第56話 模擬戦と決意
「私が勝ったら夕飯奢りね」
「あいよ〜」
「あと何かある?」
「あ”〜・・・俺は『ゲイン』ね。覚えてくれ」
「なんか違和感ありまくりなんだよなっ」
カナデには期待できないので後ろの2人に念を押しておく。イチャコラとか定着したら痛すぎる人だから。しかもいまは失意のど真ん中なので、知らない奴にそんな呼ばれ方したらゲキオコ対応になる。
「致命傷は無し、武器は寸止めって感じ?」
「最初だけ体術でやろっか」
カナデの提案に俺が首を縦に振ると満足気に口角をあげる。
「なんで戦闘狂って戦う前に笑うんだろうね」
「そういうおまえも上がってるぞっ」
カナデが一瞬で間合いを詰めて右ストレートを俺の顔へ打つ。左手でパリングしたまま、腕を絡めて投げようとするとカナデが自ら流される方向へ飛ぶ。きれいなスクリュー回転で身体を回す。着地もキレイにまとまっている。
「悪くないね」
正直な感想を伝える。もっと弱いと思っていたが想像以上にできるようだ。
「まぁ、努力したし?」
次々にカナデが繰り出す蹴りやパンチをスウェーや腕でパリィしていく。攻撃が単調になりがちな体術だが、フェイントを織り交ぜられたカナデの体術はとても面白い。
「おっ、そういう変化は思いつかなかった、なっ!!」
一瞬だけ早く動き、カナデの背に向かって掌底打ちで吹き飛ばす。やっぱり身長ある割に軽いんだよなぁ、その分、スピード特化なだけはあるが補足できる相手だとジリ貧だ。
「はい、次どうぞ〜」
カナデが立ち上がるのを確認せずにオトハとソウイチロウへ声をかける。仮にカナデが立ち上がれてもボロボロだろう。
「おいおい、まだ私が終わってないだろ?」
すぐ横まで来ていたカナデに驚くと顔にパンチがかすめたのか頬が切れる。
あれ?今確実に避けてたよな・・・。
「何驚いてるの?こっからだよ」
以前なら小さく可愛い奏のセリフに短時間限定の笑顔で対応できたが、いまの身長と圧は街にいる脳筋冒険者と同じだ。冒険者ランクB以上は確定だろう、ってかエグザよりも強いかも?
「考え事してんなよっ」
話しながら打撃を繰り出すだけカナデの良心が伝わる。エグザなら問答無用で致命傷になる攻撃を加えているところだ。
「ってか、拳と蹴りに風魔法乗せるとかヤバッ!!」
ブロックしたときに弾き飛ばされたことで、さっき躱したはずの拳に頬を切られた原因がわかる。思いつきもしなかったことだが、身体強化で魔力通すことの応用と捉えれば納得もいく。自身の身体強化のギアを上げる。
「ちょ、ちょっ!!なんで普通の身体強化で張れるんだよ!」
「ん?基本スペックが違うからなぁ。獣人と魔族では格が違うのだよ、格がぁぁ!!!」
どこぞの厨二病がボヤ騒ぎを起こしている。カナデも俺のセリフに苦笑いする程度は余裕があるみたいだ。
風魔法をまとったカナデの拳を身体強化で掴みとる。一気にカナデの体から覇気が抜けるのが分かった。
「あぁ、参った。さすがに無理だわ・・・」
「よく器用に身体強化と風魔法併用できるな」
「まぁ、天才だし?」
本当に勉強も出来たし、身体能力も高かったカナデだけに事実なことが腹立たしい。今度俺も試しに火魔法とか使って身体強化もやってみよう。暴走さえしなければ良い武器になるだろう。
次の相手はどちらかと2人を見ると、ソウイチロウが剣を抜いて構える。
「次は俺が相手だ」
「了解。俺は体術でも良いか?」
「構わないが理由は?」
「ソウイチロウの剣が壊れるかもしれない」
俺に答えない代わりに間合いを詰めたソウイチロウが剣を縦に振るう。迷いなく友人に剣を振るうってどうなの?と思うが、カナデもそうだが妙に対人模擬戦に慣れているのが伝わる。多分、絶対に勝てなかった奴と何度も模擬戦をしたことがあるのだろう、俺で言えばナスカみたいな奴が。
剣を半身で躱し間合いを少し詰め、様子見のストレートをソウイチロウは避けずに切り上げしてきた。
「うぉおおいい!!肉を切らせて骨を断つとか模擬戦でやることか?」
「あぁ、オトハが治せるから大丈夫だと思った」
慌てて前蹴りの要領でバックステップをした俺に事もなげにソウイチロウが言う。
「そういうことかよ。俺と同じような模擬戦を体験済みなら大丈夫だな」
カナデと同じ程度に身体強化を上げて対応する。剣の横っ面を掌底で撃つもグラつく程度で、カナデのように吹き飛ぶ事はなく、当然剣も離さない。豪剣ってこういうのを言うんだろうな。一太刀一太刀に込められた威力が段違いだ。
剣掌底→上段崩し→右中段蹴り
結構な勢いを込めたため、アバラが何本かイッた手応えを感じる。
「オトハ、回復してやって〜」
片膝をついてうずくまるソウイチロウへオトハが駆けつける。オトハの『ヒール』の様子を観察していると結構な魔力が込められている。やっぱり、そこらの冒険者より圧倒的に強い3人なのは間違いないみたいだ。パーティーランクB以上だな、これ。
「じゃぁ、次は私ね」
杖を持ち俺に対峙するオトハ。
「いや、これで終わり」
「なんで?オトハ、やってないじゃん!!」
カナデが横から割り込んでくるが理由を言って良いのだろうか・・・。俺が躊躇っていると、オトハが構えていた杖を降ろす。
「オトハ、理由は俺から言って良いのか?」
「いえ、私から言うわ。ありがと」
短く俺にお礼を言うオトハが街への帰路へつく。カナデの頭の上に俺は「?」が複数並んでいるのが幻視できた。ソウイチロウは脇腹を摩った後、剣の素振りを始めていた。オトハ、ほんっっとよくこの2人と行動を共にしていたな。
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「カナデ、ソウ、謝らなければダメなことがあるの」
模擬戦で気付かれたのが北沢で良かった。この2人が先だったら本気でキレることは間違いないだろう。
「私、お腹に子どもがいるの」
「・・・はぁあああ???」
「・・・お、おれの子、な、なのか?」
カナデの反応は予想通りだが、ソウとは何も、キスすらしてないから!!!
「ソウッ、オトハにまで手だしてたの!!?」
「ソウの子なわけないでしょ。カナデ、ちょっと落ち着いて」
「何で言わなかったの!!」
カナデの発言はもっともだ。今日も3人パーティーでグリーン・オーク狩りをこなしていたくらいだ。あのくらいならまだ余裕で対応できる。なんだったらソロでも可能だろう、ただ、北沢に遠回しに「もう辞めておけ」と言われて決心がついた。ここから先、北沢クラスが出たら全滅する。きっとカナデもソウも更に上を目指しているからこそ言うべきだった。
「リヒトの子よ」
「やっぱり・・・。そうなるよね」
「おれの子じゃないのか・・・」
ソウはコウノトリが運んでくるとか本気で信じてないよね・・・。ベニーラと別れてからのソウはちょっと痛々しい感じがする。
「あれ?リヒトってガチ強い魔族じゃないの?」
北沢はリヒト(鏑木建人)のことを知らないままだったんだ。昨晩もその辺のことは話せずに宴が終わったのを思い出す。
「ん〜、その辺の話をするには場所が悪いわね」
「了解。また今度聞かせてくれ」
「そうね、本題は私の体調のことなんだけれど」
最近の体調とこれからの事を2人に伝える。ソウもカナデも回復魔法は使えない。私がパーティーを抜ける弊害はかなり大きくなる。それでも2人は文句1つ言わずに私の思いを最後まで聞いてくれる。私が帝国領からここに戻ったのも治安の良さと信用できる人たちがいたからだ。
「んじゃぁ、オトハは暫くおやすみだね」
「分かった」
カナデもソウも最後まで文句を言わないどころか、復活するまでの生活費を稼ぐとまで言ってくれる。ただ、生活費くらいは自分の回復魔法で十分稼げるので辞退したが、その申出は心から嬉しかった。私はほんとうに友人に恵まれた。
「オトハもお母さんかぁ〜。私もリヒトに種もらっとけば良かったなぁ」
「ナグルワヨ?」
本気でキレそうになったのは久しぶりだった。




