第21話 空は青く澄み渡る
明朝。いつも早い時間に起床していたが、今日は挨拶をせずに館を出る必要がある(ナスカが知らないため)。日の出前の空はまだ濃紺を残し、もうしばらくは鳥も鳴かない。
「お世話になりました」
室内に『クリーン』の魔法をかけておく。本は貴重なのでアンさんに直接返したかったが、これほど朝早いと逆に迷惑になると考えお礼の手紙を添えておく。一応、要らないかもと思いつつ、ナスカ宛とルドルフさん宛の手紙もテーブルに置いておいた。ナスカだけに手紙を書くのもなんか違うと思い、ルドルフさんにはレシピの開示OKとその他に紅茶クッキーやフィナンシェなどの作り方を書いておいた。
部屋をメイド御用達の『サイス』を使いながら出て厩舎へ向かう。我が従魔は絶賛睡眠の最中だった・・・。俺、朝早いって伝えたよな?
「アント、起きろ。出るぞ」
「もう苦汁のみと食事抜きは勘弁を・・・」
妙にハッキリとした寝言が聞こえる。そう言えば、アントもいつの間にかペラペラ喋れる鹿になった。厩舎の周りの従馬たちも静かだ。
「アント、めんどくさい。起きてるだろ、行くぞ」
「主、少しは我にもご配慮いただきたい」
「なんかあったの?」
アントが顎で指した先を見るとウットリとこちらを見る茶色い馬がいる。
「まさか・・・アント?」
「はい、父になります」
「いやいやいやいや、そこ従魔でしょ?お前はただの鹿じゃねぇじゃん」
「子の顔が見たいです」
いや、知らんし!!ドヤ顔されても知らんし!!
「なぁ、だったら昨日言えよ」
「我、あまり時間がなかった」
「じゃぁ、仕方がないね。従魔契約の解除ってどうやるの?」
「主、我がままで申し訳ございませんが、従魔契約の解除はしないで頂けないでしょうか。必ず、馳せ参じます」
いや、戦とかないから普通にどこかで会えればいいじゃん。なんで戦闘のことばかり考えるんだ、魔族よ。
・・・。
急にボッチ生活に戻るなんて考えもしなかったな。少しずつ濃紺から薄くなる空を見上げると小さな月が見えた。アントがゆっくりと立ち上がると、厩舎にいた従馬たちも同じく立ち上がり、こちらを見つめている。
「「「「「ご武運を!!」」」」」
「だから、誰とも戦ってねぇし」
思わず吹き出してしまったが、妙に格好のいい送別ではある。マンガの1コマにありそうだけれど、中心にいるのはポッチャリ型ピンク頭の平和主義ゴブリン(亜種)である。
「んじゃ、皆元気でねぇ〜」
軽く宿舎内の従魔たちに手を振り、最後にアントと目が合う。
「今度会うときは素で話せよ。アントの親に会ったら『子が生まれる』と伝えとくよ」
「わ、分かりました。親に会ったら伝えてください。『我は幸せである』と」
そのキャラのままで本意は伝わるのか?と疑問はあるが、本人の望みなので俺は黙って頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇
厩舎前でアントとも無事(?)に別れ、館から南東へ向かって歩く。徒歩でこのペースなら元々暮らしていた湖に3日程度でつくはずだ。一般教養で教えてもらった地図は紙に複写させて頂いたが、それが許されたのも3ヶ月終わりの頃だった。1、2ヶ月で心が折れていたら、どうなっていたかが謎のままである。ただ、いまとなっては謎のままで良いとすら思っている。
ん?
前方の索敵に魔物がひっかかる。感じ取れる気配から3体、強さはいまのところ俺より強くは無い・・・多分。正直、相手の本当の強さは隠されたりするので最終的にはカンである。
「とりあえず、迂回するか」
俺は何度も迂回しながら無駄な戦闘を避けて森を進んだ。弱肉強食が成立しようとも、自分のルールは確保していて問題は無い。これがパーティーで自分の考えが通せないならともかく、ソロ活動のうちはどうとでもなる。問題は俺より強い個体に遭遇した場合で、なし崩し的に戦闘になったときである。
「あとは『種族進化』だな」
名前:ゲイン・シュバルツ
性別:雄
種族:ホワイト・ゴブリン(亜種)
適性:光魔法適性、火魔法適性、水魔法適性、体術適性、鍛冶技術、種族進化
スキル:言語操作Lv 5、魔力操作Lv 3、体術Lv 4、光魔法Lv 3、火魔法Lv3、水魔法Lv3、氷魔法Lv1、料理Lv2、
鍛冶Lv3、隠密Lv2、種族進化Lv3
特技:種族進化Lv3(309/10000)
装備:サイン(ロングソード)、ミスリル・ダガー
一般教養の講義の中で婉曲的に魔族の種族進化について質問をしてみたが、「種族進化について不確定な要素ばかりで分からん」とのことだった。俺は湖近くで落ち着いたらアントにだけ事情を話し、巣篭もりみたいに『種族進化』を使用するつもりであった。
少なくとも湖周辺ではナスカと出会うまで、1番の強敵と思われたのはクマの魔物であったが、3ヶ月の訓練中に狩りとっているので不安要素は無い。湖の主でも同様に勝てるだけのことはしてきた。
「またさっきと同じ3体?魔族なのかなぁ」
なんども迂回を繰り返しているが向こうも同じように動いている。変な奴らに絡まれるのは気分も悪いし、面倒ごとは出来る限り避けたい。ただ、それにも限度というものがある。
戦闘を避けることを諦め、俺は気配を殺し相手との距離を一気につめる。向こうは俺の気配が無くなったことに焦ったのか、見知った3人が1箇所に集まりお互いに背中を預けて構えているのが見える。
「『ウォーター・アロー』、『ウォーター・アロー』、『ウォーター・アロー』」
水の矢の硬度をかなり弱く設定し、鬼人の髪の毛が赤、黄、青の信号機トリオに向けて放つ。
「うぅ、わっっっ!!」
「きゃぁ!!」
「痛えぇ!!!・・・って痛く無い」
それぞれに悲鳴を上げた3人の目の前に着地し、ニマニマした顔で登場すると3人とも膝から崩れる。
「ゲイン様かよ!!いきなり何するんだよ!!」
赤髪鬼人のボノクが俺に威勢よく文句を言うが苦情は一切受け付けていない。
「なんか言ってくださいよぉ」
「ほんとびっくりしたっす」
青髪のメイリスと黄髪のボロロンまで苦言を漏らす。
「一切の苦情は受け付けておりません。あのさ、もう助けに行けないから無茶するなよ」
この子たちは鬼人の中でも才能があり、幼なじみ3人組でたびたび森の魔物狩りを行っている。鬼人の村へデヘン・ボア(イノシシの魔物)の肉を持って帰ったりして喜ばれていることも最近知った。
「どこかへ行くのですか?」
メイリスはいまは美幼女レベルが非常に高いが、額から伸びたツノが大人になるとどうなるかで恐怖の対象となるだろう。魔力の素養も高く、髪の毛と同じ水魔法が得意である。
「あぁ、ちょっと見聞を広げに旅に出る」
「ケンブンって何だよ!!行かなきゃ良いじゃん!!」
俺の言葉にかぶせ気味にボノクが言う。これでも精神年齢が高校生なので分かるが、助けてから何かと森で遭遇しているので3人が懐いているのは分かっていた。
「そうもいかないんだ。君たちと会えてよかった。お別れの挨拶もできる」
俺がしゃがみ視線を合わせると、メイリスが瞳に涙をためる。うぉおおお、すげぇ破壊力だ。
「メイリスは水魔法を鍛えつつ、回復魔法系も忘れずに覚えるように。ボノクは自分が振るう剣が他の2人や村の人のためにあることを知ること。ボロロン、君は少し自信を持ったほうがいい。君の体を張った盾でボノクとメイリスは生かされている。3人とも仲良く、お互いに技量を上げてアブリュート領に貢献してほしい」
「はい!!」「おう!!!」「はぁい”」
最後の別れでも無いからね、と一応念押しも忘れない。誰かの配慮で3人に会えたのだろうが、そこを考えないのができる男である。




