第44話 氷像祭り その3
活気に湧いていたポルテ商会前の通りは開会式が終わり、少しずつ落ち着きを取り戻している。氷像作りは身体強化をしながらノミで削る作業をするか、本当に力任せで削っていくしかないだろう。いずれにせよ一般的にはかなり体力がないと3時間では削って氷像を作ることは難しいと思う。
そもそも3時間の設定も料理人見習いのエドが言ったからだった。そんなことを思い出しながら、通りを歩いていると参加者に見知った顔を見つける。
「おぉ〜、出てたんだ!!」
「ミスリルダガーなんて俺のために作ったようなもんだろ」
まったくの見当違いの発言をするユウダイに声援よりも大きなタメ息がもれる。ほんっと分かってないな、自分たちが主人公だとでも思っているのだろうか?「テキトウにがんばれよ〜」と気の抜けた声をかけて他を回る。
まだ始まったばかりで、削り始めたばかりの氷像を見て回るも飽きてくる。せめてギブリの制作過程だけは気になる。一応、審査員として完成後の全作品を確認する役目が残されているが、参加者がどれだけ作れるのかは未知数だ。
「ゲインさん、気になる人はいますか?」
いつのまにか横を歩くネーリスさんに話しかけられる。いたずらが成功したのが嬉しかったのか、ディナーのときと同じ花が咲くような笑顔を向けられる。
「えぇ、ギブリは見たいです。あと、エドと副料理長はちょっと気になる程度です」
「私はどうですか?」
「非常に気になります」
何を言わせるのかと。即答で答えている自分にも驚きを隠せない。考える前に言葉が出た。ちょっと冷静になると「キッショ!!」って言われてもおかしくない言動である。
「うふふ、ありがとうございます。ギブリさんは向こう側となっております」
そういってギブリの制作場所へと俺の腕を引っ張って案内する。ダメ・・・俺、こういうのにガチで弱い。髪だけじゃなく頭の中までピンクになりそうだ。
ギブリの作品に近づくにつれ、観衆の輪がすでにできあがっていた。まだ始まって30分程度なのに歓声まであげられている。少しずつ空いたスペースに体をこじ入れて前に進むと作品の全貌が見えた。
「えっ、これって・・・私?」
ギブリが作成したのはネーリスさんだった。しかも今日のドレスをそのまま細かく再現しており、ハーフアップの髪や身に付けた宝石類までも再現されている。
「コワッ!!!ギブリ、コワッッッ!!」
「うっさいわ、青臭いガキが偉そうに」
すでに仕上げも終わったのか、氷像から離れてギブリは作品をいろんなアングルから確認をしている。ギブリ、どう考えたって開会式の少し前に着替えたネーリスさんを、そのまま氷像に落とし込む技巧は世間では異常と言うのではないだろうか?周りの観衆もギブリの氷像にネーリスさんが近づいたため、氷像のモデルだと気がついたらしく黄色い歓声がこだまする。
ギブリがネーリスさんの方にきちんと向き直り真剣な表情をする。
「俺と付き合ってくれ」
ギブリが直角に体を折り、ネーリスさんにそのまま手を差し出す。さほど大きくない声だが、ギブリの声は良く通る。
すぐに周囲の雑音が消えた。
「・・・はい、喜んで」
ギブリのゴツイ職人の手の上にネーリスさんはやさしく手を置いた。
その瞬間を見届けた観衆は、拍手喝采、甲高い指笛や女性の甘い悲鳴が鳴り響く。周りではギブリコールが発生しはじめる。
「ギーブーリ!ギーブーリッ!!」
「ギーブーリ!ギーブーリッ!!」
「ギーブーリ!ギーブーリッ!!」
「「「ギーブーリ!ギーブーリッ!!」」」
ギブリはそのままネーリスさんの手を取り高々と掲げる。ドワーフのため、身長差はそれほどないがギブリの顔はどこまでも誇り高く、隣にいるネーリスさんは頬を少し染め、俯き加減でギブリの横にひかえている。ギブリの告白はどんどんと周囲に伝播したらしく、歓喜も最高潮に達している。
「は?」
そんななか俺はほんとうに魔の抜けた声を出していたと思うが、意外に俺の言葉に反応したのは冒険者らしき男性陣だった。
「おぉ!!おまえも(同志)か!!」
「おい、ネーリスさん、彼氏いたんじゃねぇのかよ!!」
「なんだヲイ!俺だって冒険者ギルドじゃなくて、ネーリスさんに会いたくて商会に素材卸してたのに!!!」
最後のヤツはダメ男確定だが、ここに一致団結した野郎どもがいる。
「せめてギブリを殴りたい」
「だが、民意はギブリにある!!」
「氷像はネーリスさんを殴るようで手が出せない」
「俺、氷像でも良い!!!」
やっぱりダメなやつが混じっている気がするが、同志たちは些細なことは気にしない。
「分かった。俺に任せろ」
俺はそう言うと、ギブリとネーリスさんを中心に空いたスペースに氷魔法で氷柱を発生させる。自前のミスリルダガーで速攻で削りに入る。誰にも止められない速さで作り切る勇気だけが必要だった。
ギブリの裸体(想像)をお立ち台付きで作成した。
気づいた女性陣が目を手で隠しながら悲鳴を上げる。結構、皆がガン見するもんだな。
「おぉ、同志よ!!いい仕事だ!!」
「「「GG、GG、GG」」」
「もう少し小さめにしとけよ!!」
「ネーリスさんヴァージョンも作れ!!!」
ダメなヤツが確定したので俺は軽く殴っておく。
同志たちの賞賛の嵐に酔いしれていると、急に静けさとともに十戒のモーゼのごとく人混みが割れる。俺はその先を見ないで割れた人混みに紛れようとしたら誰かに弾き飛ばされる。裏切り者がいる!!
割れた先を見上げるとギブリがこちらにゆっくりと向かってくる。
ゆっくりと流れる時を感じ、割れた海を渡るドワーフが主人公の『指輪に関する物語』を俺は思い出していた。これまでに見たことのない、文字通り顔真っ赤なドワーフが振りかぶって拳を構える。「その職人の拳は人を殴るものではなく、槌を振るうためのものだ」と俺は強く言いたい。もちろん、空を飛んでいなければ。
結構な距離を飛ばされたが、明らかに自分が悪いので甘んじて受けつつ、ギブリの18禁氷像の魔法を解除しておく。きちんと解除後に仕掛けをして、18禁象から小さいながらも細身になったギブリ(服あり)とネーリスさんの告白シーンの氷像が現れるようにしておいた。
ギブリがいるであろう場所から女性たちの黄色い声が聞こえる。仕掛けは無事にいったようだ。
頬の痛みに『ヒール』を使い、精神的にも殴られて少しだけスッキリする。殴りたいのはこっちだけれど、正当な、正真正銘の中央突破をするギブリに憧れもした。すでに人として負けてるんだよなぁ。
「あぁ、こっちにきて最初の失恋だ・・・」




