第61話 それぞれの行動、あるいは思惑
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それにしてもあのフルーツ・ケーキには心底驚かされました。ゲイン様が作る甘味は既に神の領域に踏み出しているとアンは感じていた。そして、ゲイン様と一緒にケーキを製作されたメイプルにも敬意と感謝、それと一部畏怖のようなものを感じていた。
そして時々下腹部に甘い疼きを思い出す。
これまで一線を超えずに耐えていたゲイン様を見続けることは私にとって甘美な、それこそ何時迄も舐めていたい飴のようなものだった。もちろん、一線を超えられても問題は無く、アブリュート家の繁栄にもつながる重要事項だとさえ思っていた。
それがまさかの完堕ちである。何百年と生を過ごし、何度となく夜を重ね過ごしたことはあれど、心から墜とされることは無かった。逆は数えきれないほどあったし、それが必要なときも多々あった。
「事情を説明して当主様にお許しをいただけるのでしょうか」
アンは自分がこれから説明する事項に頭を悩ませたりはしない。ただ、当主様の許しを乞う行為、それ自体に申し訳なさで一杯になっていた。アンとしては裏切りでは無いが、周りはどのように受け止められるかは別の問題である。
他に与えられたミッションを少しずつ処理しながら、アブリュート家へ戻れる日を計算するのだった。
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「どうもこんにちは」
久しぶりに会ったゲインは別格の存在に昇華されていた。私が鬼神の成人の義を終え、格が段違いで上がったにも関わらず、その潜在的な魔力はいまの私を超えている。これまで平和ボケとしか思えなかったポッチャリ・ゴブリンの面影はピンクの髪くらいしか残っておらず、顔の造形に至ってはお父様にも負けないほどイイ男になっている。
ゲインの癖に生意気な。
私に気がついていないゲインに少し苛立ちながらも会話を続ける。
「やっとここまでたどり着いたの」
別にお前なんかに会いたかったわけじゃないから。そ、そうっ、私はゲインの作るご飯が好きだった。野外修練のときにその場で食糧調達するゲインは、手早く簡単だけど美味しい料理を難なく作るのだ。おいしいご飯に勝るものなどない。
「そうでしたか。でも、お帰り願いたいのですが」
表情は真面目なまま存外な言葉を私に投げてくる。本当にゲインなのかと疑問にさえ思う。
「あら貴方じゃダメなのかしら?」
「残念ですが好きな人がいるんですよ」
えっ・・・・・・。
「それは妬けるわね」
「まぁ、まだ片思いみたいなモノですけれどね」
なんとか混乱する頭から冷静を奮い立たせると、心からフツフツと何かが湧いてくるのを感じた。言葉にしたから沸いたのか、先に言葉に出ていたのかは分からない。
自然と右手にはマジックバッグに入っていたジグ印のミスリル・ロング・ソードが収まっている。冷たい感触がこの上なく落ち着く。
「少しだけお相手くださります?」
「えぇ、善処します」
返す言葉とは裏腹に、ゲインの私を見る眼はまったく諦めていないものだった。アブリュート家の模擬戦のときから、ゲインは一度だって私に負けても良いなんて思っていなかった。
「ふふふ・・・久しぶりに相手が本気だと嬉しいわね」
これまで何度となく他の集落で戦闘をしてきたが、ここまで敵意と覚悟をもった目は見たことがない。すぐに思い出せるのもアブリュート家で戦ったポッチャリ・ゴブリンくらいだ。
戦闘に夢中になっていると自分の乱れた呼吸に気がついた。間も無く陽は沈む。逆光でも分かるほどゲインはニヤけており、その姿に腹が立つ。
思わず鳩尾を蹴り飛ばしていた。
模擬戦で分かったことだが、ゲインは有り余る身体を全くコントロールできていなかった。格が上がるということは、別次元のレベルへと昇華されることだ。いまの私よりもゲインの格は上がっているのに、成人の儀前の私と戦闘になったとしても、命を先に落とすのはゲインだっただろう。傍から見ると明らかに違和感を覚える戦闘だ。
「しっかしバカみたいに強くなったわね、ゲイン」
レディーたるもの相手を賛辞することも忘れない。
明日からフルボッコにしてやろう、まずはご飯ね。
吹き飛んだゲインを見てスッキリした私は集落へと歩を進める。
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「はい、これパパから頼まれたの」
私はゲインにパパから頼まれた書類を渡す。アブリュート家の印がなされた書類を見て、ゲインは一瞬目を見開いき、横にいたアントは嬉しそうに微笑んでいた。
「なんか嫌な予感しかしないんだけど?」
「じゃぁ、それ破ってパパと戦ったら?」
私の言葉にドン引きしたゲインが恐る恐る封を開け、ゆっくりと内容を確認している。多分、パパがゲインに敵対することは無いだろう。もし、そうするのであればアブリュート家でいつでもヤレタのだから。
「アント、これって?」
ゲインはアントに説明を求めていた。私も内容を確認すべくゲインの横から顔を覗かせると、ゲインが慌てて私から距離を取る。なんだ?失礼だな・・・。
「これは・・・アインス村がアブリュート家に認められた文書です」
「それってどう言う意味?」
「パパが認めたってことでしょ?あと1枚、つまり近隣の有力者2名に認められれば、簡単に侵略されずに済むわよ」
私の言葉を理解したのか、アホみたいな顔でこちらに向き直るゲインに教える。私がゲインに教えることは珍しいことだ。前の訓練中も教えてもらってばかりで、つい胸を張ってしまう。
「ちょっと失礼します」
ゲインがなぜか私の胸に手を入れてきた。
「なっ、なにしてんのよ!!!」
「いや、ほんものかと思って」
「どういう意味よ!!!!」
殴り倒すよりも先に胸を隠し、怒りよりも頬が熱くなるのを感じた。絶対に明日はボコボコにしよう。




