第1話 覚めたらアレ
背中に大樹の硬くも包み込まれている感触があった。自分の足元に見えた樹根は、森の先へとウネリながら進んでいる。これまで見たことのない森の一部に自分がいることが分かった。ただ風がやさしく吹き、光が所々地面に差し込んでいる。どうやら周りに音を立てる生物はいないようだ。
自分の左手を見た。
見たことのない指が4本。皮膚も白っぽく、自分がイメージしていた緑色のアレではないようだ。右手も当然、指が同じく4本だった。親指が少し長く、位置も人間とは少し異なる。グーパーチョキと握りを変えたが上手く操ることができた。自分の体なのだから当たり前かもしれないが、想像以上に5本指からの違和感を感じない。
フッフッフッ
ため息を付いたつもりが短く息を吐くことしかできない。
どうやらただのゴブリンのようだ。
いやっ!!!まだゴブリンかどうかは分からん!!!オークの可能性もある!!!!まだ自分の姿だって確認していないのだ。俺は気合を入れて立ち上がろうとする。
「ゴ、ゴブ、ゴブッ!!!」
自分の声帯から気合が漏れた。両腕を天に伸ばし、身体をそのままピンとする。背中を支えてくれた大樹に感謝を込めて摩る。
『どうかヴァンパイヤになれますように』
俺の夢を伝える相手はすでにいなく、どうにも運命としてはアレで始まるしかないようだ。声も微妙にアレだし。ただ、妙に肌が白いのだけは気になるが・・・。
「『ステータス』を使いなさい」
ッッツ!!!
静寂をやぶる声に身体がビクつく。周りをキョロキョロするも声は目の前の大樹から聞こえた気がした。
「言葉は理解できるのですね。『ステータス』魔法を使いなさい。念じても行使できます」
その声には確かに温度があった。自分が思っていた以上に落胆していた俺は涙が出ている感覚があり、指先を目に当てる。
カサカサだった。
保湿とかない感じである。あとで自分の姿を確認しなければならない。思った以上に深刻かもしれない。
『ステータス』
名前:
性別:雄
種族:ホワイト・ゴブリン
職業:
適性:光魔法適性、火魔法適性、水魔法適性、体術適性、鍛冶技術、種族進化
スキル:
加護:神に無駄な神力はない
装備:
名前が無くて、性別は雄か。まだ見ていないが尿意を覚えたらご対面だろう。それよりも種族と適性がイメージしていたゴブリンと明らかに異なっている。愛読していたファンタジー小説だと、緑色でケタケタ笑い、腰蓑と棍棒をこよなく愛し、たまにヒロインや騎士をクッコロの状況に持って行っては主人公に根絶やしにされる。俺は根絶やしにされる側か・・・ってやっぱりゴブリンだった。
あぁ・・・ゴブリン確定だ。
「あの、大丈夫ですか?」
大樹の根をただ見つめていた俺に上から声が降ってきた。
「ゴッ、ゴブル、ゴブ!!」(あぁ、ありがとう)
すでに耳に聞こえてくる自分の声は暗号でしかない。自分の意思と伝えたい言葉が一致しないことにショックを覚えるがいちいち気にしていられない。名前が空欄なのは自分で決めろ!!ってことだろう。そして、加護の欄が成績表の通信欄みたいになってることは無視する。
名前・・・流石に北沢拓也ってわけにもいかないか。親も子に付けた名前がゴブリンに付けられるなんて考えてもいないだろう。これからヴァンパイヤになるための俺の、俺の名前。
『俺はゲイン・シュバルツだ』
自分の名前を決めた瞬間。一気に身体から力が湧き出してきた。争いも目立つことも嫌っていたはずの自分とは真逆の妙な高揚感というか戦闘欲。魔物になって自分の理性がどこまで保てるか・・・って思えばクラスの連中も転生していたら俺は狩の対象じゃね?ヤバッ!!!
「『名付け』ができたのですね。おめでとうございます。つけた名前に比例して力を分け与えると言われています。貴方の名前を教えていただけますか?」
口調はやさしいままなのに森の空気が変わり、自分の肌をひりつかせる。
「ゲインだ」
「ゲイン、ホワイト・ゴブリンのゲイン・シュバルツですね。警戒するのは正解でしょう。好きに行動しなさい。魔物は存在を許されています」
そう頭上の声が言い切ると急な突風が俺を突き上げる。
「うっお、ぉおお!!!」
上昇は止まらず、森の木を突き抜けた。一方的に飛ばされる視界の端に、きれいな湖が見えた。
「俺は高所恐怖症なんだよ!!!!!!」
誰も俺の叫びなど関係ない。風はまだ俺を運び、湖が予想以上に大きいことが分かる距離まで近づく。
ガサッ、バキバキッ、ボキ
何本もの樹々の枝に支えられ、見事に地面に着地できた。視界が逆さまなのはご愛敬だろう。あの距離を飛んで身体に痛むところがない方が奇跡だ。ほんとうに樹々に感謝を忘れないような生活を送ろう。
「異世界、ガチでぶっとんでるな」
『名付け』の影響なのか、声も出せるようになっている。ちょい前までゴブゴブしか言えず、冒険者になったクラスの連中に狩られたりするのかと本気で思っていたが、少なくとも会話はできるだろう。相手が聞いてくれれば・・・ってこれ日本語か?魔物語とかならダメなんじゃね?これは人に会う前に先に相手を観察しないとダメだな。
しかしあの大樹は何だったんだろう。『ステータス』魔法を教えてくれたのは助かったが、他にもいろいろと聞いておけばよかった。『真名とかヴァンパイヤが教えたらダメ』っていう異世界アルアルを持ち出したら、問答無用で風で飛ばされたのだから仕方がないか。
「湖に行くか」
少し先に湖が反射する光が見えた。まずは水場の確保と当面の生活方針を考えないと。慣れていないはずの森の中をスタスタ素足で歩く自分に違和感を覚えながら湖へ向かった。




