第60話 戦闘と模擬戦
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ざわざわと背筋にまで鳥肌が立つのを感じる。少しずつ、ゆっくりと確実にこちらに向かってくる相手への反応だろう。ここまで体が反応するのも久しぶりだ。
とりあえず皆のいる門からかなり距離をあけて開けた場所に着地する。西南方向の林から現れたのは女性だった。
「どうもこんにちは」
縦ロールの水色の髪をなびかせ、女王蜂のようにスタイルが良く、上がった口角から長く鋭い犬歯が自己主張していた。白いシャツを必要以上に前のボタンを開けて着ており、ピタッとしたパンツ、ヒールのある靴で森を庭のようにあるく。歩きにくいツタや泥濘んだ地面が彼女のために避けていくように見えた。少なくとも第二ボタン以外に隙は見当たらない。
「これはご丁寧に」
俺もきちんとお辞儀を返す。もうハーピーみたいな魔族もいなくなったのか門付近からしか気配を感じない。アントも問題なくジャンボローにトドメを刺したのだろう。
「やっとここまでたどり着いたの」
妖艶に笑った姿はそのまま俺にチャーム系魔力を飛ばしてきていた。鼻腔にまで甘い匂いが届いてくる。チャーム系レジストには地獄の特訓を思い出すと都合がいい。
「そうでしたか。でも、お帰り願いたいのですが」
「あら貴方じゃダメなのかしら?」
「残念ですが好きな人がいるんですよ」
チャームをレジストした俺に驚いたのか、それとも返答に驚いたのかは分からない。
「それは妬けるわね」
「まぁ、まだ片思いみたいなモノですけれどね」
いつの間にか女性の右手には銀色に輝くロングソードが握られている。俺もサインを剣帯から外し中段に構える。
「少しだけお相手くださります?」
「えぇ、善処します」
すぐに張り詰めた空気が一帯を支配する。安易に動かず、こちらの重心を読ませないよう少しずつ騙すよう体の位置をずらしていく。
「ふふふ・・・久しぶりに相手が本気だと嬉しいわね」
そう聞こえた瞬間、気配を背中に感じ躊躇ぜずに前方向へと飛ぶ。回転して振り向くと、少し前にいた場所に地面に剣筋跡が残る。
「いいわね。そちらからどうぞ」
剣筋を見ていた俺の横には既に女性が立っており、指南するかのように俺を手招きしている。これがベッドだったら俺はとてもじゃないが抵抗できず、飛びついていただろう。いまは真逆の気持ちでいっぱいだ。
剣を縦に小さく振るい相手の剣とぶつかり合う。膂力は俺の方が勝っているらしく、鍔迫り合いでは突き飛ばすことができた。少しだけ相手の驚く顔が見れて俺は口角が上がっているのを感じる。
「あなたも中々の戦闘狂なのね」
そこからは剣戟を繰り返し、俺は夢中になって相手の剣に合わせていく。全力で身体強化を使い、カナデが使っていたように魔力を剣に纏わせて対抗する。どれくらい打合いをしたのか分からない。ただ、間も無く陽が沈むのが染まった相手の顔で分かった。
全力で戦っていると間、どんどん自分の実力が上がっていくのを感じた。相手の剣筋をなぞるように振るった剣で合理的な動かし方を理解し、次々に振舞われる剣を躱す度に心底ゾッとする思いをしながらも俊敏性と気配察知が体に馴染んでいく。
「隙あり」
これまでの剣戟から体術に切り替えられ、思考が追い付かずにモロに鳩尾に蹴りが入る。吹っ飛びながら胃の中をリーバスしそうになったが何とか踏みとどまる。気が付くと息は俺よりも相手の方が上がっていた。
「しっかしバカみたいに強くなったわね、ゲイン」
急に相手の圧力が引き、俺の名前を呼ぶ。名乗ってもいないし、『アナライズ』を受けた感触も無い。そんなことを疑問に思っていると目の前の女性がクスクスと優雅に笑い始める。
「えぇ〜、まだ気がつかない?」
すでに戦闘の緊張感は無く、アントが横に来て伏せをする。
「お久しぶりです。晩餐のご用意がすでに整ってます」
「やったぁ〜、久しぶりのゲインの夕食だね!!」
「えっ?・・・えぇ!!」
アホみたいに美人になって現れていたのはナスカ・アブリュート(戦闘狂)だった。
◇◇◇◇◇◇◇
「なぁ、アント、気がついていたなら教えろよ」
「いえ、主が気が付かないなどあり得ないと思ってました」
ぐっっ・・・ドヤ顔で言い放つアントに言い返す言葉も思いつかない。
「主、おこがましいですが、最近余裕が感じられません」
「・・・あぁ、ちょっと気負い過ぎてたのかもしれないなぁ」
思い当たるところは多々あった。オトハの出産は心配だし、この村の襲撃に対応できるか日々ピリピリしていたのは間違いない。
「主、もう少し皆を信頼していただきたい。あと、何があっても誰も後悔などしません」
それだけ言うとアントはナスカの横へと駆けていく。いつの間にナスカとあんなに仲良くなったのか、頭を下げて撫でられた顔は目を細く閉じ、とても気持ちよさそうに見える。あいつ、美人系に弱いけれど、あの可愛さを武器に堕としていってるんだろうな。
村の中央広場では既に襲撃が終わってから準備したのか、BBQセットがすでに準備を終えていた。皆、俺とナスカに注目をしている。確かにナスカの放つ雰囲気は魔族として別格なものとなっており、皆が怯えてはいないものの覚悟しなければならない相手だと理解しているのだろう。
「主、挨拶を」
「えぇ〜、こちらの女性はナスカだ。もう分かっているだろうけれど、俺よりも強く、食いしん坊で少し前まで小さい妹みたいな感じだったが、強烈な美人になってる。心配なのは村の食糧を食い尽くされないようにすることくらいで、蹂躙されたりすることは無い。それじゃぁ、とりあえず乾杯!!!」
アントの呼びかけに俺がナスカの紹介をテキトーに済ませ、乾杯の合図をするとBBQがスタートした。次々と肉や肉・・・それと肉をどんどん口に入れていくナスカ。あんなに美人になったのにやる事がいっさい変わらないってある意味すごい。
「アント、アレはそのままか」
「主、本質はそれほど変わらないものかと存じます」
どこぞの執事のような回答をするアントに少し感心する。「うまっ!!」と何度も言葉にするナスカに俺は懐かしい気持ちになる。皆も勝利に酔ったのかいつも以上に宴は遅くまで続いた。




