ハバリ、貸し出される
「もでる?」
きょとん、とハバリが繰り返した。
「そうだ。それで、すげぇ迫力の雪像を作ってみせてやる」
「あんな若造たちには任せておけねぇ」
「全くだ。あんなドラゴンが氷雪祭りの目玉だなんて、情けねぇ」
口々に男たちが主張する。
しばらくそれを聞いていたデュランが、片手を上げる。
「あのブリザードドラゴンコースターを作成したのは、あの場にいた人たちなんだろう? 貴方たちはどういう立場の人だ?」
数秒、きょとんとして見返したかと思うと、彼らはにかりといい笑顔を浮かべた。
「俺たちは、去年までブリザードドラゴンコースターを作ってたチームよ!」
「……なるほど」
頷いたデュランは、ゆっくりと全員を眺め渡した。
「そういうことなら、ハバリを協力させる訳にはいかないな」
その返答に、男たちがぽかんとする。
「デュラン……?」
「何でだ!」
ダインが小声で問いかけたのは、怒声にかき消された。
「貴方たちは、一度、後進に道を譲ったのだろう。その仕事が気に入らないからと、これみよがしに出張るものじゃない」
「む……」
しかし、はっきりと告げられて、男たちが口を曲げる。
「だが、実際、あんな出来のものを公開するのはサロッポの恥だ」
「去年までのものは、もっとずっと凄かった」
「本物を見ることができたら、更に迫力のある雪像が作れるようになる!」
口々に言い返してくるのを、片手を振って止める。
「本当に祭りのことを、街のことを考えているなら、ハバリをモデルにするのに、今の制作チームを除外する訳がないだろう。後学のために、彼らにこそ見せるべきだ。若者をやりこめようとしかしない大人たちは尊敬できないし、そんな者たちとハバリを関わらせたくないな」
今度こそ反論できない男たちをぐるりと眺め渡して、デュランは立ち上がる。
「ご馳走になった」
そして、ふらりと街へと足を向ける。背後を気にしながらも、ダインとハバリもそれに続いた。
残された男たちの上から、静かに雪片が舞い降りてきていた。
意識が浮上する。夜通し、鎧戸をがたつかせていた風は治まっていた。
鎧戸の隙間から朝の弱い日差しが入りこみ、ガラスに薄くこびりついた雪が見えている。
「随分酷い嵐だったんじゃないか?」
身支度を整え、朝食を運んできた宿の少女に声をかける。
「いいえ、これぐらいはよくありますから。お祭りの前にやんで、よかったです」
しかし、流石に地元の人間にとっては大したものではなかったらしい。
デュランとダインは、昨夜はなかなか寝つきにくかったほどなのだが。
朝食後に外に出る。
この宿の玄関には、子供の頭ほどの大きさをした薔薇の雪像が作られていた。
宿の従業員が、屈みこんで何かをやっている。
「どうかしたのかい?」
声をかけると、顔を上げて軽く会釈した。
「おはようございます。雪像に雪が積もってしまったので、払っているんですよ」
おそらく、祭りの間にもよく訊かれるのだろう。慣れたように、彼は答えた。
「修復は大変なのか?」
「いや、降った雪が固まる前なら、まだ柔らかいので、刷毛でこう払ってやれば大丈夫です。溶けて、また固まって、となると、刻み直しになってしまいますが」
従業員は、手にした刷毛で、さっと雪を払ってみせた。細かい造りもあるので、大雑把にしては壊れることもあるだろう。しかし、そこは手慣れた動きだった。
街を歩いていると、そこここで小型の雪像を手入れしている人々がいる。
街路の除雪は終わっているようで、薄く凍った雪が靴底でざりざりと崩れた。
「慣れたものなんだな」
感心した風に、ダインが呟く。
「この辺りはただでさえ雪深いからな。うちの方じゃ、滅多に積もらないだろう」
「降らない訳じゃないけど、少ないからな」
デュランが『うち』と呼んだことが少し嬉しくて、小さく笑う。
祭りの本番を控えたところで降った、ちょっとした雪。
街の人々にとっては、その程度の認識のようだった。
「急げ! 凍っちまったら修正効かねぇぞ!」
「慎重に上がれ! 傷をつけるな!」
「無理に決まってんだろ、足場も撤去しちまってんのに!」
ブリザードドラゴンコースターのある街壁に近づくにつれ、怒声が聞こえてくる。
何とはなしに顔を見合わせ、二人は足を進めた。
階段を上ったところでは、何人もが慌ただしく動き回っていた。
「っと、すまん!」
そのうちの一人とぶつかりかける。
「大変そうだな。昨日の雪かい?」
「ああ。ものが大きいだけに、手を入れないといけない場所が多すぎてね。それに、ドラゴン像や、外側の氷像なんかは、足場もないとなると直しが難しいんだ」
忙しいのは確かなのだろうが、愚痴半分に会話につきあってくれた。
「今まで、祭りの間に雪が降ったことぐらいあるだろう?」
ノウハウはなかったのか、と問うてみると。
「祭りの間なら、多少降っても見逃されるけど、開催直前だとな。きちんとした状態で祭りを迎えたいのが、上の意向さ」
困った顔で、長いコースターを見渡す。
「特に、コースターの橇が走る面を荒れさせてしまうと、安全が確保できなくなる。点検して、滑らかに削っていかないといけないんだが、人手がないんだ。作成の時に手伝ってくれていた有志は、もう、街の中の持ち場で手一杯だしさ」
流石に数人でこのコースターを全て作り上げた訳ではないらしい。いまここにいる彼らは、雪像を作ることと、一度完成した後のメンテナンスを担当することになっているという。
「おい、油売ってんなよ!」
「ああ! すまんね」
横合いから声をかけられて、一言断ってから去っていく。
「どうする? 邪魔になるかな」
やや街壁側に寄って、ダインが尋ねた。腕組みして、デュランは考えこむ。
「アクシデントに対して、どう動くかも見てみたいところではあるんだが」
当事者にとってはかなり酷いことを呟いた。
ばたばたと、忙しなく動き回る作業員たちをしばらく眺めていると。
「はっ! 思った通り、何も満足にできていないではないか!」
街壁の外から、大声が響いた。
コースターの、雪で作られた腰壁まで進んで、ひょい、と外を覗きこむ。
そこには、見覚えのある男たちがしかめっ面で立っていた。
「あ」
「え、あ、あんたら……」
つい零した声に、注目される。男たちは、何故かちょっと気まずそうな顔を見合わせていた。
「また来たのか、おっさん!」
「今はあんたらに構ってる暇はねぇんだよ!」
ちらりと視線を向けて、作業員たちが怒声を上げる。
「う、いや、それは判ってる!」
慌てたように返すと、ごほん、と一つ咳払いをした。
「外の階段とコースター部分のメンテナンスはわしらがやろう。お前たちは、氷像の修繕に専念しな!」
思いもしなかった言葉に、街壁上の全員がきょとんとした顔になる。
「ほれ、ぼさっとするな! 働け若いの!」
ばん、と両手を叩いて、発破をかけた。
何だよもー、などと呟きながら、青年たちが少しばかりにやけつつ持ち場へと散っていく。
デュランが、小さく声を上げて笑っている。
何か言いたげにじろりと睨め上げてくるが、大きく鼻を鳴らしただけで、壮年の男たちはコースターの降り口へと向かった。
「ふふ。あまり、視察中に手を貸すのもよくないと思っていたが、ちょっとだけならいいだろう。ハバリ」
「は」
瞬時に、二人の背後に黒髪の少年が現れる。
「外側で竜体になるように。彼らを持ち上げてやるといい」
「かしこまりました」
軽々と、ハバリの胸近くまである雪の壁を乗り越えて、すたん、と着地する。
そして、ぶわり、と巨大なドラゴンの姿になった。
「うぇえええええええええ!?」
悲鳴のような声を上げて、コースター上部の若者たちと、下部の男たちが駆け寄ってくる。
「待て! やっぱり氷像は慣れてるわしらが修繕する!」
「引退した老人がしゃしゃり出てくるな!」
「まだまだ現役じゃあ!」
上と下とで、罵声が飛び交っていた。
「酷いことになってるな……」
先刻はちょっと感動しかけたのにな、と、眉を下げながらダインが呟いた。
「ちゃんと後進を立てろよー」
無責任に、デュランはそんな声を投げかけていたが。




