②
十歳の私の朝は普通。何がなくても、決まった時間から始まる。
離で暮らす様になったから、起きても起きなくてもいいよねって訳でも無い。ぐずっとしてたら、働いてくれる人の迷惑になっちゃう。
離暮らしの筆頭はお母様の侍女だったケリー。「きちんとなさいませ」が、口癖になってる。泣きそうになると「お母様が見てます」と、背筋を伸ばすように撫でてくれる。泣きそうなのはケリーの癖にね。泣きたいのは、悲しいのは私だけじゃ無いって思うと頑張れる。
そして私に仕えたいと言ってくれたレナ。二歳上のお姉さん。妹より、本邸より、私を選んでくれた。嬉しい。
執事にセバス。お母様専任だったお仕事の出来る人。十歳の私には勿体ない人。
従者はジーク。十五歳のお兄ちゃん。伯父様からの推薦。人見知りする訳じゃ無いけど、どんな人か様子見中。
料理長は料理長。料理長が名前じゃ無いのは知ってます。ジャンさんです。何故、料理長だけが「さん」付けなのか…。食には敵わないって知っていますか?
私一人で、料理長までは要らないよとお祖父様に言ったけど、必要なんだって。
本邸から離の料理人だなんて申し訳無くって、戻っていいよって言ったけど、自分の意思で来たのでと返された。料理人だけに、鮮やかな返しだった。
そんな五人との離暮らし。時々お祖父様プラス。
それが、今朝は違った。兎に角早い時間だった。
ちょっと薄暗いのに何で? と、目を擦りながらケリーに聞いたら「お支度を」と、お風呂に入れられた。
お風呂は好きだけど、眠ぅいっ!
髪には何かオイルしてるし、顔や手先もマッサージ。
十歳児には必要ありません。
ケリーっ。お布団に帰して下さい。
ぐずっとしてしまいました。私は悪く無い。早起きの話しなんて聞いてなかったもん。
普通なら、目が覚めるのかな? そう思うけど、目が覚める以前に湯あたりしてぐにゃぐにゃになった。慣れない事は駄目! 危険!
お洋服を着せられて、髪の毛を梳かしてもらってる時に、お母様の螺鈿の髪飾りを見せられた。
「今日はこちらを付けましょうね」
そう言われてようやく目がぱっちりとした。
編み込んでぐるっとして後ろで留める。私からは見えない。後ろが見たくてくねくねしてたら、レナが手鏡で見せてくれた。
今日は、一体何があるの? 聞いても、ケリーにも分からないみたいだった。
夜。私が寝た後で、お祖父様が来て、この服を渡されたんだって。お祖父様が来るなら、もう少し起きてれば良かった。残念。
この服は、二枚重ねのワンピース。
ひらひらとして可愛い。レースが、フリルがってやつじゃない。胸のところで切り返しがあって、下に着たスカートがふわふわと見える。これが、普段使いの生地によるものだったのなら、るんるんと朝の散歩に出た事だろう。そして、私は妖精さんになれるかもしれない。薄いグリーンの光沢の布地は、らしくなくそう思わせる。
私は乙女…じゃ無いよ、ただの十歳児。
この後の事は分からないが、朝食をとってお祖父様を待ちます。
前掛けだけじゃ心許なくて、シーツを巻き付けてご飯を食べた。手も隠してだから、レナに食べさせて貰う。
ケリーは不本意という顔だったけど、これ、汚す訳にはいかないでしょ?
もぐもぐごっくんっと朝食が終わっても、汚すのが怖くてシーツお化けのままでいた。
何があるのかな? このまま寝てもいいかしら? うとっとして頭が揺れたら、ケリーに怒られた。ぐすんっ。
お祖父様と馬車に乗ってお出掛けをしています。
領地に行くのより、一回り小さい馬車。小さいけど、華美な装飾の馬車。これに乗ったのは初めて。お馬さんもお洒落さん。
乗り込む前に凝視してたら、お祖父様に笑われた。
気になったら見ちゃうでしょ? お見送りのレナだって、ぽかっとしてたもん。子供の乗るもんじゃない。
「ご挨拶の仕方は覚えているか?」
はいと答えたけど、不安しか無いよぉ。
何処へ行くかは、教えてくれない。だけど、ヒント的なのはある。挨拶じゃなくて、ご挨拶とお祖父様は言った。同格のお家かな?
どきどきが、乗ってる馬車の音より大きく感じるよ。
お馬さんのかぽかぽが止まった。私のどきどきが跳ね上がった。
無理ないよぉっ。だってここ、王宮だもん。
お祖父様が言ってたご挨拶…。最上級のだ。足がガクブルってしてるのに、大丈夫かな私…。
慣れたお祖父様は躊躇いも無く降りる。
私に猶予を下さい。朝から本当に子供の心臓に悪いですよ。
「ミシェイラ」
呼ばれて私は観念した。
お祖父様の差し出す手を取って馬車を降りる。
王宮正面からやや左の位置だけど…。恐いわぁ。等間隔で騎士様立ってる。きょろきょろとあちこち見るのはお行儀が悪いし、心臓に悪いので、私はお祖父様を見て歩く事にした。
こうして見ると、家のお祖父様ってかっこいい。何時ものお祖父様の方が好きだけど、さすが公爵様だと改めて思う。
何を考えてるって? 単に現実逃避だよ。だって、騎士様なんかが同伴で移動が始まったし、下手に目が合うの嫌なんだもん。
今話も、お読み頂きありがとうございました。