第48話 冒険者Aランクの威力
「ねぇ、ゲイン、わたし好きみたい」
「へぇ〜、良かったね」
エグザはまだ誰とは言っていない。この展開からしたら万分の1くらいで俺の可能性はあるけれども、まだ狂気に極振り女の恋の相手は俺だと確定していない。
「ゲインのことが好き」
「・・・ごめん、俺は付き合えない」
「えっ、嘘?」
はい、確定です。そして、俺はこれからアイルランダーから逃避する必要が出ました。エグザ、おまえは断られるとか考えてないのかよ。そんな狂気の微笑み見せられて、大事な武器破壊された男が付き合うなんてあるか?
「わたし、Aランクだよ?」
「オッパイがな」
「あっ・・・死にたいの?」
どこから出したのか暗器みたいなのを手に挟んでいる。
「いやいやいや、エグザのことよく知らないし、俺はいま誰とも付き合う気はない」
もとポチャの台詞とは思えないイケメン発言である。これは数少ない女友達(俺にもいる)がモテ女で、断り文句としてテンプレにしていた台詞だ。まさか、笑いながら聞いていた俺が使う場面がくるとは思わなかったが。
「パイ乙女など死滅すれば良い」
笑いながら呪いの言霊を発するリッチみたいな女性が怖い。あっ、気が抜けてきたのか膝がガクガクしてきた。
「で、わたしAランクだよ?」
「あぁ、さっき聞いた。俺、Dランクだけど性欲はAランク?」
おっさんも裸足で逃げたくなるクソジョークをドヤ顔で言い放つ。さっきから変わらずに青眼をキラキラしたまま俺を見つめるエグザに失望してもらう方向に作戦変更する。
「えぇー、わたし、そんなに持たないかも」
いらねぇ!そんな情報いらねぇから!!!すぐヤルなよ!!!誰だよ、まだ昼前だぞ!!
俺はもう居た堪れなくなり、クネクネしている気持ち悪いエグザを置き去りにし、アイルランダーにダッシュで戻った。
◇◇◇◇◇◇◇
アイルランダーに着き、速やかにメイプルに宿のキャンセルの手続きをした。迷惑料として少し多めに支払いをすると、マスターから「また来てくれ」となぜかキャッシュバックがあり、お弁当まで渡される。料理を焦がすわりには気配りができる男である。メイプルが宿の入り口まで見送ってくれて、手を振り返す姿にホッコリした。
その勢いのままギブリの店に突撃する。昨晩のことは既に俺の記憶から飛んでいたが、当然、ギブリは根に持っていた。俺は平謝りをしてギブリに事情があってアイルランダーを少し離れることを伝えると許してくれた。別れ際に集落のミスリルを少し置いていくと伝え、バッグのミスリル鉱石(大)を5個ほど置くと満面の笑みをたたえていた。ドワーフには酒と鉱石を渡せば大体のことは許される、と俺の心のノートに刻まれる。
ポルテ商会には顔も見るのが辛いが挨拶しないわけにもいかない。受付でネーリスさんにポルテ会長宛に伝言をお願いする。それを聞いたネーリスさんが、「えっ、アイルランダーを去られるのですか!?」って憂いを抱いた瞳で見つめてくる。俺は夕陽にダッッシュしたい気持ちを抱え、冒険者ギルドへ激走した。
多分、今日はアイルランダー中で風が強い日だったと言われるだろう。
「ウィーッス」
半ばやけになった俺が冒険者ギルドの扉を開けると、カウンターの職員全員が一斉にこちらを向いた。
や、やばい・・・完全っっっに忘れてた。
「ゲインを捕えろ!!!」
逃げようと背を向けた俺に声がかけられる、多分、この声は海賊もどきのサルドさんである。このままだとアイルランダー冒険者ギルドを出禁になるかもしれない。
「約束はゼッッッタイに守りますから、ちょっとの間だけ!!!」
不思議なことにアッサリと捕縛された。デバフとか誰かが使ったのか?と言いたくなるくらい、カウンターを飛び越してきた職員や依頼掲示板からタックルしてきた職員に身動きを拘束される。柔らかい何かが当たっていたせいじゃない。
「こないだ逃げた奴が約束を守ると思うか?」
「「「思いませーーん」」」
サルドさんの呼びかけに集まった女性職員が一斉に答える。
パブスペースでは俺の醜態に指をさして笑っている冒険者が見えた。あとで蹴飛ばしてやるからな、そこ動くなよ。それにしても囲まれはしたものの、さすがはギルド職員女性陣である。個性あふれる美人揃いでドMにはご褒美になると思う。
「ゲイン、すぐに作れない理由は?」
「ストーカーに追われてるから」
一応確認しておく程度の気持ちで俺に聞いたサルドさんの顔色が変わる。
「おまえが恐るストーカーって・・・」
「エグザっていう冒険者ランクAの人です」
「わかった、すぐに出て行け!!」
サルドさんの言葉に取り押さえていた両腕は解き放たれる。皆、面倒ごとになるのが分かるほどの問題児なのかよ・・・。なんでそんなヤツが冒険者ランクAなんだよ。
「すいません、約束は守る方なので次来るときは」
「おはようございまーす」
冒険者ギルドに入ってきた冒険者が通る声を上げる。ドアに近い右半身に鳥肌が立った。
「あっ、ゲイン!!なんで置いていくの〜、トイレ?」
「いや、そうじゃない。面倒だから置いていった」
俺の直球の返答にサルドさんが口を開いたまま唖然としている。いや、エグザにこの程度言っても無駄だから困っているんだけれど。
「わたしと付き合ってよ」
「い・や・だ。ところでエグザの依頼ってなんだったの?」
「ん〜、ゲインなら言ってもいいのかな?西の森の奥の調査なんだよね。詳細は教えられないけど」
これから西の森の奥へ引きこもろうと思っていたのだが、エグザに無駄に絡まれる可能性が上がったかな。エグザの言っていることが本当だとすると、アイルランダーの冒険者ギルドは中継点で他に依頼者は別にいることになる。もう少し情報が欲しい。
「なぁ、エグザ、ちょっとデートするか」
俺はどこかに魂を売ったのかもしれない。ただ、危険物を集落に近づけたく無い気持ちだけは確かだった。




