第43話 氷像祭り その2
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「お待たせしました!!」
ギブリと二人でノミと包丁を納品しにポルテ商会に到着する。慌ただしく動いていた事務員が俺とギブリを見て歓喜をあげる。
「ゲイン様、早くお着替えください」
俺の腕を掴んだ事務員(男性)は話も聞かずに商会の奥へと連行していく。『ギブリ、あとは任せた』と振り返るとギブリは品性と威厳を炉で燃やし尽くしたのか、ニンマリとした顔でカウンターでネーリスさんと話している。
「くっ、殺せ」
「なにを言ってるんですか。早くこちらで着替えてください」
腕を引いていた男性は俺を完璧に無視し、採寸していないのにピッタリな服がまた用意されている。誰が俺のスリーサイズを把握しているのだろう、ちょっと怖いくらい変なシワが寄らない服である。
「この後、すぐにミーティングで会長室へ行っていただきます。ギブリ様はノミと包丁を納品後、参加者側のステージへ移動されますのでご安心を」
まったく意味は分からないが、この男がデキル奴だということは分かった。あとは食いしん坊とミーティングしたら終わりだろう。審査も俺好みで判断したら良いわけだし、これなら祭りになっても問題はないだろう。
◇◇◇◇◇◇◇
そう思っていた時期が俺にもありました。
会長室に入るとそこに魔族がいた。
入った瞬間、『死んだ』って久しぶりに思った。もうゴブキン(ゴブリン・キングの略)になってゴキゲンな感じで?いっちゃってー?見たいな。まぁ、流石に簡単に即死は無いと思っていたが『ガチ詰んだ』と。
「ゲイン、安心しろ殺さない」
ごめんなさい、まったく安心できません。脂汗なのか、冷や汗なのか自分の身体中から溢れている。身体の反応は正直で、この場所にいるのさえイヤだ。
「ゲイン、まずは席につけ。落ち着け」
ポルテ会長が語気を強めて言う。会長から見ても過呼吸になりかけてるのが分かるのだろう、足が地面についている気がしないまま、なんとかソファーに座り込む。自分の座った音が大きい。
「で、氷柱はゲインに出してもらう」
「はい、あとは場所を確認させておきます」
「追加分の包丁は?あっ、これ?」
先ほどまで俺を案内していた男性が魔族へ速やかに包みを渡す。なんの動揺も見せず、これほど異常な魔力量を目の前にして普通に応対する男性に俺は発狂しそうになる。
「あぁ、ゲイン。君の目が良すぎるからだよ」
唖然としている俺に目の前の魔族はやさしく説明をしてくれる。俺を殺すならとっくに殺しているわけで、少しずつ頭が冷静になっていく。安心なんてどこにも無い、忘れかけてたけれどそれが一般的な世界だ。
「すいません、助かりました」
ポルテ会長と魔族に頭をさげる。ポルテ会長は手を左右に振るだけで、横の魔族も苦笑いを浮かべている。
「包丁、なかなか良い出来だね。あの3本と明らかに差が出ているところも良い」
「お褒めいただいて光栄です」
品のある抑揚でお世辞を言う魔族にソファーから頭をさげて応対する。やっと意識して呼吸も少しずつ整ってくる。
「じゃぁ、ゲインが魔道具の上に氷の柱を設置、司会進行はポルテ会長、審査は俺も混ぜてほしいかな」
「畏まりました。そのように対応させていただきます」
「では後でね」
魔族だけ席を立ち、悠々と部屋を出ていく。俺はその姿を目で追うことさえできなかった。圧倒的な格の違い、生存権どころか発言権すら掌握されていた。
「ポルテ会長〜。俺、完璧『死んだ』って思った」
「ゲインよ、今は役目を果たせ」
俺がズリズリとソファーの背もたれから体勢を崩すと、いつもより威厳のある声で俺を叱咤する。あぁ、まだ予断を許さない状況なのか・・・。
◇◇◇◇◇◇◇
俺はそれからポルテ会長に付きっきりでテキパキと動いた。氷像となる氷柱を60本ほどポルテ商会前の通りに一定間隔で設置をする。その際、朱色の生地に金の刺繍入りの上に設置するよう指示があり、魔道具と思われる生地の上に氷魔法で氷柱を作る。
あとで教えてもらったが氷柱を設置した魔道具は、周辺温度の管理、ノミ以外での氷柱の削りの監視、第三者の妨害阻止まで行なう超有能機能付きだった。
「それでは商業ギルドを代表してポルテ商会主催、冒険者ゲイン協賛による氷像彫刻大会を開催します」
どこかにスピーカーみたいな魔道具があるのか、ドレスに着替えたネーリスさんの声が通りに響き渡る。綺麗なエメラルドグリーンの髪が今日はハーフアップに結われており、どこか品位のあるお嬢様と言われても不思議ではない。
「それでは、商業ギルドを代表して僭越ながら私、ポルテ商会会長より---」
ポルテ会長が行った氷像祭りの説明は明瞭なものだった。
①60名が同時に氷像を配布されたノミだけを使用し3時間以内に作成する。
②審査員によって決めた上位3名が飾られてあった包丁を手にする。
③審査員は複数名(不公平、不正を防ぐため非公表)いる。
④お客様は上位入賞者3名を賭けることができる。
⑤参加者への妨害行為は一切できない魔道具が渡されている。
かなりの高スペック魔道具が祭りで供給されていることが判明する。特に⑤の妨害行為禁止の魔道具なんて絶対防御みたいな機能だろう、参加するよりも貰って帰った方が包丁よりお得である(もちろん、禁止されている)。ついこないだローカル開催(中庭)が決まったばかりなのにな・・・(遠い目)。
賭ける人への説明なのか、参加者の自己PRがそれぞれの氷柱近くに設置してあった。多くの人は自分の職業だったり、特技だったり、意気込みなどが記載されていた。俺は笑いながら厨房スタッフの自己PRを読んでいたが、一瞬でウソつきドワーフのコメントに凍りつく。
『参加できて嬉しいです!!お祭りを楽しみながら皆さんが笑顔になれる氷像を作りたいです。 ギブリ』
・・・ギブリ。これは詐欺か?俺にはギブリの自己PRが『参加するからにはガチで、てめえらが納得する作品つくるから包丁寄越せや、ゴラァ!』に読めてならない。そして、今回のノミ提供者であるとか、本職は武器屋とかいっさい情報をまったく載せていない。
◇◇◇◇◇◇◇
競馬のパドックならぬ自己PRタイムの最中、観客たちは次々と賭け金を商業ギルドの受付に預けていく。想像以上の人混みだが物騒な雰囲気はなく、むしろ、皆が笑顔で祭りを楽しんでいる。特に驚いたのは大人だけじゃなく、子供たちも「俺はリクソン推しだから!!」「いや、ベニーさんには勝てないよ」だの無邪気に予想する姿もある。あっ、予想屋まで現れてる・・・ガチだな、おまえら。
壇上にポルテ会長がゆっくりと登ると、騒がしかった人混みが一斉に静まり返る。誰かが息を飲む音が聞こえてきた。
「それでは時間が参りました。ポルテ会長、開始の合図をお願いします」
「参加者ども、準備はできたか!!!!!」
「「「「「おぉーーーーーーー!!!」」」」
ポルテ会長の煽りに参加者が一斉に地鳴りのような声を上げる。おぉぉ、ちょっと熱いぞ!!!
「ぜっっったいに観客どもを魅了しろ!!はじめぇええええ!!!」
「「「「おぉぉぉぉおおおぉお!!!!!」」」」
参加者の怒号とも取れる叫びに観客たちは盛大な拍手で応じる。アイルランダーの祭を見たことはないが、一体感がガチで半端ない。すげぇ、街が揺れてるみたいだ!!!
「頑張れー!!!楽しみにしてるぞ!!!」
気がついたら俺も周りと同じように声援を送っていた。




