デュラン、肖像権を放棄する
翌朝は、からりと晴れていた。
広場での氷雪祭り開催セレモニーを見学しに行く。
舞台の上には祭りの責任者、街長、そして領主の代理人などが立ち、挨拶を述べている。
最後に声を合わせて祭りの開始を宣言すると、舞台の脇に控えていた楽団が楽し気な音楽を奏で始めた。
「さて、どうしようか?」
広場をぐるりと回って、問いかける。基本的に、視察の進め方はデュランに一任しているのだ。
「公共の建物の周囲には、大きめの雪像が作られているらしい。そこを回ろう。歩いている間に、小道も通るだろうし」
こちらもとっくに決めていたのだろう。あっさりと広場から横道へ足を向ける。
目当ての氷像は、実にバラエティに富んでいた。
役場の前の車寄せには、高さ二メートルほどの氷の壁が作られていて、そこに領主の紋章が浮き彫りにされていたり。
鍛冶屋通りの入り口には、岩に突き刺さった巨大な剣の氷像が置かれていたり。
農業ギルドの前には、サイズを大きくした、数々の農作物を盛った籠が氷で作られていたり。
問屋街には、見上げるほどのサイズのタヌークの氷像が子供たちに群がられていた。
「何で?」
「問屋街だし、取引があるのかもしれない。商売繫盛のシンボルだしな」
公園には、食べ物や雑貨を売る露店が広がっていた。
季節柄か、温かいものが多い。スープやシチューなどの汁物や、串に刺して焼かれた羊肉、スパイスを入れたホットワインなどだ。
一昨日御馳走になった焼きニョッキもあった。
何か適当に食べようか、ということになって、周囲を見渡す。
歩きながら串焼きを食べている者は多少いるが、大多数は手に持っているだけだ。
周囲にベンチなどもないし、と思っていると。
「お二人は氷雪祭りは初めてかい? その辺の雪小屋に入るといいよ」
と、仔羊肉を煮こんでパンに挟んで売っている男が教えてくれる。
「雪小屋?」
もう一度ぐるりと見渡すと、公園のそこここに、大きな雪玉が散乱している。高さは、成人男性の背ほど。
何なのか、と近づき、回りこむと、それは雪玉の内部を抉られて作られた小屋だった。中に、雪を固めて机や椅子に使えそうな台が置いてある。
「なるほど、これも夜は光るんだな」
デュランが、雪玉の各所にくぼみが作られ、小さな光鉱石が置かれているのに気づいて、呟く。
「お金かけてるなぁ。失くなったりしないのかね」
庶民の感想を零すと、楽し気に笑われる。
「少し光る程度の石だよ。それに、失くしても春になったら地面に落ちてるだろう」
雪の椅子は冷えを考慮してか、薄いクッションが敷かれている。中に入ってみると、意外と雪小屋は暖かだった。
「おお……。結構落ち着く」
「入り口が狭いからかな」
元々、ダインの生家は狭かった。今住んでいる広い部屋も嫌いではないが、こういう空間もたまにはいい。
二人は、賑やかに会話しながら、買いこんだ品を台に並べた。
腹を満たした後で、また街を散策する。
街の外から観光にやってくる人々が多いのか、時折頭上をドラゴンが滑空していく。
わいわいと騒ぐ声も響き、彼らが楽しんでいることが伺える。
「流石に盛況だな」
「国内でも有名な祭りだからね。ギルドはこの時期、飛竜を優先的にこちらに割り当ててる」
「飛竜、ねぇ。……ドラゴンって、ひょっとして、こっちの国だと結構一般的なのか?」
国境近くだったせいもあるが、元の国ではドラゴンなど見たこともなかった。いるとしても、王都周辺だけだろう。
まあ今も、身近にいるのは黒竜一頭だけだが。
「そうだな。我が国は、昔からドラゴンとの縁が深い。王家の者は大抵ドラゴンと契約しているし、貴族にも多くいる。近衛隊には飛竜を扱う小隊もあるしな。商館でも、規模が大きければ、自前のドラゴンを持っている。色々なギルドでも保有しているし、少しばかり高くつくが、庶民でも利用できないことはないはずだ」
「へぇ」
街のそこここにある氷像にも、ドラゴンのモチーフは多い。祭りの時にはこうして多く訪れるのだろうし、この街にとっても親しみのあるものなのだろう。
「そろそろドラゴンコースターを見に行こうか」
思いついたように、デュランが提案した。
ブリザードドラゴンコースターに近い門へと足を向ける。
はしゃぐ声が、一際大きい。
コースターを滑りたい人々が集まっているのを迂回して、まず、遠目に様子を見る。
外の大階段を登っているのは、老若男女、どれが多いとも言えなかった。
だが、歳をとっている者、また女性などは、階段の上の眺めを見たいだけの者も多いらしく、しばらくすると内側の階段を降りて行ってしまう。
橇に乗って滑り降りるのは、やはり子供が多い。それに同伴する保護者らしき男たちだ。
まあ中には、大声を上げて滑っていく大人たちもいるが。
「どうする? 最後にもう一度乗るか?」
デュランが視線を向けて問いかける。
「いや、一回乗ったしな。いいよ。子供たちの邪魔はしない方がいい」
すぐに断ったが、小さく笑われた。
自分だってちょっと腰が引けているくせに、とじろりと睨む。
最後、というのも、今日の午後にはここを発つからだ。
既に街には三日間滞在している。帰路を考えればぎりぎりだった。
宿に預けていた荷物を引き取り、発着場へと向かう。
到着したところなのか、純白のドラゴンが一頭、発着場の外れに立っていた。周辺に十人ほどの人影がある。
「……あれ」
眼を眇め、訝し気な声をデュランが上げる。
「どうかしたか?」
「いや、あのドラゴン、何か……」
眉を寄せて、語尾を濁した。
首を傾げ、視線をドラゴンへと向ける。
きらきらと輝くドラゴンは、じっと見つめていると微動だにしていない。身体を前傾させ、今にも走り出すか飛び上がるかしそうな体勢なのだが。
その傍に立っていた男の一人がこちらに気づき、大きく手を振る。
「あ、あの人」
「昨日会ったな」
壮年の男は、昨年までブリザードドラゴンコースターを作っていた、と言っていたうちの一人だ。
「何でこんなところにいるんだろう」
祭りの醍醐味は、コースターを除けば街の中だ。ここにいる理由は、発着場を利用するぐらいしか思いつかない。
とりあえずそちらへと足を向ける。
近づいていくと、ドラゴンに感じていた違和感の理由が判る。
「こりゃ凄い」
その純白のドラゴンは、雪でできていた。
「よかった、あんたたちに見ておいて欲しかったんだよ」
男がほっとした顔で声をかけてくる。
「やっぱり。これ、ハバリだな」
「え、あ、ほんとだ」
色が黒くないのでダインには判りづらかったが、言われてみれば、身体のバランスが彼そのものだ。
「昨日、手伝ってもらっただろ。その時に色々憶えていたから、作業が終わった後で、みんなで作ってみたのさ」
胸を張って、男が告げる。
「モデルは断ったんだけどな」
苦笑しながら、デュランは雪像を見上げた。
「頭で覚えて作ったんだから、正式なモデルじゃない。若いのも刺激になっただろう」
「あ、みんなって、今のチームの人たちもなのか」
ダインの呟きに、男は少々気恥ずかしげに視線を逸らせた。
ハバリの雪像に群がってはしゃいでいた子供たちが、親に促されて街へと向かい始める。大声で挨拶されて、男は笑顔で手を振った。
「ここに作ったのは、発着場の雪を使おうと思ったからなんだが、着いてすぐに雪像があるから、みんな喜んでくれてなぁ」
嬉しそうに見送る男に、二人はつられたように笑みをこぼす。
「それじゃ仕方ないな。モデルに関して、今回は目を瞑ろう。なあ、ハバリ」
デュランの背後に姿を現した黒髪の少年は、難しい顔で白いドラゴンを見上げている。
「どうかした? ハバリくん」
「いや、その、……俺、もう少し、こう、鼻が高くないかな、と」
小声で零したハバリに、顔を見合わせた三人の男は、揃って噴き出した。




