12
その日、響は放課後になって御厨ミラノを呼び出していた。
「ミラノさんは志乃ちゃんのことを知っていたんじゃないの?」
「何のこと? 知らないわよ。意味不明なこと言わないでよ」
少し眉をひそめ、首をかしげるその表情こそが、ミラノが嘘をついているということを伝えているように感じられた。
「やっぱり知っていたんだね」
「どうしてそうなるの?」
「ミラノさんが本当に知らなかったら、それが誰なのかキミが興味を持たないはずがない」
「え? 私ってそういうイメージなの?」
不満そうにミラノは言った。
「不死人の噂、あれは嘘だったんだろう?」
「急にどうしたの?」
「工場にいた少女の噂と、不死者の噂、あれはもともと違うものだった。それを知ったうえで、君は2つの噂を一つのストーリーのようにしてボクが誤解するようにしたんじゃないの?」
「どうしてそう思うの?」
「キミが最初にボクに聞かせてくれたのは『不死の子供』がいるというものだった。でも、八百藤のお婆ちゃんが言っていたろ。『あの人』って。十八歳のお婆ちゃんがそう呼ぶってことは、それは当時のお婆ちゃんにとってきっと歳上だったはずだ。そう考えれば志乃ちゃんのことじゃない。君は知っていたんだろ? あの閉鎖された工場にあの子がいることを」
一瞬、ミラノは何か言い返すような素振りをした後――
「そっか、バレちゃったか」
意外にもミラノは素直に自分の嘘を認めた。
「どうしてあの子のことを?」
「この前、知り合ったの。私ね、夜に時々、散歩しているの。眠れない時とか、ちょっと一人で誰もいない街を走ってみたりして。その時に彼女を見つけたんだ」
「彼女がどういう子なのかはわかったの?」
「そりゃあ、普通じゃないことくらいはわかったわ」
「彼女が『魂を喰う者』であることは知っていたの?」
「まさか。私と知り合った時、あの子はそんなことをする子じゃなかったよ。あの子は死んで300年が過ぎたって話していた。何か出来ないかって思ったんだ。草薙君なら、あの子を助けてあげられるんじゃないかと思って」
「それで不死人の噂を作ったんだね。わざわざ八百藤のおばあちゃんまで使って」
「噂があったのは本当よ。私はただ、その噂を利用しただけ」
「それならどうして最初からそう言ってくれないんだ?」
「そうだね……草薙君なら助けようとしてくれたんだと思う」
ミラノは申し訳なさそうにうつむいた。
「だったら――」
「でも、だからこそ私は草薙君を騙すべきだと思った」
「どうして?」
「君は一条家の人だから。一条家を敵に回しちゃいけない人だから。彼女の存在を一条家がどう思うかわからなかったから。だから、たまたま出会ってしまって、彼女の手助けをするぶんには問題にならないかなって」
それはそれでどうすればいいか悩むことになったかもしれないが、それでもミラノは彼女なりに気を遣ってくれていたのかもしれない。
「じゃあ、あの後、どうするつもりでいたの?」
「悩んでたわよ。だから、あの夜、改めて君があの子を見つけ出してくれてホッとした」
「知っていたの?」
「ぐ、偶然ね」
偶然のはずがない。あの時、もう一人の存在を感じたのはきっとミラノだったのだ。
「ボクがあの子を見つけた後は?」
「ちょっと気になったから草薙君についていったわ。さすがにあの戦いになった時はどうしようかと思ったけど……」
「あれも見ていたの?」
「ごめんね。いざとなったら草薙君を助けなきゃと思ったわ」
そうならなくて良かったと思う。もし、あの中にミラノが加われば、余計にややこしくなったのは間違いない。
「それじゃ、その後も?」
「ええ、二宮さんがああいう人だとは知らなかったわ」
それを聞いて二宮瑠樺の言葉を思い出した。
――好奇心は猫を殺す。気をつけてほしいですね
きっと瑠樺はミラノが陰に隠れていたことに気づいていたのだろう。だからこそ、あんなことを言ったのだ。
「結局、あの子を助けたのはボクじゃなく二宮さんだった。一条家だったよ」
「でも、草薙君の存在は大きかったと思うわ」
ミラノの言葉は少し慰めにも似ていた。
「ところであの子が行方を消したんだ。あの子はどこに行ったか知ってる?」
「それが……わからないの」
「君があの子を連れ出したわけじゃないんだね?」
「違う。あの子には一緒に旅をしていた人がいたらしいから、きっとその人じゃないのかな」
「一緒に旅を? それは誰?」
「わからない。そこまで教えてくれなかったから」
それが誰なのかはわからないが、それは志乃にとっても守りたいと思う人ということかもしれない。




