みんな知ってる物語
夕食後、僕ら5人は客室内でトランプに勤しんでいた。
「ふはははは、お前らが低数字を使い切るこの時を待っていたぞ! 出でよ我が手札より、全てを翻転させよ! 「革命」!!!」
「……「革命返し」」
「何っ!?」
「っぷははは。ノア完全に裏目じゃねえか」
ノア君、上達はしているが如何せん運が悪い……。5人でやって革命する確率って結構低いだろうに……。
トランプに勤しんでいると、ドンドンと扉を叩く音が聞こえた。
「何だ……?」
リアムが客室の扉を開けると忙しない様子の他部屋の男子がいた。
「みんな、大変だ! 」
ようやくか。この異世界、異世界にしてはどう考えても「緩」すぎた。なんのハプニングも無く山も落ちも無い出来事ばかり。
とうとう、敵襲が来たと見ていいだろう。
「エレンが今から告るらしいぞ!!!」
「「まじか!」」
また、高校生イベントかよ。
そして、エレンって誰なんだよ。
でも知らない男の恋にあまり興味は無いけれど、告白する相手が知ってる人なら楽しめるかもしれない。
「エレン君は誰に告るんだい?」
「そんなの決まってるだろ。アリスちゃんだよ!」
……相手もよく知らない人だった。
確かアリスちゃんは綺麗な金髪の超絶美少女だったっけ。
僕と対象的に部屋メンはみんなテンションが上がっていて、すぐに部屋を出る準備をしていた。
エレン君は綺麗な星の見える場所にてアリスちゃんに告白するらしい。
僕達が外に出るとエレンとアリスを除くクラス全員が大集合していた。
「え? エレン君がみんなを呼んだのかい?」
僕が問うと他部屋の男子レヴィがにやにやした顔で答える。
「違うよ。 俺が偶々人気の少ないところで、エレンがアリスちゃんに10時に星見の場所での約束を取り付けているのを見たのさ。そして面白いからクラスのみんなに伝えたのさ」
うわぁ。鬼の子だぁ。
それにしてもクラス18人全員がこうして集まってるのを見るに、このクラス相当仲がいいな。
「おーいみんな! もう二人は星見の場所に向かってるから、俺たちも隠密魔術を発動して後を追うぞ!」
みんなが一斉に詠唱を開始する。
詠唱が長く結構高度な魔術で焦ったが僕も何とかみんなの詠唱を真似て発動することが出来た。
僕が魔術を使用し終えると周囲から人が居なくなっていた。
あれ。みんないない。
「俺が青い炎でみんなを誘導するからついて来てくれ!」
声だけが聞こえる。
そして言葉の通り、青い炎が見え動き出す。
なるほど、隠密魔術は透明化の事だったのか。
外の森道をしばらく歩いて行く。
隠密魔術は足音も消す効果を持っていたらしく、姿も見えず音も聞こえない気配のみを感じる集団と歩くのは奇妙な感覚だった。
みんな良くこんな中ぶつからず歩けるものだ。
歩いて行くと景色の良い場所にたどり着き、二人の男女の姿が見えた。
青い炎が止まり、静止を促す。
「え……えっと……エレン君、大事な話って何?」
アリスは照れたように、何かを察したように言う。
エレンは覚悟を決めて、告白する。
「アリスさん、俺は貴方のことが好きです。大好きです。初めて会った時から大好きでした。貴方の全てが大好きです。綺麗な髪も、美しい瞳も、優しいところも、ちょっとお茶目なところも、笑った顔も、怒った顔も大好きです」
「貴方のことを一生護りたいと思いました。だから、俺を貴方の騎士にして下さい!!!」
静寂を決め込んでいた周囲(クラスメイト達)が少し騒つく。少しの悲鳴声や笑い声が微かに聞こえた。
「……はい! 私の騎士になって下さい!」
……僕は何を見せられているんだろう。
しばらくして、先導していたレヴィ君が隠密魔術を解き、囃し立てる。
「ヒューヒュー! お熱いカップルが誕生しちゃったなぁ!? おめでとう!エレン君!」
「な!? レヴィ!? いつからそこに!?」
「僕だけじゃ無いさ」
クラス全員が魔術を解除して姿をあらわす。
「ああ……ああ……死にたい……」
エレンは顔を真っ赤にし地面をのたうち回る。
「私は気づいてたんだけどね」
「エレン、良い告白だったぞ! 臭い前フリからの「君のナイトにして下さい」はとても傑作だったぞ! ぶふふ」
「あああああああああああ」
その後エレンとアリスはクラスメイトから徹底的に弄り倒された。
それにしても、僕は今まで色恋沙汰とは無縁の世界に隔離されてたから、新鮮だなぁ。
告白ってすごい勇気だよね、拒絶されたらすごく傷つくだろうし、それで嫌われでもしたら告白なんてしなきゃ良かったって思うよね。
と言っても、僕に好きな人なんて今まで一度も出来なかったのだけれど。
もちろん、見た目が良くて「可愛い」って思ったり見惚れたりする事は有るのだけれど、本当の意味で「好き」な人は出来なかった。
なぜなら、「僕」を拒絶する人間にしか会わなかったから。
結局、人が誰かを好きになるのって多かれ少なかれ自分に対して好意を持っている人に限られる。自分の事を嫌う人間を好きになる事ってあるのだろうか。少なくとも「僕」にはそれは起きなかった。
エレンとアリスだってどちらかが相手の好意を感じ取り好意を高め合った事で両想いに成ったのかもしれない。
ただ、異世界に来た事で僕は人からの好意を多く感じるようになった。
だから今の僕はクラスメイトにも、ミツェルにもアイラにも愛を持っている。それが「クリス」として染み付いていた物なのか、異世界に来てから芽生えた物なのか分からないが、愛を持った僕が今までよりも幸せだって事は確かに感じている。
彼らの好意が「クリス」に対する物だったとしても「僕」は彼らのことが、アイラのことが好きになってしまった。
だからこの異世界なら僕は誰かを愛し、誰かに愛されることが出来るのかもしれない。