第46話 祭りの後
「ゲイン、最後のアレはやり過ぎだぞ」
閉会式後、すぐにポルテ会長から呼び出しがかかり、応接室でみっちりとお叱りを受けている最中だ。あれはギブリが悪い、絶対にギブリが悪い。
「確かに調子にのったギブリも悪いけれどもな。あいつはやっと成就したんだ、多めにみろ」
「はい、ちょっと嫉妬に狂ってました。もうしません、鍛冶師匠ですから」
俺の言葉がポルテ会長には意外だったらしく、声をあげて笑い出した。なんだ?次は会長が空を舞う番ってこと?
「いや、すまん、すまん。ネーリス、恐るべしだな」
謝りながらもまだ笑いが止まらぬのか、肩がときどき震えている。
「会長、ちょっと人が悪いですよ。あと色々と説明、でしょ?」
いつまでも笑っている会長に本来の話をするよう促すと一気に真剣な顔に変わる。
「ゲイン、今日会った方のことは忘れろ」
「へっ?」
俺の反応にもポルテ会長は真剣な表情を崩すことなく言葉を続ける。
「伝言を預かっている。『ゲイン、今日はお疲れ様でした。君は面白いのでこのまま生かしておくことにした。気に食わなければ、俺のところへいつでも来てくれて構わない』とのことだ」
ポルテ会長は話終えると肩を下げながら少しだけ息を吐いた。
「ありがとうございます。もちろん、逆らう気もありません」
ゆっくりと深くポルテ会長に座ったままお辞儀をする。
「良かったな・・・。おまえ、ほんとうに」
顔をあげるとポルテ会長の頬を涙が伝っていた。ちょっ、ポルテ会長どうしたの?
「いや、バカだと思うかもしれんが、ほんとうに心配だったんだ。自分にはどうすることもできん」
頬を腕で拭い鼻をすするポルテ会長に俺は笑い返す。これだけノラ魔族に心を開いている商会はアイルランダーどころか、グーム公国内でもポルテ商会のみだろう。心の底が温かさが広がるのを感じながら、俺は悪い笑顔を浮かべて荷物をロウテーブルの横に置く。
「ん?ずいぶんと重そうな荷物だな」
「えぇ・・・重たいですよ。ポルテ会長、相談にのってもらう約束だった件です」
「いやだ!!い・や・だ、聞きたく無い!!!!絶対に厄介ごとだろう?」
両手を前に出し左右に懸命に振るポルテ会長を無視し、俺はカバンからミスリル鉱石(特大)をゆっくりとテーブルに置く。ポルテ会長はすぐにブツが何か分かったのだろう、眉間に絶対消えない渓谷が刻まれている。
「さぁ、会長。ミスリルの話をしましょうか」
「だからイヤだって言ったんだ!!!!!」
イヤーーー!!!っと応接室に何度も叫び声が上がったが誰も部屋には入ってこなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
ポルテ会長にお願い事が済み帰る廊下でエドとバッタリと鉢合わせする。
「おぉ、3位おめでとう!!」
「あっ、ゲイン!!ありがとな、包丁大事に使う」
俺はテキトウに応じているとエドから「俺の専用包丁」にするとの話が出た。どうも高級な武器・防具にあるのだが、盗難防止用に持ち主専用にする技術があるとのこと。専用武具になると本人以外が使用しても本来の能力を発揮しなくなるほか、盗難にあった場合、即座に品物がどこにあるか判明するらしい。盗難防止のレベルが異様に高く驚くが、今日の魔道具も異様にレベルが高かった。
「その仕組みって誰考えたの?」
「知らね。昔の偉い人じゃね?」
どこまでもエドだった。
たぶん、あの方が絡んでいるのは間違いなく、いまは下手に情報収集もしない方が良いだろう。エドは俺がバカにした態度が出ていたのか、「あとで見返す料理作ってやるからな!!」とヒャッハーくんの去り際みたいな汚い言葉を発していた。ぜひ、美味しい料理をつくってくれ!!
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「しかし、これほどのミスリル・・・いや、これ以上のミスリルをどうしろと」
眉間に指を当てながらポルテは独り言を漏らす。半分は愚痴なのを自覚している。これまでゲインと共にしていて驚くことはあったが困ることは無かった。それが魔王様が久しぶりにアイルランダーに現れたと思うと、来訪した理由が『ゲインに興味が湧いた』からだった。
それから一気に事態は急変した。
内輪で済ませる氷像作りが一気に街のイベントへと昇格され、商業ギルドの商会連中からは突然の対応に苦情の嵐である。ただ、表立って「魔王様に意を唱える」者は誰もいない。アイルランダーの一大イベントである”豆打ち”も魔王様の魔道具が提供されて実行されていることを皆知っている。
司会を終え自室に戻って息を吐き、ひと息つけると思ったところに魔王様は窓側に佇んでいた。鳥肌が全身に立ったが頭だけは冷静を保つよう全力で踏ん張る。
「ポルテ、おつかれさま。ゲインのことだが面白いから生かしておくことにした。気に食わなかったら俺のところにいつ来ても構わないと伝えてくれる?」
「はい、かしこまりました」
返事とともにすぐに片膝を地面につけ、視線を下げる。
「あと、ゲインから面倒な頼み事があるだろう。それ、好きにして良いから」
「はっ、はい!!」
そういえば準備のときに「お願い事がある」と言っていた気がした。こちらがバタバタしたタイミングを見計らい、スッと頼み事の確約を取るあたりがゲインの面白いところだと思う。
「あぁ、この頼み事については俺が知ってるとか言わないように」
返事を言おうと思ったが窓から風が流れる音が聞こえた。顔をゆっくりとあげると其処にはカーテンが揺れていた。
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「アント殿、ゲイン様はいったい何をお考えなのだ?」
ソウベエが片腕を組み、顎に手を当てている。四肢で移動する我には出来ぬ”思慮深い”ポーズである。
「主のことを理解するなど土台無理だ」
「それでもゲイン様を理解したいと!!」
こちらに更に近づき、意気込むソウベエを無視し、夜空を見上げる。
「違う、主への理解とは月のようなものだ」
夜空に光る月が西の森、そして集落を照らしている。いまは皆寝静まったのか、集落からは際立った音はしない。
「そこに在る。あとは気にしない」
「気、気にしない??」
ソウベエはまだ付き合いが短いから分からないだろう。俺の知る主は、強く、しなやかで、言い訳がましく、やさしく、気高く、なにより面白い。
「アント殿?」
まだ俺に何か聞こうとするソウベエを無視し、自分の厩舎へと足を向ける。考えられるだろうか?俺はアブリュート家で子の出産に立ち会った後、ヴァリス・ジャイアント・ディアへと進化した。森の支配者の別名を持つレア種へ進化した魔物に厩舎を作る者がいる。
藁がしっかりと均一に敷かれた仰々しい厩舎には、デカくなった自分の身体を伸ばしても十分なスペースがある。
「ソウベエよ、月だ。月」
多分聞こえるだろう、夜番をしているソウベエへ独り言のように呟いた。




