第63話 紅葉
「痛ぇ・・・」
カナデにビンタを張られたところがジグジグと病む。なにか呪いでもかけたのかと疑いたくなる。
「主、これ以上拗れるのは天然がすぎます・・・」
とてつもなく長い溜息を吐きながらアントが愚痴をこぼす。俺はなにも拗れてねぇし、天然でもない!!
あの後、カナデのビンタには甘んじて受けたがそれだけでは気が晴れなかったのか、オモくそ風魔法付きで殴ってきた。流石に避けないと肉が刳れるガチパンチである。あんなもん友人に振るう拳ではない。
「いや、だってアント、ちょっと聞いてくれ。ナスカが他の集落でもし負けたら死ぬんだぜ?」
チッッ!!ペッッ!!!
「ちょっ、おまっ!!舌打ちしたな、今!!」
気怠さ満点のアントが言うには、ナスカが仮に他の集落で負けたとしても嫁入りする可能性はあるものの、命まで取られる可能性は相当低いらしい。というのも、アブリュート家の使い(この場合はナスカ)に打ち勝ったとしても、その使いを殺そうものならアブリュート家は完璧に敵に回り、集落はむごたらしい結末を迎えることになる。
「じゃぁ、なにか?俺がナスカに勝ったのって・・・」
「主、ナスカお嬢様を娶ってください」
「バカじゃね?好きにできるんだったら帰ってもらえば良いじゃん」
「うぅ〜、ゲインに傷物にされたぁ」
はんなりした仕草でナスカが横にいるカナデに寄りかかる。カナデがフッーっと威嚇の声を上げる。獣人だけにかなりその姿はハマっているが、今吹き出すと左頬にも紅葉を作ることになる。それは避けなければならない。呪いでも込められているのか右頬はまだズキスキする。
館の庭に面した縁側で俺はあまりのショックに天井を見上げる。アントが立つ中庭から気持ちの良い微風が入ってきた。ピンクの前髪がゆっくりと揺れている。
「主、どうします?」
「えぇ〜、ナスカ・・・」
「えっ、なにっなに!?」
横着して寝転がったっまま首だけナスカの方へ向けると居住まいを正して座っている。ナスカの頬が妙に赤い。
「もう帰れ」
「・・・あ”ぁ”?ねぇ、アント、この集落灰にして良い?」
「ナスカお嬢様、ご冗談はおやめください」
剣呑な雰囲気に上半身を起こし、両手を組んでひと伸びする。皆の視線が痛いが、俺はなにひとつ悪いことはしていない。絶対にしていなーい。
「俺は絶対にワルクナーイ」
俺の魔法は周囲を沈黙へと誘う。万能魔法『ワルクナーイ』が完成・・・だめか。
「ナスカ、俺、付き合ってる人がいる」
「カナデさんのこと?」
「違う。ナスカも知ってる人だ」
「えっ・・・」
固まるナスカを無視して鍛冶場へと向かう。当主様に御礼に渡す刀を造らなければならない。
◇◇◇◇◇◇◇
そして、戦闘してから2週間ほど経った頃、集落の南から巨大な竜巻が集落に向かっていると報告を受ける。
「ん〜、絶対に人為的な魔法だよね?」
遠くから目視できるほどの竜巻は不自然なほどまっすぐ向かってきている。
「あ、あれって・・・パパ!?」
中央広場にいるナスカが声を裏返して言う。ナスカのパパってつまり・・・。
「当主様が来たの?」
「多分、あれパパの魔法だよ」
「分かった。俺は食事の用意をする。アント、もし普通の竜巻だったら吹っ飛ばせ」
「主、それどうやって判明させるんで」
「任せたぞ!!!」
俺は某商会長に学んだことがある。困ったときはベストを尽くし、部下を信じてその場を離れる。するとなぜかうまくいくのである。目の前で何度もその奇跡を俺は見てきた。アントよ、無事ミッションをこなしてくれ。
「オトハ、料理手伝ってくれ」
「ゲイン、ほんとうに良いの?あれ竜巻だよ?」
少しずつお腹が目立ってきたオトハを館の厨房へと連れていく。一応、防壁仕様にしておいて、万が一の場合は地下に逃げれば何とかなる。厨房の下の貯蔵庫に万が一のときは隠れて貰えば難は逃れられるだろう。竜巻は前世のTVで見ていたが地下に避難するケースが多かったはず。
「ワインはある物で最上のもの。前菜、メイン、デザート・・・」
取り急ぎ作りつつ、ランチにしては手の込んだ料理を俺はせっせと作った。
◇◇◇◇◇◇◇
「美味しかった」
「当主様、お粗末様です」
臣下の礼は取らず、俺はお辞儀を丁寧に返す。頭を上げると俺を見据えていた当主様と目がある。
「ふむ・・・・。ゲインよ、あまり変わりはないようだな」
「はい、進化こそしましたが僕自身に変わりはありません」
「ナスカはどうする?」
テーブルにナプキンを置きながら当主様がナスカについて言及する。あまり当主様に質問をされたことがないので、妙にドギマギする。
「えっっと・・・。お帰りになって頂こうと思ってました」
「嫁にはいらぬか?」
静かにテーブル越しに確認するかのように俺を見定めた目を向ける。周囲の空気の温度が下がったような感覚に陥る。
「はい。僕には好きな人がいます。それに・・・ナスカは大事ないも、友人です」
動揺しているせいか妹とか言いそうになった。背後でアントが鼻息が荒くなっている。カナデが小さく「噛んだ」と言っている。ほんとうに住民に恵まれた村長です。
「アンが・・・音信不通になったと言ったらどうする?」
・・・はっ?
思考が凍結する。当主様の言葉を理解したはずが、まったく頭が回らない。聞き間違いではないが、聞きたくないのか言葉を遮断する機能が働いている。
「当主様、ご冗談です・・・よね?」
「ゲイン、すまない」
当主様が席から立ち上がり頭をゆっくりと下げた。当主様が謝られたこと、俺に頭を下げたことが十分に事態を物語っていた。心の底からヌルリと温度のもった嫌な感情が広がっていく。
「アンはどこにいるのですか?」
頭はやけに冷静なのに、心がガサついたまま当主様に問い詰めていた。握り締めた拳から血が出ていた。当主様は俺に言うのを逡巡していたが、再度、「教えてください」と頼むとゆっくりと言葉を開いた。
「南のガイダル王国のベグードというエルフがいる街に向かわせた。そこから音信不通だ」




