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響と瑠樺が公園に戻った時、伽音たちの戦いは激しさを増していた。
もともと綾女と怜羅、雅緋と伽音が組んでいたはずだったが、それもいつしか忘れたように四人が入り乱れてのバトルロイヤルと化していた。
だが、戦いながらもどこか皆が楽しそうにも見える。
「皆さん、何をしているんですか!」
二宮瑠樺の一声で動きを止めるまで、皆、本気になって戦っていたようだ。響には彼女たちの事情はわからないが、彼女たちにもそれなりの複雑な関わりがあるのかもしれない。
「無事に『魂を喰う者』は浄化出来たのですね?」
怜羅が響の腕の中の志乃を覗き込む。
「はい、ただ、ちょっと気になるんです」
「何が?」
「この子、本当に人の魂を取り込んだのでしょうか? どうもその感じを受けなくって」
「ちょっと見せて」
栢野綾女が一枚の呪符を取り出し、志乃の胸の辺りにかざす。ポゥっと青白く輝き、志乃を照らす。
やがてーー
「そうですね。『魂を喰う者』には大きな穴が見えるものです。この子にはそれがありません」
「それならこの子は?」
「強制的に取り込まされたのだとしたら?」
「強制的?」
「以前、聞いたことがあります。そういうことをやれる人間がいるということを」
響はあの男のことを思い出した。
「百木禄太郎」
その響の声に皆が顔を振り返る。
「今、なんて?」
「さっき、そういう名の人会ったんです」
「何者ですか?」
「化学の専門家と言っていました」
「『化学』……それは『化物学』のことかもしれませんね」
と綾女が言う。「陰陽師の中で、そういうものを研究している異端者がいるという噂は私も聞いたことがあります」
「知っているんですか?」
「噂です。ですが、その噂の出処を調べようとしても出来ないんです」
綾女は答えた。さっきまでの威嚇的な話し方は消え、穏やかな口調になっている。
「どうして? そんな陰陽師が関わっているなら、それを誰かが知っていてもいいんじゃありませんか?」
怜羅が不思議そうに訊く。
「ところがなかなか行方を捜すことが難しい相手なんです。自分の存在を消し去る……忘れさせる力をも持っているという噂があります」
その言葉に反応したのは伽音だった。
「自らの存在を消す力ですか。どこかで聞いたことがある力ですね」
「それってあなたのことでしょう?」
と冷たい口調で雅緋が伽音に向かって言う。
「いえいえ、私のそれとは違う同種の力を持っている人がいるのですよ」
響はハッとした。それは御厨ミラノの存在していない姉のことだ。彼女は百木と何か関係があるのだろうか。
* * *
翌朝になり、志乃は姿を消した。
だが、それもある程度予測していたのか、誰も慌てた様子はなかった。
「彼女なら大丈夫でしょう。既に彼女には楔が打ち込んでありますから」
瑠樺は落ち着いた口調で言った。
「楔?」
「あなたの力を持って妖かしの生命を得ています。そういう者は二度と魂を食することはありません。あなたにはそういう力もあるんです」
まるで瑠樺は響についてももっとさまざまなことを知っているかのようだ。いや、瑠樺だけではない。伽音も春影も、皆、響についていろいろ知っていて黙っているように思える。
「そういえば、わからないことがあるんですがーー」
「何です?」
「亡くなった人はどこに?」
「亡くなった?」
「ええ、ボクとミラノさんがあの公園に着いた時、若い男性がグールに殺されました。すぐに蘇生させましたが、その後、どうなったのか?」
「さあ、千波さんからは何も聞いていないけど。あなたが生命を与えたのでしょ?」
どこか興味がなさそうに瑠樺は答えた。
そして、それは千波も同じだった。
「そういえば……そんな人がいましたね」
ぼんやりと思い出すように千波が答える。「あまり気にするようなことじゃないでしょう」
それはいつもの千波とは違うように見えたが、それ以上、何も聞くことは出来なかった。
誰も答えようとはしなかった。




