転生前〜陰キャラ哲学〜
みんなは自分自身のことを「敗者」「勝者」のどちらだと思う?
僕の薄っぺらい価値観だと、基本的に学生だったら勉強スポーツ恋愛、社会人だったらお金出世結婚で人としての勝敗を決めてると思うんだ。
つまりどれだけ社会に貢献できそう(できてる)かっていうのを指標に人としての優劣がつけられる。
1.スポーツ
スポーツ、つまり部活とかで身につけられる能力は社会貢献度の大きな指標になるらしいよ。
体力とか要領の良さとかチームワークとかね。
まあ僕は帰宅部の陰キャラだったからよく分からないけど。
2.恋愛
恋愛、は分かりやすいよね。
子供が作れそうに無い陰キャラはそれだけで人として劣ってる扱いを受けるんだ。
奴らは愛だのセックスだの意味のわからないことを言って人としての優劣をつけて来る。
陰キャラに生きている価値は無いとでも言いたげにね。
ひどいよね。
3.勉強
勉強は陰キャラでも唯一勝てるかもしれないフィールドだね。
頭が良ければ社会でも活躍できる、当たり前だ。
現に受験戦争に勝って良い高校良い大学と行けば、良い企業に就職して社会人として勝利できる確率が高まるよね。
まあ、勝率が高くなるだけで確実では無いんだけどね。
色々言ったけどこの中で、あるいは他の分野でも何か一つ自信を持てるものがあれば、それは「勝っている」と言って良いと思うんだ。
例えば結婚は出来ないけどお金を持っている陰キャラ独身貴族なら、貧乏な子沢山夫婦を見て「あいつらは人の形をした猿だ。結婚してようが、あんな馬鹿どもより良い暮らしをしている俺の方が「勝ってる」」って思い込むことができるよね。
貧乏な夫婦側も陰キャラ独身貴族を見ようもんなら「あの人はお金を沢山持っているけど愛を知らない可哀想な人」と見下すことができるよね。
まあ、何か自信を持てるものがあれば、それだけで自分のプライドを保つことが出来るって事。
でも僕個人的な見解としては、陰キャラは陽キャラに劣勢だと思うんだ。
なぜなら、人間のステータスの振り分けは平等じゃ無いから。
今まで陰キャラは勉強が得意で陽キャラは勉強が苦手な傾向という風に書いていたけど実際はスポーツも出来て恋愛もできる陽キャラは大抵勉強も出来るよね。
だってその3つは完全に別物じゃ無いだろう?
スポーツでも恋愛でも頭を使うじゃ無いか。
勉強で努力できる奴はスポーツでも恋愛でも努力して成果を出すよね。
何が言いたいかっていうと「できる奴は何でもできる」し、「できない奴は何もできない」。
だから陰キャラは基本的に何も出来ない奴が多くて陽キャラは何でもできる奴が多いと思うんだ。
そして「僕」は前者の何も出来ないスタンダード陰キャラに当てはまっている。
学校ではいじめられっ子で帰宅部で彼女は出来ず受験戦争で負け、就活では陽キャラに駆逐され、社会人として辿り着いた先は客先常駐派遣。
自他共に認める「敗者」だ。
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「おい! 何回同じミスをすれば気がすむんだ!」
「す……すいません……」
ある大企業のオフィス内。
そこで男は上司に怒られている。
15分ほど説教を食らった後、男は下を向き、青ざめながら自身の席に着く。
「はぁ……」
男が大きくため息をつくと、隣席に座る先輩社員が彼を慰める。
「あんまり気にすんなって。俺も昔はそんなもんだったさ」
「は、はい……」
「上司は期待しているからお前に時間を割いて説教してるんだ。自信無くすなよ」
「それにあいつらよりは確実にお前は優秀だよ」
そいつは僕たちの方向に向かって指を指す。
客先常駐。
つまりこの大企業の社員でない、人材派遣会社の社員である僕たちに。
僕たちはこの「大企業」で「誰にでもできる仕事」をやっている。
だから当然ここの社員達には大きく待遇が劣っているし、見下されている。
「そ……そうですね……! 俺、頑張ります! 」
男の目に生気が戻る。
僕たちは死んだ魚の目をしながら単純作業を淡々とこなす。
……
「ンガァッ……ッペッッ!!! 」
仕事終り、オフィスに向かって痰を吐く。
監視カメラも人の目もない絶好の位置で痰を吐くのが僕のルーチンワークだ。
「あぁすかっとした」
能力で勝てない僕に唯一出来る対抗手段。
「そもそも、どれだけ会社に貢献できるかってのでマウントを取ってるのは滑稽だね。 まあ、あいつらに「搾取」されてる自覚はないんだろうな。結局楽な仕事を適当にやって食っていければ一番良いってことに気づいてないんだ」
ルーチンワークを終え、負け惜しみを言いながら東京都市部の無駄に人が多い中を歩き、駅に向かう。
帰宅中のサラリーマンやら何やらが蠢いていて蒸し暑く空気が悪い。
外でさえ、こんな有様だ。
電車の中は地獄だろう。
憂鬱な気持ちになりながら、ホームへの階段を登る。
「うげぇ」
ホームは人だらけ。電車も次の電車に乗るしかないだろう。ぎゅうぎゅう詰めで。
しばらくして電車が来ると案の定だった。
僕は覚悟を決めて、人の流れに乗り、乗車する。
ところでみんなは満員電車の立ち位置の序列を知っているだろうか?
序列1位は言うまでもなく席に座っていること。
そして最下位は乗車入り口付近だ。一番人口密度が高く、安定しない。
では僕はどこを狙うべきなのか。
答えは序列2位の優先席座席前の空間である。
車両端に位置していて、立ち位置の中で最も人の流動が少ない。
満員電車であったとしても、その空間を確保すれば幾分かマシである。
もっとも、1位との快適度の差は2位3位のそれと比べ物にならないくらい大きいけど。
そして今日は運がいいことに2個ほど駅を進んだ所で車両端の壁隣を確保することができた。
僕はポケットからスマホを取り出す。
無意味で無価値なネットサーフィンとソシャゲで脳を溶かしながら持ち手を掴み、車両の壁に寄りかかる。
ああ、この脳を溶かす瞬間が最高に気持ちいい。
不幸で何の楽しみもない僕の唯一の微かな幸せ。
結局、幸せなんて人それぞれだ。
人には程度の差はあれど誰もが不平等で、一食1万円のステーキを何の感情もなく食べる金持ちもいれば、一食四百円の牛丼を週一のご馳走として食べる事を幸せに感じる貧乏人もいる。
それこそ僕だって、健康に毎日働ける体を持ってる時点で体が不自由で不健康な人からすれば羨ましいものなのかもしれない。
アフリカでは子供が死んでるらしいし、この日本でぬるく生きていける僕はそれだけで十分幸せだ。
「って思えたらどんなに幸せなんだろう」
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スマホに夢中になっていたら、気づけば布団の上にいた。
歩きスマホ、ながらスマホでここまでの動作1つ1つが無意識に行われていた。
みんなも、スマホを見ながら歩いていたら気づけば目的地に着いていることあるだろう?
僕はその所作をマスターしているため大規模な場面転換が起こる。スマホを弄っていたら異世界に辿り着いていたなんて事も僕なら起こり得るかもしれない。
「ああああああ、寝たくね〜〜〜〜」
寝たら「彼処」に場面が転換する。
今までと、これからの自分の人生を否定する「彼処」に。
「彼処」は僕のすべてを否定する。
そして突きつける。
お前は勝ち組にいいように使われて終わりだと。
お前は一生見下され続ける負け組だと。
いっそ「それ」を受け入れることが出来たらいいのに。
大抵の人間は受け入れてるのに。
しかし僕はそれが嫌で嫌でしょうがないほど負けず嫌いな負け犬だった。
僕は心の何処かで、「いつか」覆してやると、復讐してやると、勝利してやると信じていた。
今まで、いじめられようが受験に落ちようが女子にキモがられようが就活に失敗しようが、「まだだ、まだ巻き返せる。何処かで成功すれば、まだ人生に勝利することができる」 と信じていた。
それが「彼処」にいると霞んでいく。
「彼処」にいると何も見えなくなる。
いやむしろ、一生「このままの自分」で生きていくビジョンが鮮明になっていく。
だから僕は目を瞑り願うしかない。
目を覚ましても「彼処」に場面が転換しない事を
ここじゃないどこか、いっそ虚無にでも自分がいる事を
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ん……?
此処は何処だ……?
僕は何もない真っ白な空間に身を置いていた。
夢……?
「良かった……! 成功した……!」
背後から声が聞こえ、反射的に僕は振り向く。
そこには一人の男、それも僕がこの世で一番忌み嫌う人種である高身長イケメンの若い男が立っていた。
男は両腕で僕の肩を掴み、懇願する。
「お願いだ……! 僕の代わりに僕をやってくれ……!」
「は?」
何を言ってるのか分からない。
「もう限界なんだ……。嫌なんだ……。これ以上人を殺すのは……」
殺す?
いきなり物騒なワードが出てきたな。
こいつ人を殺しているのか?
そんな風には見えないが。
「よく分からないけど、僕は君みたいな恵まれた人間の頼みなんて聞きたくないよ」
「勝手なことを言ってるのは分かってる……。でも、君は自分の人生が嫌だったんだろ? それなら僕の代わりに僕をやってくれないか?」
さっきから何を言ってるんだこいつは。
「僕の代わりに僕をやる」???
うん、まあどうせよく分からない夢なんだろう。
けどこれが夢なら僕はとうとう潜在意識で別人に成る事を望むところまで落ちぶれたのか。
「だから嫌だって。 僕は君みたいな奴は嫌いなんだ。君になんて成りたくないよ」
「この手は使いたくなかったが……」
「っ!?」
男は僕の頭を両手で鷲掴む。
脳が焼けるように熱くなり、頭の中に何かが流れ込んでくる。
「ッガァ!? あああ熱いっ!! やめてくれぇっ!!!」
男は頭を離さず、掴みながら何かをつぶやいている。
しばらくして、解放される。
「はぁ……はぁ……」
「今、君に「呪い」をかけた」
男は今まで逸らしていた目を初めて僕に向ける。
「君が僕の代わりにアイラを愛してくれ」
「お前……何意味の分からないこと言ってるんだよ! 僕に何をしたんだよ!!」
「僕はもう消える。そして此処での出来事も君は起きたら忘れているだろう」
男は涙を流しながら言う。
「僕の代わりにアイラと幸せになってくれ」