第51話 現実はいつも右斜め上
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結局、エグザの剣に3日かかった。思った以上に時間がかかったのは元の素材が難敵だったことと・・・。
「うん、この装飾かっこいい!!」
と、満面の笑みで俺に高難易度の装飾を求めた使用者のせいである。無駄に装飾過剰気味な武器に仕上がっている。そして、俺もついつい持病の中二が発病し、どこぞの伝説の剣みたいな形を追いかけた。集中したせいか鍛冶レベルが久しぶりに上がった。
3日も経つとエグザも随分と集落に馴染んでしまい、ほぼ村民(?)みたいな感じになっている。順応性が高いのは集落の魔族なのか、人族のエグザなのかはわからない。ただ気になることがある。
「アント様、今日はどうしましょうか?」
「うむ、我はベリーが食べたい」
エグザがアントに対して敬語というか・・・家来みたいになっている。多分、アントに模擬戦でフルボッコにされたのも要因の1つだろう。あまり知りたくない領域でもある。狂気のエグザが大人しすぎるのだから。
「エグザ、この集落のことどう報告するの?」
「はい?いえ、もう報告はやめときます。冒険者も引退しようかと」
「はぁぁ?それで何するの?」
「決まってます。アント様の愛人です」
エグザがいつの間にか俺じゃなくアントを好きになっていた。な、なんだろ・・・別に俺が好きな相手じゃなかったけれど、なんか急に俺が1番じゃないって感じが無性に・・・寂しいのか?
「アント、愛人って大丈夫なの?」
「主、なにがでしょう?」
「奥さんと子どもに怒られないのかなぁって」
「主、強いものに惚れるのは魔族の性です。よって、我がモテるのも必定」
ゴパァーーーン!!
ごめん、ごめんな、アントは全く悪くないけれどムカついた。よって殴った。
「アント様、大丈夫ですか?」
案外、かいがいしくアントの世話をするエグザが新鮮だ。俺に殴りかかってこないところはアントの教えによるものだろう。剣の作成のときは歯止めがないほど要求されたのだから。
「主、何人か囲うくらいが統治者として一般的です」
「アブリュート家で同じこと言えるか?」
アントは俺のことを理解した上で助言をくれているのは分かる。それでも受け入れ出来ることと出来ないことはある。平和に楽しくやっていきたいのだ、俺は魔族至上主義ではない。
◇◇◇◇◇◇◇
「アント、この集落は『アインス村』で決定ね」
アントに村名を伝えた瞬間、集落が地震のように少し揺れた気がした。
「今のは?」
「名付けの影響でしょう。アインス村の産声です」
アントはそのまま俺に背を向けて自分の厩舎へと向かって歩を進める。多分、昼寝に行くつもりだろう。その横をエグザがアントの背に手をつけながら歩いている。
・・・気がつかなきゃよかった。
結構な精神攻撃を受けた俺はアイルランダーに行くことをソウベエへと伝える。1週間程度は向こうで生活することを伝えたので、なにかあれば影の支配者から夜の帝王へ転職したアントが教えてくれるだろう。あぁ・・・恐ろしい。
「お気をつけください」
「あぁ、ソウベエの武器も今度作ってやるからな」
俺の返事にもならない言葉にソウベエがテンションをガチ上げする。あのデフォでテンションだだ下がりのソウベエが妙に両手をユサユサと上げて謎の小躍りしている。安直に武器作成など言わない方が良いことだけは理解できた。
◇◇◇◇◇◇◇
アイルランダーへダッシュで向かうと日暮れ前に入り口に到着する。夕日を少し反射している外壁が茜色に染まる。行商人や冒険者、親戚を尋ねに来たのか軽装の村人、皆の顔も朱く染まっており充実した1日の終わりみたいだ。
「『おかえり』というべきかな」
「ただいまです。またお世話になります」
軽く門兵と言葉を交わし、ほとんどチェックされずに街へと入る。アイルランダーのこの緩さと心の熱さが結構気に入っている。もし自分の集落が発展するようなことがあるのなら、アイルランダーのようになって欲しい。
ん?
んん?
もしかして・・・アイルランダーって魔王様の街?
頭の引っ掛かりが言葉になった瞬間、一気に全身に鳥肌が立つ。そうだったんだ!!だから魔族に寛容で、祭りに魔王様が高機能魔道具(RPG終盤道具みたいな)を提供しているのか。すっげぇー納得である。誰にも答え合わせできないけれど、多分、正解だろう。ポルテ会長には『忘れろ』と言われている人物である。そして、いろいろとその方が辻褄が合う気がする。
「異世界怖っ!!」
「ん?なんだって?」
独りぶつぶつと囁いていたのだろう。考え事をしながら歩いていると、いつも通り肉串家の前まで来ていた。条件反射とは恐ろしい、その強力に食欲をそそる匂いに勝てない。
「はいよっ、いつもの5本だね」
「ありがと。やっぱ、おばちゃんの肉串うめぇ」
「そんだけハンサムにお世辞言われると嬉しいね!!」
お世辞ではないのだが、おばちゃんは真に受け取ってくれなかった。
「おばちゃん、衣類とか靴、あとカバンとか売ってるとこ知ってる?」
「ん〜、入用なのかい。雑多な生活品ならポルテ商会よりかはアマン商会だね」
おばちゃんは俺とポルテ商会が懇意にしていることを知った上で他の商会を薦めてきた。俺から見るとポルテ商会はやや上流クラスを相手にする商会だと思っていたが間違っていなかったようだ。
「ありがとう!!明日行ってみる」
銀貨1枚を指で弾くと甲高い音が鳴り、おばちゃんの手にきっちりと収まる。にこやかなおばちゃんが大げさに手を振って見送ってくれた。
3日しか経っていないのにアイルランダーの街の空気が嬉しく、迷わずにメイプルがいる宿屋”ピコ鳥の休息”についた。宿の扉は開いていて食堂兼パブスペースには冒険者が喧騒が漏れている。
「メイプル、1部屋空いてる?」
「おかえり、ゲイン!!うん、大丈夫。ゲインで満室だよ」
ちょうど最後だったらしく、カウンターには3人組みの冒険者がチェックインの手続きをしている最中だったようだ。俺が外から勢いよく入って確認したため3人ともこちらを見て固まっている。
「あっ、これは失礼」
「いえいえ、大丈夫です」
「あっ!!オトハ!!」
失礼を詫び、焦っていたせいか周りの確認もせずに目の前の女性の名前をつい呼んでしまった。
「オトハ、知り合いか?」
横にいた男性冒険者がオトハと俺の間に立つ。相変わらず紳士的な振る舞いのソウイチロウに思わず笑みが込み上げてくる。そうなると自然ともう1人の女性冒険者に目が行く。
「あははははは!!!カナデ、デカッ!!ケモ耳!!!!ワロス」
身長が低かった女友達が170cm以上になり、頭からケモ耳が生えている。そんな状況に笑いを堪えられるはずがなく、膝から崩れた俺の笑い声はパブスペースに響き渡っていた。




