②
「早く来て、悪かったな」
ルードルフ様が、何を謝ってるのか分からなかった。
にょ? と、首を傾げたら、ルードルフ様がそっぽを向く。
「いえいえ。お茶も、お出ししませんで?」
離から屋敷は、厩舎から馬を出してくる様なもので、直ぐに馬車が止まる。そもそも、歩ってすむ距離。
お祖父様に行ってきますも必要だけど、お祖父様とトルエン辺境公爵が、挨拶をお互いになさってるのだ。予定としては、ルードルフ様もお茶をしてて、そこに離から私が来れば良かっただけなの。
馬車を降りたら、こっちの執事が、扉を開けて待っていた。
「ミシェイラ?」
「お嬢様?」
ルードルフ様とジークに呼ばれて、立ち止まっていた事に気付く。
華美に様変わりしたエントランス。
お祖母様か、愛人の趣味なのかな? お祖父様の趣味じゃ無いのは丸分かりだ。
変わっていると思ってたけど…想像以上。
私が離に住まいを移して約二週間。二週間の変化で見ると、変化の無いのは、二階へ続く中央の階段だけ。
お母様との思い出が無くなってく。お母様の居ない場所での毎日が続いていく。優しくしてくれる人が居ても、それだけは辛かった。
「身分の低い娘に、この家に出入りされたくないわ。早く、出て行きなさいよ!」
階段の踊り場にはピンクのフリルが居た。ん? 愛人の娘が居た。間もなく後妻の娘になるんだろうけど。
「そんな格好で入って来ないで。みすぼらしい。隣のあんたもよ!」
それには、屋敷の執事が顔色を変えた。
隣のあんたは、ルードルフ様の事だ。
「お嬢様っ!」
「何よっ! 逆らうの?」
執事が呼ぶお嬢様は、私じゃ無いよ。あっちの子。
私はルードルフ様に向き合った。
「あちらは、伯爵家筋の娘で、近い内に公爵家に入る事になると思います…ん?」
「シェリル様です」
「シェリルだそうです」
ナイスです。ジーク。私、あの子の名前も知らない。
ルードルフ様は、私の手を取って入ってきた扉に向かって歩き出した。
「外で待つと伝えてくれ」
誰に、執事に向かってだろう。それだけを言う。
先回りしたジークが扉を開ける。
私は、申し訳ないというか、恥ずかしくて仕方なかった。先日の王宮での事も恥ずかしい事だけど、それとこれとは、恥ずかしさの次元が違う。
「ごめんなさい。ルードルフ様」
あの子は、お客様に挨拶するつもりで下りて来た所に、私が居たから、あんな態度を取ったのだろう。
「ミシェイラ。私は、他人を見下す者は好きじゃ無い。己の立ち位置を理解しない者もだ」
私のルードルフ様の印象は、面倒見のいい人で、びっくりキラキラ王子様。だけど、少し冷たい声音の物言いに、後ろに下がってしまいそうになった。
「お前は、貴族としても、人間としても、ちゃんとしてると思うぞ」
そう言って、頭をポンッとされた。
「ありがとう、ございます?」
「何で首を傾げる。ちゃんと褒めたんだぞ」
褒められたのは嬉しいけど、王宮の黒歴史を考えると、貴族としてどうかと思いますよ? まだ屋敷内の方が、ダメージは少ない筈なんだけど。
そこへ、お祖父様とトルエン辺境公爵が。後ろには、顔色の悪いお父様達。
「ルードルフ様。我が家の者が、失礼しました」
「マクラーレン公。気になさるな。何も無かった」
はぅっ。ルードルフ様は、不問ですませるつもりらしい。違う。不問ですら無い。お祖父様以外を居ない者とするおつもりだ。つまり、そこに居ない者。ねぇ、それってどうなの? って、思うけど、私自身のご挨拶が先だよ。
「トルエン辺境公爵様。態々のお迎えありがとうございます。これからお世話になる身です。ご迷惑にならないように務めます。よろしくお願いいたします」
「ミシェイラ嬢。旅慣れた支度だな」
「はい。馬車でも馬でも問題ありません」
「ふふっ。義父殿。ミシェイラは、どんとこいらしいですよ」
ルードルフ様の言葉に、グギッとする勢いでその顔を見上げる。
「き、聞こえて…」
「私も、馬車に乗りっぱなしは嫌なので、応変に道行を考えて下さい」
「そうか。マクラーレン公。大事な孫殿の身。しかとお預かりしますよ」
「よろしくお願いします。ミシェイラ?」
「はい。お祖父様」
「勝手に動くのは、駄目だよ。元気に、行っておいで」
「…はい。お祖父様。行ってまいります」
ぎゅぎゅぅっと巻き付くと、お祖父様の笑い声が落ちてくる。
「行ってきます」
お祖父様から離れると、あの子と目が合った。睨んでる。うん。睨んでるんだけど、きっと泣きそうでもあるんだな。
ぽてぽてと、あの子の前に立つ。
「私はミシェイラ・エイブ・マクラーレン。貴女は、シェリル・エイブ・マクラーレン?」
「そ、そうよ。なんの」
「しっ! 謝罪をきちんと出来ないのは、家の恥に、なるよ」
問答無用で、手を掴んでルードルフ様の前に行った。
「ルードルフ様。先程は、我が家の者が失礼を致しまして、申し訳ありませんでした。改めて、マクラーレン家の者シェリルです」
「お、王子様と知らずに、申し訳ありません。私、何であんな態度をを取っのかっ。お許し下さい」
頭を下げるシェリルの側で、忌々しそうな顔のお祖母様とお父様を見る。
ルードルフ様はシラケた顔をしてたけど、仕方がないと思ったのか、「許す」と、短く言って私を呼んだ。「お祖父様。それでは、行ってきますね」と、あの子を託す。役立たずの親なのは、あの子に取ってもなのかな?
馬車に乗り込むと、ルードルフ様が小窓を開けてくれた。お祖父様に向かって手を振る。動き出した馬車がケリーとレナの前を通る。
「行って、来るねぇー!」
元気である事を見せるのは忘れない。
だって、私は元気なのだから。
今話も、お読み頂きありがとうございました。