異世界だと妹と一緒にお風呂入るのは普通のことなのか!?
「ここは……?」
目を覚ますと、そこは知らない部屋だった。
ホテルのような部屋で、心地の良いベッドに僕は横たわっていた。
起き上がり、部屋を見ようと試みると違和感を感じる。
体が軽い。頭も今までが異常だったかのように感じるほどクリアだ。
何か記憶ごとごっそり頭の中の倦怠感を削ぎ落としたかのように。
立ち上がって、立派で西洋風な部屋を調べているとドアをノックする音が聞こえた。
「クリス様、食事の用意ができました」
クリス様?
僕は日本人だし、様なんて呼ばれる身分でもない。別人と勘違いされているのか。あるいは僕だけでなくこの部屋に「クリス様」がいるのか。
「い、今行きます!」
思考を巡らせていたため反射的かつ適当に「今行きます」と返答してしまう。
その後部屋を探したが人は見当たらなかった。
どうやら僕がクリスと勘違いされているらしい。
留まっていても仕様がないため僕は部屋を出て食事場に向かおうとする。
すると部屋を出てすぐの通路で声がかかった。
「おはようございます。お兄様」
明らかに僕に向けた一声。
そこには超絶美少女が立っていた。先端がパーマ掛かった白髪ロング。大きな赤い瞳。あと、胸が大きい。気品とあどけなさを両立した顔立ちで年齢は13〜15くらいだろうか。
そしてこの一声で僕は悟る。自分の体の違和感、声の違和感から薄々考えてはいたが僕はどうやら別人になってしまったらしい。クリスという男の妹であろうこの少女が僕に向かってお兄様と言っていることからそれが確証に変わった。
「お、おはよう」
その少女に付いて行きながら僕は考える。僕がこの屋敷の人間に自分がクリスではないと言ったところで、まず信じてくれるとは考えにくいし、仮に信じてくれたとして、僕の立場が悪くなるだけだ。行動を起こすにしても状況を確認してからで遅く無い。
だから僕はクリスに成り切ることにした。
食卓に朝飯としては豪勢な食事が並んでいた。
少女に倣い席に着き、周囲を見渡す。
食事場にはメイドさんが一人、妹、僕 と広さに対し寂しい印象を持った。
「いただきます、ミツェルさん」
「い、いただきます」
メイドの名はミツェルと言うらしい。
妹と同様超絶美少女で茶色がかった黒髪、翠色の瞳、妹と比べ少し大人びた顔付きをしている。あと、妹同様胸が大きい。
超絶美少女メイドが作ったであろう朝食は美味しく、いい感じに腹の空いたこの健康体に溶け込んでいった。どうやらこのクリスとか言う男は可愛い妹と可愛いメイドさんに囲まれ、優雅な暮らしをしている勝ち組の中の勝ち組らしい。
「そういえばお兄様、寝間着のままで食事なんて珍しいですね」
「あ、あれ本当だ。寝ぼけてるのかな」
「早く支度をしないと、学校置いて行っちゃいますよ?」
学校?
言われてみると妹は制服っぽい格好だ。クリスの部屋にもそれらしい服があったような。
どうやらクリスは学生らしい。しかもいつも妹と一緒に登校しているらしい。
「お嬢様、それはあまりにも非道いです。クリス様は毎朝お嬢様と登校する事を何よりも楽しみしていらっしゃるのに」
ミツェルさんがいたずらっぽい笑みで僕をからかう(?)。
「あはは。そうだね。置いてかれるのは悲しいなぁ」
クリスという人物がつかめてきた。妹、メイドとの距離感は近く、それなりに隙があり親しみやすい性格らしい。クールだったり隙が無かったりする人間だったら僕は演じきれないので一つ安心した。
「そうですか? それなら待っててあげます♪」
妹は僕に微笑む。
やばい。こんな可愛い子が僕の妹なのか……。いや、厳密にはクリスの妹だけど。仲は良好な様だし、僕はこれから彼女とイチャイチャしたりして、いい思いができそうだ。
「失礼ですがクリス様、お顔が大変気持ち悪くなっておられます。 シスコンも程々にした方が宜しいかと」
このメイドさん毒舌系か?
お約束通りなら、僕が妹にデレデレしてるのに嫉妬してイラついてるって所かな。
「そんなに怒らないでよミツェルさん。 大丈夫、僕はミツェルさんの事も大好きだから安心してよ」
「……はい???」
場の空気が固まる。
どうやら僕はクリス君が吐かないだろう台詞を言ってしまったらしい。
「じょ、冗談だよ。ご馳走さま。美味しかったよミツェルさん」
僕は逃げる様にして食事を終え自室(仮)に戻った。言動の反省は程々に、身支度と状況確認をしなければならない。
妹の制服と似た柄の制服らしき服を身につけ、スクールバッグらしきものの中を物色する。学生であるなら身元を表す学生証があると踏み、それによってクリスという人物を特定しようと考えた。
しばらくして、手帳のようなものの中からそれらしき紙を発見する。紙には見たことのない文字が記されてあったが何故か読むことができた。
名前クリストファー・グランデ
歴331年5月25日生
キリシア国立学校高等部
先進魔術学科
346年入学
と書かれている。
「魔術」というワード、なぜか読める見知らぬ文字、西洋風で典型的な世界観。僕はここが異世界だと気づいた。
バッグの中には筆記用具と魔法書らしき本が詰まっている。僕は魔法使いになったのだろうか。魔法を使えるのだろうか。もっと本や部屋の中を調べたかったが身支度をしなければならない。
バッグを持ち、先程食事場に行く途中発見した洗面所らしき所に急いで向かう。
そしてついに、鏡でこの男の姿を見た。
高身長痩せ型で筋肉質の超絶イケメンがそこには立っていた。この人間、あまりにも恵まれすぎている。「僕」とはあまりにかけ離れている人種だ。
支度を済ませ1階の玄関に向かうと妹が待っていた。
「行きましょうお兄様」
笑顔で妹が僕を呼びかけ、扉を開く。
外は西洋風の世界観だった。
文明は発達しているのだろうか、建物が多く道は舗装されている。
異世界感が薄い。ここが「異世界」でなく、現実の「外国」と言われれば信じてしまうくらいに。
学校までの道順が分からないため僕は妹について行く。
「お兄様、今朝はダイタンでしたね。 ミツェルさんがあんな顔しているの私初めて見ました」
「あ、あははは。いつもミツェルさんにはやられっぱなしだからね。 ちょっとした仕返しだよ」
妹にコミュニケーションジャブを食らう。
そう、登校中もボロを出さない様にしなければならない。
しかし、今の僕は現実世界の頃の僕とは違う。
この体の頭の回転が尋常じゃないため、さっきの様に調子に乗らなければコミュニケーションは問題ない。
僕は黙ってて怪しまれない様、またこの異世界の情報を得るため妹に適当な質問をする事にした。
先程、生徒手帳に記されていた「魔術」についてとっかかりを掴むため質問を投げかける。
「そういえばさ、今授業では何の魔術を習ってるんだい?」
妹はそれを聞き、怪しむ様子も無く答える。
「今は「土」属性魔術を習っています。お兄様に比べれば拙いかもしれませんが、習ったものは一通り使えるようになりましたよ」
そう言うと妹はバッグから棒のようなもの(杖?)を取り出し、詠唱する。
すると道端で萎れていた花がみるみるうちに生気を取り戻していった。
「お花さん元気になりましたね♪」
そう言って妹は微笑んだ。
この娘は見た目だけでなく性格も天使らしい。
効果自体は可愛らしいものだったが、魔術は実在した。杖と詠唱がトリガーになるらしい。「土」属性ということは四(五)大属性それぞれの属性の魔術があるのだろうか。また、妹の行動から魔術は生活の身近で使われることがわかった。
「すごいじゃないか」
僕は妹の頭を撫でた。髪はサラサラでよい触り心地だ。
「も……もう!恥ずかしいです。お兄様」
妹ははにかんだ様子で答える。
「お兄様、今日ちょっと様子がおかしくありませんか?」
また調子に乗ってしまった。この行動はクリス君的にはNGらしい。
「そ、そんなことないよ」
そうこうしている内に学校に到着する。徒歩10分くらいの距離だった。
学校はやはり西洋風で、イギリスとかにありそうな格式高い大学の建物っぽい外観だ。
高等部中等部と言っていたので中学高校のイメージをしていたがそれにしては広くむしろ大学に近い。
「それではお兄様、また後で」
妹はそう言い、門を入って右側の校舎に向かった。
困った。別れを告げたと言うことは高等部は別の校舎なのだろう。校内は広く校舎が複数棟建っている。先進魔術学科はどの校舎なのだろうか。
「そういえば手帳に地図があったような」
生徒手帳を取り出し、地図を見た。妹が門に向かってすぐ右側の校舎に向かっていったので僕の入った門は中等棟近くの東門。とすると魔術棟は……
異世界でも見知らぬ学校でも文字さえ読めればなんとかなるもんだ。なんとか、先進魔術学科の教室にたどり着くことが出来た。
教室に入ろうとすると後ろから声をかけられる。
「おはようクリス君。今日はギリギリだね」
またもや超絶美少女に話しかけられた。髪色は淡く赤みがかっていて、ツインテール。透き通った水色の瞳。また、胸がでかい。妹ほど幼くはないが可愛らしい顔つきをしている。
この世界には美男美女しかいないのだろうか?
「あっ、おはようございます」
陰キャラ特有の返答をしつつ、教室を見渡す。席は20席くらいで8割方席が埋まっている。空いている席は窓際最後尾、その隣、黒板最前列中央、廊下側2列目の4択。
戸惑っていると話しかけてきた少女は窓際最後尾の隣の席に座る。となると、僕の席は……
窓際最後尾に座った。主人公席かつ、ある程度親しい(話しかけてきた)人が隣である席。恐る恐る座ったが特に誰も気にしない、正解だった。思えば、ここまで他人のふりをし、その人間の居場所を辿るというのは結構な運が必要なはずだ。このクリスという男は紛れもなく「持っている」人間だろう。
「じゃあ授業を始めるぞ」
出席をとる間も無く、先生が壇上で授業を開始する。
……
その後授業が3時間程度行われた。最初こそ内容についていけなかったが、この体の脳の記憶力、集中力、理解力が優れているからなのか1時間も経つ頃には授業内容を理解することが出来た。
魔法書(教科書)によると魔術の基本ルールは
・魔術は魔道具(杖など)と詠唱によって発動する
・魔道具は魔術式が組み込まれたもの
・魔道具に詠唱式を唱えることで使用者の魔力を消耗しその詠唱式に対応する魔術が発動する
・詠唱式を変えることで魔術の強弱や軌道を変えられる
また魔術を極めるには魔力的素質、術式を理解するだけの頭脳両方必要らしい。
「先進」魔術学科に通っているということは、クリス君はもちろん、少なからずここの生徒には魔術の素質があるということだろう。
異世界も現実世界と変わらない。能力の高い「持ってる」人間は要領よく凡人が苦労してなすことを容易くこなす。そしてそれに伴った環境が用意されて、できる奴は更にできるようになる。人としての差が開いていく。
ある程度魔術について掴めると、目新しさ、ロマンもあって授業を楽しく聞けた。能力の高い人間になるとモチベーションも高くなっていく。
授業3限が終わると生徒が荷物を持って退出していった。時計は13:00頃を指していて高校の下校時間としては早い。
「ねえ、ご飯食べに行こ!」
例の隣の女子に話しかけられた。
相当仲がいいらしい。
「あっ、はい!」
「どうしたの?今日ちょっとおかしくない?」
怪しまれた。体が陽キャでも中身が陰キャなので挙動が変わってるんだろうなぁ。
「そ、そんなことないっしょ!早く行こうぜ」
「‥‥うん」
カバンを持って教室の外に出る。
どうやら学内食堂があるらしいので二人で向かった。
「オムライスください」
「あっ、僕もオムライスお願いします」
驚くべきことに代金は掛からなかった。
学費に含まれているのだろうか。
学内食堂は西洋風っぽくはあるが基本的に元の世界の学食と変わらなかった。
「今日、相槌多くない?名前も呼んでくれないし」
「そ、そんなことないでしょ。えーっと、」
この娘なんて名前なんだ‥‥。
「もしかして私の名前忘れちゃったの?」
「いやいや、有り得ないって。僕はあらゆる難解な魔術式を記憶している大魔術師様だぜ。忘れるわけないだろ」
ここで一瞬間が空いた。
「まぁ、いいや。いただきます」
そう言うと彼女は食べ始める。
「いただきます」
どうにか誤魔化せた(?)。物を食べてる間は自分から話を振らずともいいので、ひとまず安心だ。
(後日確認したところ、この娘の名前は「セレナ」ということが判明した)
「私今日暇なんだ。どこか遊び行かない?」
この娘は僕の彼女なのだろうか。
クリス君は可愛い妹とメイドさんに加え、彼女持ちでもあるのか。この男すべてを持ち合わせている。
「あっ、今日用事あって」
「用事?」
「妹とデートするから」
「‥‥‥そう」
彼女の顔が悲しげになった。ちょっとふくれっ面になりつつ。とても可愛い。
「あっ、いやっ、じゃあ代わりに今度の放課後2人で遊びに行こうよ!」
「‥‥分かった、約束だよ?」
彼女の顔が晴れやかになる。
機嫌を取り戻したみたいだ。
「じゃ……じゃあまた」
「うん、また明日!」
食事を終え、彼女と別れると僕は真っ先に妹とデートへ、ではなく図書室に向かった。
明日以降ボロを出さないためこの世界について知っておく必要がある。
図書室では国や歴史、生物、もの、学校についてざっくり調べた。
頭の回転と集中力が尋常じゃ無くこの異世界の事をかなり把握することができ、この世界の大まかな概要を掴んだ。これで明日からあまりボロを出さずに済みそうだ。
「うお、もうこんな時間か。そろそろ帰るか」
日も暮れてきたので家に帰ることにした。
「お兄様、どうしてデートに来てくれなかったんですか!?」
家に帰ると妹に迫られた。どうやら本当にデートの約束をしていたらしい。
「ご、ごめん!魔術修行に興が乗っちゃって」
「お兄様は今まで約束を破ったことなんて無かったのに。今日のお兄様はおかしいです」
しまったなぁ。どうにかして機嫌と信用を取り戻さねば。
「じゃ、じゃあ……明日!明日デートしよう!」
「……?」
僕の言葉を聞き妹は不思議そうな顔をする。
「お兄様は明日林間合宿ですよね……? 一日離れてしまうので今日、一緒にデートしたかったのですが……」
妹は膨れっ面でいう。
林間合宿……?
あの学校そんな典型的高校みたいなイベントがあるのか……?
「ご……ごめん……」
「まぁ、いいですよ! でも合宿が終わったら、私とデートして下さいね? 約束ですよ?」
妹は怒った様な顔から悪戯っぽい笑みを見せる。
なんて健気で可愛い妹なんだろう。
「もうご飯が出来てるので食事にしましょう! 今日は私も料理を手伝ったんです!」
……
メイドのミツェルさん、妹と歓談しながら食事をした後、僕は風呂に入った。ここのお風呂は魔道具で構成されていて、現実世界のそれと遜色ない。
「この屋敷は風呂もすごいな。銭湯みたいな広さだ」
体を洗った後湯船に入り、今日一日の疲れを癒していると更衣場の方から、妹とミツェルさんが入ってくる。
「お…お兄様!?」
妹は慌てて体を隠した。
「クリス様、入浴の時間は私たちが20:00から、クリス様は21:00からと決められていましたよね?」
やばい…。完全にやらかした。僕の異世界生活はここで終わってしまうのか?
「あ…、あまりこちらを見ないでくださいね! 」
そう言って妹は体を洗い出す。ミツェルさんもそれに続く。
「き、気にしないのか……? 」
「まあ家族ですし! 少し恥ずかしいですけど、これくらい気にしません 」
「私もクリス様のことはあまり男として認識していないので 」
まじかよ……。陽キャラは何やっても許されるんだな…。僕の選択肢は2つだ。この場をすぐさま離れるか、ギリギリまで居座りこの景色を楽しむか。
僕は後者を選択した。
僕は湯船につかり、かなり、ものすごく慎重に体を洗う2人をチラ見する。
水とソープによりテカった2人の超絶美少女のエロい体はとてもいい景色だった。
景色を楽しんでいると、2人は体を洗い終え僕から少し離れた所に浸かる。
「お兄様、まだお風呂上がらないんですね」
妹がジト目でこちらを見る。ミツェルさんの視線も痛い。
「そ、そろそろ上がろうかなぁ 」
僕はそう言って更衣場に逃げた。
寝巻きに着替えた後、キッチンで飲み物を飲みつつ椅子に座る。
不自由のない暮らしと恵まれた人間関係、そして高い能力。勝ち組の世界ってこんなに素晴らしい物なのか。たぶん、死にたいとか思ったことないんだろうなぁ。そういえばこの屋敷には他の家族は居ないのだろうか。母親、父親らしき人間に会わなかった。住んでいるのはメイドさん、妹、クリスだけなのか。それにしては広すぎる屋敷だ。掃除とか大変なんだろうなぁ。ていうか明日林間合宿なんだよな。異世界二日目で林間合宿ってきつすぎないか……? 急いで魔法とか覚えないと……。
一通り物思いに耽った後、自室に戻る。
その途中おそらく妹の部屋であろうドアに
「アイラ」
と書かれているのが目に入った。妹はアイラという名前なのか。
自室のドアに手をかけた瞬間後ろから声が掛かった。
「お兄様、もうお休みになられるのですか」
「明日は林間合宿だからね。早めに寝ないと」
「ふふ、そうでしたね。お休みなさいお兄様」
「お休み、アイラ」
僕は自室に戻り扉を閉める。