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不死者にそれほど強い興味があったわけではない。
それでもミラノの話には少しだけ気になるところがあった。
放課後、ミラノは響を連れ、隣のクラスへと強引に引っ張って行った。教室に入るとすぐにある視線に気づく。それは一条家に関わりがある蓮華千波のものだった。窓際の席に座っていた千波は、ミラノと一緒に教室に入ってきた響を黙ったまま訝しげに視線を向ける。
ミラノはそんなこと気にもせず、中央の席に座る女子高生に近づいていった。
「ねえねえ、小春さん、今朝、話していたこともう一度話してくれる?」
既にミラノは一度、彼女から話を聞いていたようだ。小春と呼ばれた生徒もすぐにミラノの言っていることが理解出来たようで、響に向かって口を開いた。
「ああ、あの女の子のこと? 私の家の近くにずっと前に使われなくなった古い工場があるんだけど、そこに小学生くらいの女の子が一人でいるのを見たのよ。家出してきたんじゃないかって心配してたの。草薙君って言ったわよね? あなた、あの子のこと何か知っているの?」
「いや、そういうわけじゃなくて……それがどうして不死者だと思ったんですか?」
「不死者? 何、それ?」
何を言っているのかわからないという表情で響を見つめた。どうやら彼女は、古い工場に少女が住みついたという話しか知らないようだ。
どう説明すべきか考えているとーー
「ありがとね。さ、次、行こう」
小春の言葉を無視するように、ミラノはそう言って響の腕を掴んで引っ張る。響はミラノに引っ張られるままに教室を後にした。
学校を出た後、響たちが向かったのは、商店街にある八百藤だった。
――忘れるわけがないよ。私があの人に会ったのは十八になる誕生日だったんだよ。あの人にまた会えるなんて思ってもみなかったよ。
八百藤のお婆ちゃんは、わりと機嫌よく懐かしそうにそう話してくれた。
しかし、やはりそう多くの情報が聞けたわけではない。若い頃の思い出を淡々と語ってくれたが、こちらの質問にはほとんどまともに返事はもらえず、不死人らしき人について聞くことが出来たのはその一言だけだった。
それでもミラノは十分に満足したように、ウキウキした表情を浮かべた。
「ねえ、これからその工場に行ってみようよ」
前を行くミラノの足取りは軽かった。
ミラノには猫の妖かしが取り憑いている。
猫は確かに好奇心あふれる動物だと思う。だが、ミラノがこれほどまでに不死者に対して興味を持つとは思っていなかった。
突然、そのミラノの足がピタリと止まる。
その目が一点を凝視している。響にもそのミラノの行動の意味がすぐにわかった。
斜向いに見える空き地の一画に、一人の若者、一人の女子高生、そして、異形な姿をした者の姿が見えた。
あれはーー
(屍食鬼?)
一般的に『グール』と呼ばれるその存在は、耳にしたことはあるが目にしたことはない。だが、今、目の前にいるのは紛れもないそのものだ。
すぐにミラノが響に視線を向ける。
それが何を意味しているのか、それは響にもすぐに感じ取れた。一瞬の間にいろんな考えが頭を巡る。だが、そのどれもがそこにいる二人を助けることが出来るものではなかった。
(間に合わない)
それでも響たちはそれに向かって進み出す。
その時、その若者が動いた。それは響たちにとって驚きの行動だった。一歩、グールから見て左側に踏み出したのだ。そして、左手に持っていた木刀を、右手に持ち替えてまるで刀を抜き払うようにグールに向けて薙ぎ払った。
それはバカな行為だった。普通の人間がソレに勝てるわけがない。それでも、その木刀はグールの首に向かっていった。だが、そんなものでグールの首を落とせるはずもない。木刀が折れた次の瞬間、彼の生命はごく自然に散っていった。
だが、その一瞬は決して無駄なものではなかった。それこそがもう一人の生命を救うことになった。
若者を一瞬で殺害したグールは、すぐにもう一人の女子高生へ向かって突進した。
それは素早かった。
しかし、それ以上に響とミラノの動きは早かった。
さっきの若者の行動がその女子高生を助ける時間を作ったのだ。
ミラノが女子高生の身体を抱きしめ宙を舞う。それに爪を伸ばそうとするグールの身体を響のケリが吹き飛ばす。
間一髪のところで、その女子高生の生命は救われた。
――とはいうものの、目の前のグールをどう倒せばいいのか、響にはわからなかった。
「何ぼーっとしているの?」
少し離れた場所から、ミラノが焦れったそうに声をかける。ミラノの腕のなかでは女子高生がぐったりとしている。おそらく恐怖のために気絶したのだろう。
響は再び、目の前の化物へと視線を向けた。
(どうすればいい?)
以前、亡くなった魂に生命を与えたことがあった。では、逆に生命を奪うことも出来るのかもしれない。しかし、その方法を知らない。
グールの攻撃をかわしながら、スキを見ては攻撃を繰り出す。それは普通の人間相手ならば致命傷ともなるだけの攻撃だ。だが、グール相手ではまるでダメージを与えることが出来ない。
このままではまるで埒が明かない。
そう思った時――
「草薙さんともあろう人が何をやっているのですか」
背後からの声に振り返ると、そこに蓮華千波が駆け寄ってくるのが見えた。
「千波さん、これはどうすれば倒せるんだ?」
「知らないのですか?」
響の背後に立ち、千波が仁王立ちになって言う。
「知らない。さっきから殴ってみたり、蹴ってみたりしてみてるんだけど、とても倒せそうにないんだ」
「何を言っているんですか。草薙さん、もっと本気になってください」
「本気って」
「ただ殴ったり蹴ったりして倒せるはずがないじゃありませんか。ちゃんとあなたの力をそこにのせないと」
「力をのせる?」
その言葉の意味がてんでわからなかった。すると背後にいた千波が響の隣に立つ。それを見てグールが千波のほうへと向きを変え、爪を振り上げた。
「こうするんです」
焦れったそうに千波がその拳をグールに向けて打ち込んだ。
強い衝撃がグールを襲い、そこからグールの身体全身へと広がっていくのがわかる。
そして、グールは灰となっていった。