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雅緋が様子をうかがうようにして近づいてくる。
「楽しそうね」
「雅緋さんじゃありませんか。どうかされましたか?」
怜羅が声をかける。
「詩季の一族がこんなところで何をしているのかしら?」
「私は一条様のお仕事をお手伝いしているだけですわ」
「あなたが一条の手伝い? そんな義理堅い人だっけ? ただ、戦いたいと思っただけでしょ」
「あら、厳しいこと。あなたこそ何をしに来られたんです?」
「ただの散歩よ」
「では、お帰りください。ここはのんびり散歩出来る場ではありませんから」
「そんなこと私の自由でしょ」
そう言いながら、そっと髪をかきあげる。それは優雅というよりも、今から戦うための準備をしているかのように見えた。
「それなら少なくても手を出さないでいてくれる?」
綾女が雅緋に向かって近づいていく。
「あなたが私を止めるの? あなたじゃ役不足でしょ、陰陽師」
綾女の表情が固くなる。
「ナメないでくれる?」
それを無視するように、雅緋は伽音へと視線を向けた。
「ピンチなのかしら?」
「そう見えますか? まさか、私を助けてくれるおつもりですか?」
「あなたを助ける気なんてないわよ。ただ、沙羅がね、ここに来るように言ったのよ。どうやら沙羅はあなたを助けたいみたいよ」
「沙羅ちゃんは?」
「私の中よ。すでに戦う準備は出来てるわ」
「それで? あなたはどうするんです?」
「助けてあげてもいいわよ」
「ずいぶん上から目線ですねぇ」
「あなたのように下から見下ろすような人よりマシでしょ」
そう言いながら伽音の前に立ち、怜羅のほうへ向きを変える。それを見て怜羅が雅緋に声をかける。
「話はつきましたか?」
「ええ、とりあえず私はあなたたちと戦うことになったみたいよ」
「嬉しいですわ。そのほうがずっと楽しくなりそう」
怜羅がフフフと微笑む。心から嬉しそうに見える。
「行きなさい」
雅緋が響に向かって声をかける。
迷っている余裕はなかった。
* * *
志乃の身体を抱きながら夜の街を走り抜ける。
どこへ行けば良いのかなどわからない。それでも今は彼女たちから少しでも遠くへ逃げる必要があった。
やがて、誰もいない神社の境内で、響は足を止めた。
追手の存在が無いことを確認してから、志乃の身体を下に下ろす。
だが、奇妙な感覚を覚えて周囲を見回す。
こんな神社、あっただろうか。
いや、ここは現実の世界とは少し違っている。
まるでこの空間だけが別の次元のなかにあるかのような感じがする。
「お兄……ちゃん」
志乃の声に、響は志乃のほうへ顔を向けた。
それはどこか無意識のなかから出てきた声に聞こえた。
志乃の手が響の頬に触れる。
響は異変に気づいていた。身体の自由が効かない。
(動けない)
そして、そっと志乃の唇が響の喉元に近づいてくる。
その時――
飛んできた一枚の羽が志乃の胸を貫いた。