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閑話・王宮の妖精

 王宮で、緑の妖精を見た。

 そんな話しを耳にしたのは、キエナ領に向かうのに、王子として最後の挨拶をしに王宮に足を踏み入れた時だった。

 王位継承権はそのままで、養子に入る。

 複雑であり、明らかな重圧感を感じていたが、耳に入ったそれに、何故だか楽しい気持ちになっていた。


「くふっ、ははは」

「伯父上…」


 隣で静かに笑うのは、これから義父と呼ぶ事になるキエナ領トルエン辺境公爵その人だ。

 伯父上の笑ってしまう気持ちは分かる。あれが、あの子が妖精? というのが、俺の気持ちでもあるからだ。



《王宮内目撃例》


・ 陽だまりの妖精


 馬車から降りて、何故ここに居るのか分からないまま歩ってただけでろう。お祖父様だという公爵に懐いてたから、疑う事や考える事も無く。


・ 新緑の回廊で踊る妖精


 単に、体をほぐす為に、手足をぶん回していただけ。

 これは、俺が良く分かってる。庭に居たら、ぶんぶん腕を回す子供が居た。すっと姿が消えて、気になって見に行ったら、危うく膝蹴りを入れる寸前だった。公爵令嬢以前に、年下の女の子を蹴らずにすんで良かった。護衛騎士よ、ありがとう。


・ 王子(俺)と手を取り合う妖精


 本人は、ぽてぽてと歩ってただけ。何故だか泣き出して、前も、ろくに見ずに歩ってた。手を引けばそのままついてきて、こいつ大丈夫かと心配になった。


・ 現世うつしよに怯える妖精


 謁見の間で、泣きぐずのピークだっただけ。足を止める事無く歩って来て、立ち止まったら、知らない大人に囲まれてたからな。

 謁見待ちなら、俺と一緒でいいと思ったんだよ。


・ 飛び立とうとする妖精


 山を歩き回ると言っていただけに、素早かった。保護者である公爵の声がしたと思ったら、躊躇する事無く、どんっと体当たりをかましてた。


・ 心優しい妖精


 騎士の怪我に気付いて手当てした事。

 騎士の怪我は俺のせいもあるが、気付いたら早かった。目線が低いってのも、気付いた理由だろう。

 欠けた髪飾りの破片を侍女が見付けて渡したら、とても可愛らしく笑ってお礼を言った。あまり、礼を言う貴族が少ないっていうのも、耳目を集めたんだろう。

 これは、優しくて素直な公爵令嬢として、王宮勤め人に、好感を持って噂されてる。



 確かに、可愛らしい容姿はしていた。十歳児という事で、子供特有の愛らしさ。単に、王宮で見るのは珍しい子供だっただけ。よくある焦げ茶の髪に緑の瞳。普通の子。

 妖精なんて言われたのは、あの服のせいだ。

 染色した絹じゃ無い色。ベースはミントグリーンだが、光の加減で七色に輝くワンピース。そして、裾の軽やかさが妖精の由縁だろう。

 兎に角。彼女は、王宮の中で令嬢らしく無かった。王宮なのは何となく分かっている様子だが、何故ここに居るのか分かってなくて、泣き出したのには困った。ついつい手を引いてやるくらいには、興味を持ったが、本人が妖精の様に愛らしかった訳では無い。きっと無い。

 その日の内に、ミシェイラが見本の為に着ていたワンピースと、謁見に持ち込まれたそれは、妖精のフェアリーシルクと言うようになった。

 本当に笑っちゃう。

 献上された物以外で、今、この王宮でフェアリーシルクを持っているのはあの日の騎士と侍女。それと俺と伯父上だ。

 騎士には手当ての為にだけど、侍女には笑ったぞ。欠片に喜んだミシェイラは、公爵である祖父のポケットに手を突っ込んで、ハンカチを取り出して侍女に渡したんだから。

 受け取れないって恐縮する侍女と、爪の先程の欠片に喜ぶ子供。

 混沌としそうな場を納めたのは公爵だ。

 この後ミシェイラが王宮に来る事は、年齢的にも無いだろう。あの時の事はと後悔しないように受け取ってくれと説き伏せていた。

 俺と伯父上には、次の日にお礼(本人にとってはお詫び)に来た時に受け取った。

 話題のフェアリーシルクがお礼になるとは思って無い本人。角のちっちゃい刺繍を指さして得意気。ミシェイラにとっては、その方が重要だったみたいだ。普段使いの外出着でぴょこっと動く様子はただの子供。

 だから一層、この噂には笑える。

 ミシェイラ本人は、この王宮での一件を『黒歴史』と、頭を抱えて悶絶してた。

 『黒歴史』って何だと聞いたら、「塗りつぶしてしまいたい話し」と言った。それは汚点という事かと聞けば、「そうとも言います」だ。

 頭を抱えて俯いて「お母様ごめんない。ミシェイラを許して」と呟くのを、俺と伯父上で笑いを堪えて見ていた。

 ミシェイラの『黒歴史』が、こんな事になっていると知ったら、どんな顔をするんだろうな。

 伯父上がミシェイラをキエナ領に招待したら、即返答で「行きます!」だし、どんな所かと興味津々の質問攻め。

 だから、あの子が妖精だなんて無しだ。


「楽しそうだな、ルードルフ」

「楽しいですよ。伯父上も、いいえ、義父殿だって楽しいんじゃ無いですか?」


 耳に入る噂話を聞きながら、俺達は笑った。笑うしか無いだろ? 笑える事だし。

今話も、お読み頂きありがとうございました。

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