第31話 それぞれの葛藤
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「ルーフィス、料理長の言うことに逆らう気か?」
「カルヴィン料理長、時に親は子の成長を見守るべきかと」
「ほほぉ。俺はまだ現役を退いた覚えはないぞ」
厨房とホールスタッフを含めると10名、テーブルに並べられるのは2名分の食事である。握手には相応の料理をすべき調理人のプライドと意地が込められる。
「それにしても驚いたな。調理方法をすべて指示してみせるとは」
「料理長もそうお考えで?あれを秘匿しない理由が私には理解できません」
料理人にとってレシピは基本的に弟子にしか引き継がない。そして、応用が利くレシピほど直弟子にしか伝えないものである。その上であのアイスクリームという品物はどんなモノにでも応用が効く。
「ポルテ会長のコネですか?」
「いや、会長の目はすべて初見の料理を見る目だった・・・」
あれほど会長が目を輝かせたのは久方ぶりである。従者としては嬉しいが料理人としては悔しい。どうしたって悔しさが勝つ。それに氷魔法や風魔法で調理をする発想を俺は考えてすらいなかった。
「悔しいなぁ〜、ポルテ会長良い顔してたもんなぁ!!」
俺の気持ちを汲んだわけではなく、同じ料理人としてルーフィスは悔しさを口にした。その姿に俺は驚いていたのだろう。
「料理長?あったり前じゃないですか。俺が悔しいのは料理長の料理を1回でも超えてると思うからですよ。負けてられないっすよ」
「いい顔するようになったな」
「だから親は見守りも必要なんですって」
「これは譲らん!!おまえは皆と分けて食べろ」
近いうちに俺の席を譲る日もくるのだろうが、まだまだそれは先のこと。それまで引き上げてやらねばならん。それこそが親の務めだ。
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「プリン、プリン、プリン」
ゲインが作ったプリンは今までの私が知るソレでは無かった。よく分からない冷たく甘いアイスなるモノが添えてあり、プルプルの頂点には固まった黒光りするハートマークが飾られてあった。
朝支度を終えたポルテ会長は商会長連合の会議にご出席されている。ゲインは晩餐のレシピの細かい注意点を料理人に伝えることになっており不在である。すでにゲストルームの清掃は終え、次は応接室の清掃である。
「それにしても昨晩は何か胸騒ぎがしたのだが何も無かったな」
自分の勘を信じてこれまで生きてきたコーネリアにとって、何も起きなかったことが大きな違和感であった。自分が張っていた結界にも反応は無く、”勘”以外はすべて平常運転である。
「冒険者から離れてずいぶんと日が経つ。私の勘も鈍ってきたのだろうか」
ゲインには偽装してメイドとして警備に当たっていたが、本人は至って普通に私に話しかけてきた。これまで私と面識があっても偽装中の私に話しかけるような人物はいなかった。それが私の取り柄でもあり、ポルテ会長の護衛として役に立てる要素でもあった。
「ぷ、ぷ、ぷりん」
頭からプリンが離れない。カルヴィン料理長には絶対に昨日のプリンを覚えてもらわなければならない。実力を行使してでも。そう決意を胸にし、次の現場へ向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「それでは質問のあるかた〜」
昨夜の晩餐のレシピと細かな注意点を伝え終わった。これほどまでに真剣に自分の話を聞く人間を見たことは無く、ただただ驚くばかりである。皆の視線が俺を射殺すほど刺さっている。ガチ勢ばかりで怖い。
「あの・・・、生意気を承知でいいますが、料理は相手の笑顔と健康を思って作るモノだと私は思います。どうか今のように眉間にシワを刻んだ状態で作らないでくださいね」
表情筋と味覚に連動性があるかは知らないが、俺ならもう少しユルク作ってもらいたい。もしこんな顔ばかりした調理場ならすぐに休暇を与えるだろう。
「ゲイン様、質問っ!!」
「どうぞ」
お願いだから普通に質問してくれ。体育会系まるだしやがな。
「アイスクリームのレシピはオープンするんですか?」
「ん〜、ちょっと確認ですが、レシピをオープンにしたとして、アイルランダーで食べれる方々はどの程度います?」
質問を質問で返して申し訳ないがポルテ会長の冷蔵庫にある素材なので高級食材だと感じていた。下処理もしっかりされていたから肉料理も自分が作ったのにすごく美味しかった。
「・・・限られた方々だけですね」
「例えば貴族の方々ですかね?」
「そうなるでしょう」
真面目な顔をして答えたのは副料理長のルーフィスさん。この人、かなり料理センスが良くて既に天ぷらなら俺を超えていると思う。ガチ勢の実力をいかんなく発揮される栗毛長髪のイケメンである。料理長のカルヴィンさんはシルバーの髪(疑うべき要因)で口髭がダンディな方である。
「で、あるのなら。アイスクリームのレシピは好きに使ってください」
「はぁあああ!??料理人舐めてんのか!!!」
ルーフィスさんがブチ切れるのも理解できる。料理人にとってレシピをオープンにした場合、利用料としてお金も取れるし、何よりも料理人として名を残せる。使用頻度が高いレシピほど、レシピ作成者への尊敬と名誉が贈られるのだ。それとレシピ開発者が料理の名前を付けられる。アイスクリームと俺が呼んでいる(知っている)が、料理名として「ボインジャージ」とかでもオッケーなのだ。・・・末代までの恥になるだろう、名前も痛々しい。
「・・・なるほどな」
ルーフィスさんが俺を罵倒している横でカルヴィン料理長が静寂をつくる。
「あ”ぁ?おまえらゲインの言った意味が分からんのか?」
皆はあからさまにバカにした料理長の態度に怒らず、俺に早く説明しろと睨み付けてくる。いや、俺はバカにしてないから料理長に直接もの申せよ。
「説明するの嫌なんですけど・・・。あっ!そうだ!!もし理由が分かった方には特別に他のレシピを教えます」
「はぁいっっ!!!あのな、ゲインは〜」
カルヴィン料理長、貴方は手を挙げちゃダメでしょ。完璧に汚ねぇ大人のやり方である。
カルヴィン料理長から俺が魔族でレシピを残すと目立つことになる旨の理由が説明される。特に現時点でアイスを食べれるのは支配者層の貴族などになる。料理人として生きるなら貴族お抱えになることは、1つの道としてあるが魔族であるゲインでは本人にマイナスになること。ほぼ俺の意図を説明してくれた。
「あぁ、そういや魔族なんだもんな。忘れてたわ」
ルーフィスさんがため息まじりに呟く。割と忘れ去られますがゴブリン・キングです。あの繁殖強めのヤツ。
「さぁっ!!レシピを教えてくれ」
誰だよ、このおっさんを料理長にしたの。あぁ・・・あの食いしん坊だ、納得。




