第58話 移動
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ポルテ会長にオトハの紹介をしようとしたところ、ポルテ会長はオトハのことを事前に知っていたから驚いた。俺の素直な反応に珍しくポルテ会長は破顔し「これでも商会会長なのだから情報収集くらいはする」と断言された。オトハ達、案外目立った行動してたのね・・・。
「じゃぁ、話は早いけれど、オトハを商会で雇ってくれる?」
「まぁ、ゲインのお願いだしな。聞かないわけにはいかんだろ」
なにか言われると思っていた俺はポルテ会長の即答に唖然とした。
「おいおい、だって身篭ってて冒険者を一時的に休むだけだろ?回復魔法も水魔法も使えて、冒険者ランクAを料金低く雇えるならアイルランダーで断る商会などない。むしろ、ウチでいいのかな?」
ポルテ会長はオトハにやさしく微笑みながら話しかけた。その姿はいつも切れ者であるポルテ会長とは異なり、どこかの好好爺に見えた。
「こちらこそ、是非お願いします」
「うむ、礼儀正しいお嬢さんだ。家もこちらで用意しよう」
とんとん拍子で話はまとまり。
「ちょっと待った!!」
カナデがいい雰囲気を壊す様に発言する。
「おじさん、私も雇ってください」
ソファーの後ろに立ったままのカナデがきちんとお辞儀をする。ポルテ会長はその姿をじっくり眺め、頬をポリポリと掻いて黙っている。
「ダメでしょうか?」
長く感じられた沈黙に耐えられず、カナデがポルテ会長に迫る。
「困っとるんだよ・・・」
そう言いながらポルテ会長は視線をカナデから俺に向けて話し始めた。
アイルランダーで数少ない冒険者ランクAを2人もポルテ商会が確保してしまうと、周りの商会や冒険者ギルドと必ず軋轢ができてしまう。事情を知れば理解してくれる者もいると思うが、結局、落ち着いたら冒険者ランクAが在籍する商会ということになる。
もちろん、カナデの申出はオトハの身を案じてのもので、ポルテ会長もそれを理解してる。周りも含めてバランスが良い落とし所を考えなければならない。
「ゲインのところで何とかならんのか?」
「それは〜・・・ちょっとだけ考えたんだけど、二人とも巻き込まれる可能性がある」
「事情は話したのか?」
さきほどまでの好好爺の表情ではなく、商会長としての厳しい顔をしている。まぁ、確かに俺が話をしないのはフェアじゃない。
「あのさ、俺、集落の村長なんだけどくる?」
どこぞの森の村長みたいなノリで話すと、目の前に座るポルテ会長が上品な紅茶を吹き出した。
◇◇◇◇◇◇◇
結果、アインス村で3人とも一緒に集落で暮らしている。
いろいろリスク込みでオトハまでこっちを選んだのは意外だった。それをオトハに何度も確認したのだが、「いい加減、うるさい!!」と反抗期の娘みたいにガチキレした。そんなオトハを3人とも見たことがなかっただけに、俺の爆笑を皮切りに皆が声を出して笑っていた。言った本人が赤くなり、「うぅぅ、ごめん。心配してるんだよね」と照れていた。
最初、3人の人族をいきなり集落に連れてきて皆が混乱するかと思ったが、マジッグバッグから靴や服、その他生活用品を次々と出すとアッという間に溶け込んだ。・・・そしていまだに解こうとしない誤解に凝り固まってる馬鹿どもがいる。
「それでゲイン様のお子はいつ産まれるのですか?」
「だから、俺の子じゃない!!友達の子だ」
「主、照れている場合ではなく、本気で教えて欲しいのだが」
愛人作ってるアントまで言うか。そうか、おまえもか。
「おっし、お前ら模擬戦しよう。2対1ね」
「それでは勝負にならな」
アホみたいな事を言っているソウベエの右頬を強めに殴ると派手に吹き飛んでいった。誰がおまえらに名付けしたと思ってるんだ!!!
「『サンダーレイン』」
アントが雷の雨をそこら中に落とし始める。魔法発動までのラグが無いし、躊躇もない!!
「ちょ、ちょっっと!!アント、ストップ!!!」
「主、これは模擬戦ですから」
「ぬぅぅぅぅぅ、分かった」
光魔法の『ライト・シールド』を張り巡らせ、アントの『サンダー・レイン』を弾く。懐に入ったところで右拳を振ったが器用に右角でパリィする。
「それ悪手だわ」
パリィされた瞬間に手首を返し、角を掴む。アントが上に弾き飛ばそうとした瞬間に、それ以上の力で角を掴んだまま飛び上がる。
「アント・ブレーーーード!!」
そのまま起き上がって向かってくるソウベエに逆側の赤い角を斬りつける。
「ぐぅああぁあ」
「あっ・・・避けろよ、これくらい」
アント・ブレードが思いのほか強く、クロスブロックしようとした両腕が落ちる。
「アント、誰が味方のために角の切れ味あげる馬鹿がいる!!」
そのままアントを遠くへ放り投げる。空中できれいに回転し体勢を立て直したアントは、風魔法の応用だろう空中を華麗に滑空している。見ていてちょっとイラッとする。
「ほんっとおまえらの仲ってどうなってるの?」
ソウベエの腕を『ヒール』で直しながら俺はアインス村の七不思議を口にした。
◇◇◇◇◇◇◇
アインス村での生活が2週間ほどしてから思い出した。心に余裕がやっと出てきたのだろう。最初は皆にきちんとした料理を教えたり、集落の役割分担を決めたりしながらだったのでバタバタしていた。
「アント、言い忘れてた。俺、アンさんと付き合ってる」
「はっ?・・・・はぁっ??」
いや、聞いただろ。2回驚くなよ、面倒臭い。そういうの足りてるから。
「アン様はいまどちらに?」
「所用で少し時間がかかるって」
「本当ですか、主?」
「おまえにウソは言わんだろ」
俺のその言葉に何も反応を示さないアントが気になり、後ろを振り返ると首をゆっくりと左右に振っており心が抜けているようだった。
「おい、アント!!しっかりしろ」
「主、いままでも色々とやらかしましたが、今回もまた最上の斜め上へ行きましたね」
「ナスカ様はどうするのですか?」
「えっ?ナスカ?なんでナスカなの?」
俺の疑問にアントは天に向かって雷のブレスを吐き(初めて見た)、そのまま明らかに落ち込んだ感じで厩舎へと戻っていく。あまりの轟音に皆がこっちを一気に注目しているのに気が付く。アント、おまえ、どうしたんだ?
「アントってゲインのほんとうに従魔なの?異様に強くない?」
息のあがったカナデが俺の横で小さく見えるアントに向かって言う。たまにアントが俺よりも上なんじゃ無いか?って錯覚するくらいだから、あながちカナデの感覚も間違っていないのかもしれない。
ちなみにカナデは村に着いた初日に模擬戦でアントにボロボロにされ、「クッ、殺せ」とニヤケながらアントに言うと、ニヤニヤと悪い顔をしたアントが「ふっ、ただで死ねると思うなよ」と雷魔法でカナデの身体をロックし、18禁の方向へと動き出した。俺とソウイチロウはまさかの異世界テンプレの展開にワクチクしていたら、オトハに強烈な水魔法でアント共々飲み込まれる事件があった。
後にカナデに「おまえらはガチで本気で信用できない!!」と言われたが、俺とソウイチロウは全く悪く無いという見解は一致している。更にソウイチロウに至っては「ガチと本気は同じ意味だ」と突っ込んだ時点でぶん殴られていた。バカだろう、ソウイチロウ。・・・それにしてもいい身体してたな、カナデ。
「アントは最初の従魔だよ。伝説のレスラーから名前もらったから強いのかもしれない」
「なにそれ?たまに訳わかんないこと言うのも変わらないね」
そのままカナデは「水浴びしに行く」と離れていった。
俺は無性にその背中に飛びつきたくなる本能を感じ、少しだけ恐怖を覚えた。




