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志乃と手をつないだまま夜道を歩く。
その響たちの周りを、まるで踊るかのようなステップで伽音がピョンピョン跳ねる。
「一条家の皆さんにはどう説明するのですか?」
「ありのまま話すよ」
「彼らはこの子をどうするでしょうね?」
「助けてもらえないかな?」
「どうでしょうね。『魂を喰う者』となってしまったからは、そう簡単な話ではないかもしれませんよ」
その言葉を耳にしたせいか、志乃は響とつないだ手をギュッといくぶん強く握りしめた。
「大丈夫。きっとなんとかしてくれる」
不安がないわけではなかった。
一条家のあの騒ぎは尋常ではなかった。その原因がこの子だとすれば、一条家にとってみてもただごとでは済まないかもしれない。
それでも、なんとかしなければいけない。
その響たちの前を、2つの人影が立ちふさがった。
一人は黒いミリタリー服、そして、もう一人の長い髪の女性は淡い和服を着ている。ミリタリー服の女性の顔には見覚えがあった。一条家で仕事をしている女性で、紹介されたことはなかったが、これまで何度か顔を合わせたこともあった。
まるで対象的な二人だが、二人ともに戦意が感じられる。
「草薙さん。その子をこちらに渡してもらえますか?」
ミリタリー服の女性のほうが響に声をかける。
「あなたは?」
「栢野綾女です。これまでご挨拶もせず、申し訳ありませんでした。私は一条家の裏の世界で生きるもの。あなたとは出来る限り関わらないほうがいいと思ってきましたが、こうなってしまってはそうもいかなくなりました」
険しい表情をした綾女が言う。それを横目で見ながら和服の女性が口を開く。
「綾女さんは固いですねぇ。私は隼音怜羅と申します。訳あって、今回、一条様のお手伝いをさせていただくことになりました。そこにいるのは『魂を喰う者』ですわね?」
「どうするつもりですか?」
「決まっています。『魂を喰う者』になったら浄化しなければなりません」
ぶっきらぼうに綾女が答える。
「浄化って、この子を消し去るつもりですか?」
「そういうことですわね。心配いりませんわ。我々の手にかかればそれは一瞬で終わりますから」
と柔らかい口調で怜羅が言う。
「待ってもらえませんか」
「何を待てと仰せですか? 待ってどうされるんです? 『魂を喰う者』はグールを作り出すのですよ。放っておけば、そのうち生きた人の魂をも食することになるでしょう。そうなったらどうされるつもりですか?」
「そうならないための方法を考えたいんです。皆さんにもその手助けをお願いするつもりでいました」
「考える? これから? そんな不確かな言葉で私を説得するおつもりですか?」
「何か方法があるはずです。志乃ちゃんだって、好きで『魂を喰う者』となったわけじゃない」
「もう結構です」
ゆらりと怜羅が動いた。
次の瞬間、怜羅の姿は響の目の前にあった。そして、その手に持った赤い和傘が振り下ろされる。
響には瞬き一つ出来ないほどの素早さだった。
だがーー
その傘を響の前に飛び出した伽音が素手で受け止める。妖力がぶつかり合い、ビリビリと衝撃の波が伝わってくる。
「何のおつもりですか? 今のあなたが私に勝てるとでも?」
笑みを浮かべながら怜羅が言う。
「いやいや、戦神相手にさすがにそれは難しいでしょうね。だからといって、このまま草薙さんをヤラせるわけにはいきませんよ」
「私の相手は草薙さんではありませんよ。その子を大人しく渡してくれればいいのです」
「知っていますよ。でも、草薙さんが素直にそれに応じると思いますか?」
「ですわね。じゃあ、皆さんをぶっ飛ばすしかないですわね」
怜羅がその腕に力をこめる。それを見て、響は志乃を抱いたままで飛び退いた。怜羅の傘によって伽音の身体が弾き飛ばされる。
伽音はクルリと宙で体勢をたてなおして、フワリと降りる。彼女もまた常人を遥かに超えた力を持っている。
だが、その伽音でさえ、その怜羅に勝つことは難しいと思われた。
それほどまでに怜羅の戦闘能力は高いことが実感できる。おそらくまだ彼女は本気になっていないだろう。しかも、もう一人、栢野綾女がその背後にいる。
もちろん伽音一人に戦わせるわけにはいかない。だが、この顔ぶれのなかでは、自分の力などほとんど意味がないだろう。
どう考えても分が悪い。
それでもここを切り抜けることを諦めるわけにはいかない。
怜羅が再びゆっくりと動く。
その怜羅の持つ傘がピタリと動きを止めた。そして、ゆっくりと視線を横へと動かしていく。
響にもその理由がすぐにわかった。
そこに立っていたのは音無雅緋だった。