ようじょこわい
何やらいい香りがする。
スパイシーで、懐かしくて、食欲を誘う香り。
……カレー?
「お兄ちゃん、お姉ちゃん起きて起きて! レナのカレーだよ」
レナはキッチンで鍋から皿に米とルーをよそい、僕の前に持ってくる。
「お兄様! 私も手伝ったんですよ! 」
ああ、そうか。アイラとレナでご飯を作ってくれてたのか。
レナちゃんにはアイラを救ってもらって、その上カレーまでご馳走になってしまって、申し訳ない。
情けないことに、僕はレナちゃんにオセロくらいしかしてやれなかった。
僕には何もできないけど、彼女が僕に対してしてくれた施し、それを美味しく頂くことが一番彼女にとってうれしいことだろう。
「ありがとう、レナちゃん!いただきま―
あれ?
腕が動かない。
というか足も体も動かない。
僕は自分の体を見る。
どうやら椅子に縛り付けられてるようだ。
「お姉ちゃん、あーん」
「あーん♪」
横で僕同様椅子に縛り付けられていたエルフがにっこにっこでレナに餌付けされている。
さすがエルフ、森に住んでいるだけのことはある。この状況でも気にならないってことか。
「お兄様も、あーん」
「あーん♪」
美味しい。
ルーの辛さはすこし甘目。濃度は水っぽくもなく、固形っぽくもなくちょうどいい。
ジャガイモもにんじんも手頃な大きさに切られていて食べやすい。
お米もいい炊き加減だ。
10口ほどカレーを食べさせてもらったところで冷静になる。
確か僕はこの屋敷にきて、レナちゃんに会って、お茶を出してもらい、遊んで、アイラを生き返らせてもらって、そこから眠りについた。
そして起きたら、椅子に縛り付けられていた。
分からない。何が起きているんだ?
「お兄様、どうされました? もう一口行きますよ? あーん」
「アイラ、ちょっとこの紐を解いて…むぐっ!?」
話している途中でアイラがカレーを僕の口に突っ込んできた。
「お兄様、今は合わせてください」
アイラが小声で僕の耳元で言う。
合わせる?アイラは誰を警戒しているんだ?この場にいるのは僕、リザ、アイラ、レナの4人だ。
ここに警戒する人なんて……
え?レナちゃん?
僕の中ですべてのパズルのピースが繋がった。
レナちゃんは僕たちに睡眠薬入りの紅茶を飲ませ、その効果が出る時間稼ぎのためトランプとオセロを持ち出した。
そして僕たちが眠ったところで椅子に縛り付けた。
つまり、レナちゃんの行動はすべて僕たちを縛り付けることを目的になされている。
しかし、アイラを生き返らせた理由が分からない。脅威にならないと感じたのか?
いや、オセロで負けない自信があったのか。
レナちゃんは約束は守る良い子だ。
カレーを食べ終えると、レナは食器をキッチンへ持っていき、アイラと共に洗い物を始める。
よし、この隙に魔法で拘束を解こう。
僕は詠唱した。
しかし魔術は発動しなかった。
ここで僕は背中に装備していた杖が無いことに気づく。
なるほど、レナちゃんはしっかりしているだけでなく頭もキレるようだ。
「リザ! この拘束どうにか解けないか?」
僕はリザに小声で呼びかける。
「え?拘束? …わっ…本当だ! なんで私椅子に縛られてるの!?」
リザは森にいたときは頼りになるお姉さんって感じだったのに、なんでこんなになってるんだ?
仕方ない、自分でどうにかするしか…
「えい」
リザはグローブから隠しナイフを出し自身の拘束を解いた。
「クリス君、今解いてあげるからね!」
前言撤回。リザはずっと僕の憧れのお姉さんだ。
拘束を解いて貰った後、僕たちは忍び足で装備を取りに向かった。
解かれること自体は警戒していなかったのか、装備はリビングの隅に置いてあった。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんどうして逃げるの?」
まずい、気づかれた。
僕はとっさに杖を取る。
「レナから逃げないでよ!!!!!」
空気が変わる。「何か」やばい感覚がする。
僕はとっさに詠唱し魔防壁を張る。
「っ!? がはっ…」
レナの操る「何か」が魔防壁を貫通し僕の首を絞める。
嘘だろ?魔防壁は物理攻撃も魔法攻撃もすべてを防ぐ防壁だ。
それを通り抜けるのは、あまりにも理屈が通じない。でたらめすぎる。
詠唱できない、このままだとまずい。
「レナちゃんやめて!」
アイラがレナを押し倒す。
僕の首を絞めていた「何か」が解かれた。
「ありがとう、アイラ!助かった」
「アイラお姉ちゃんまでレナを一人にするの……?」
場の空気が変わる。
この部屋を霊気が蠢き、渦巻くのを感じる。
「アイラ、何かまずい!逃げろ!」
「レナを……レナを一人にしないで!!!!!」
レナを中心に霊気の嵐が起き、食器は割れ、家具が倒れる。
アイラは何とか霊気の嵐を潜り抜け、こちらに逃げる。
レナは頭を抱え苦しみ悶えている。
どうやら自分の力を制御できず暴走しているようだ。
「レナちゃん、苦しんでる……」
「ああ…」
苦しんでいる幼女を放っておくなんてできない、むしろそんなことが出来る奴は人間じゃあない。
それに、今の僕には彼女を救える力がある。
何もできなかった元世界の僕とは違う。
「ちょっとレナちゃん助けてくる」




