業しても彼氏ができる保証なんてないし、新しい出会いを探しにいくのも大変だ。得体の知れない男の子よりも、幼馴染の彼の方がいい。
そんなこんなで私は今、幼馴染の彼――大間裕夫と付き合っている。
「聞いたわよ。羽田さん、あなた、男の子と2人きりで駅前のちゃんこ鍋屋で、鍋をつついていたらしいわね?」
女子相撲部部長は裏切り者は許さないと言った感じで、鋭い剣幕で私を睨み付けてくる。
女の嫉妬は恐ろしい。一体どこから聞き付けたのか、先週の土曜に裕夫とデートしていたのがあっさり部長にバレてしまった。
正直、誰かに見られているとは思わなかった。お店の中に知り合いがいないことは確認していたし、誰かと鉢合わせしないようにお昼時は避けたと言うのに。
だけどここで、彼氏がいるということを認めてはいけない。認めたら、どうなるか分かったものじゃない。
「彼はただの幼馴染です」
「へぇ……そうなの」
部長の眉間にしわが寄る。白々しいとでも思っているのだろうか。
付き合っているのか、それとも付き合っていないのか、それは当人同士しか分からない。いくら周りが騒ごうが、本人達が否定すればそれでお仕舞い。
「しらを切るつもりね。ならいいわ。その彼を部室に連れてきてちょうだい。あなたの彼氏に直接聞いてみるから」
「分かりました」
やっぱり疑われている。部長だけでなく、他の部員も私に冷たい目を向けてくる。
バレる訳がない。裕夫には付き合っていることを内緒にするように言ってある。いくら疑わしくとも、部長は私を罰することはできないはずだ。
――そう思っていたのに……。
「あなたが羽田さんの幼馴染の大間くんね? 初対面でいきなり聞くのもあれなんだけど、あなた、羽田さんと付き合ってるの?」
「はい」
!?
話が違う。裕夫には、私と付き合っていることを疑われても、否認してほしいと伝えたはずだった。
「なに言ってるの裕夫!? 私達はただの幼馴染でしょ!?」
「別に隠すことじゃないだろ千鶴。悪いことなんてしてないんだし」
「「「「(#^ω^)ビキビキビキビキ」」」」
あ、ヤバい。部長どころか、部員達全員が般若の形相になっている。今にも角が生えてきそうな勢いだ。
どうしよう……。
これでもう言い逃れはできない。裕夫が認めてしまった以上、私達が付き合っていることは事実となってしまった。
裕夫はいつもそうだ。とにかく嘘を付くのが苦手で、聞かれたことには素直に答えてしまう。
不利益を被るようなことでも、それが事実であれば事実だと認めてしまうのだ。否定しない。
でも今回ばかりは勘弁してほしかった。裕夫だけじゃなく、私にも影響のあることなのだから。
「裕夫、どうしていつも否認しないの……?」
「避妊!? いつもしてるでしょ! この間した時だって、千鶴が着けてくれたんじゃないか! 変なこと言わないでよ!」
「そういう意味じゃない!」
「「「「…………」」」」
さりげなく大人の階段を上っていたことを彼氏から暴露されてしまう。
友達相手なら優越感に浸れるのかもしれないけど、今の状況では嫉妬の業火に油を注ぐだけだ。
「「「「どすこーい!!! 相撲部から出ていけ~!!」」」」
こうして私は、女子相撲部から追放されてしまった。
だけどこれでよかったと思っている。正直相撲はそんなに好きじゃなかったし。
最後まで読んでいただきありがとうございました。