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辺境領主の視察旅  作者: 水浅葱ゆきねこ
陶器の街 シガルク
17/21

デュラン、幽霊退治をする

前回までの粗筋


陶器の街シガルクへ視察にやってきたデュランとダイン。

名物のタヌーク鍋(代用)をご馳走になったり、視察先の窯元ではやや不穏な事態が起きたり、通りすがりに幽霊騒動にあったりと、今度の旅も大騒ぎ!

 翌日のホルスト窯での約束は午後からだった。

 デュランとダインを迎えた当主は、敷地の奥へと進む。

 昨日作品を()れた(かま)は既に開かれ、残っていた炭を掻き出されていた。

「冷えるまで時間がかかりますので、先にある程度作業を進めておきました」

 説明する傍ら、門人たちが窯の中から焼き物を慎重に運び出し始める。

 地面に敷いた板の上に次々と並べられていくそれは、まだ熱を持っていて、門人たちは分厚い革の手袋を嵌めていた。

「こちらがお二人の描かれたものですね」

 ホルストの言葉に合わせ、こちらへと差し出された焼き物に、どことなくむずむずした気持ちでダインは視線を向けた。



「この後もう少し冷まして、夕方頃に梱包します。お客様の宿へお届けすることもありますし、取りに来られることもありますね」

 焼き物を納める木箱と、包むための布、詰め物として用意されているおがくずなどが準備されている。

 手慣れた風に、それらを使って梱包する様子を見学する。

 一通りの説明を終えて、ホルストは様子を伺うようにこちらを向いた。

「一つ、尋ねてもよいだろうか」

 デュランが口を開く。

「勿論ですとも」


「ミーランという名前に心当たりは?」

 その言葉に、ホルストは一瞬顔を強ばらせた。





 太陽が中天を過ぎて、更に数刻が過ぎた頃。

 男は、自宅の正門で騒ぎが起きているのに気づいた。

 使用人達には下がっているようにと命じ、正門へと向かう。

「……っから、帰れって言ってんだろうが!」

 門の内側で怒鳴っているのは、配下の男。

「何があった?」

 声をかけると、勢いよく振り向く。

「若! こいつらが……」

 そして、格子状の門の向こうにいる者たちが見えた。


「……貴方がたは」

「どうも。昨日以来ですね、ブルーノ殿」

 昨日と一昨日に顔を合わせた男たちが、そこにいた。


「一体何の御用ですか」

 平静を装って、口を開く。

「正体を見極めようと思いましてね」

 しかし、蜂蜜色の髪をした男の言葉に、僅かに眉を寄せる。

「正体?」

クリザンテーメ()嬢のことですよ。ご存じですよね?」




 クリザンテーメとは、この国に古くから伝わる寓話の登場人物だ。

 ある貴族に仕えていた若い女性であったクリザンテーメは、ある日、うっかり皿を一枚割ってしまう。

 それは王家から下賜され、しかも十客揃ったものであるため、当主は激怒し、酷い折檻を与えた。

 結果として彼女は死亡し、当主はその亡骸を庭の枯れ井戸へと捨ててしまう。

 その後、井戸の側では、夜な夜な皿を数える女の声が聞こえるようになり、病み衰えた当主は僅か数ヶ月後に世を去ってしまった。

 その屋敷では、今でも恨みがましく皿を数える声が聞こえてくるという──



「この屋敷は貴族のものであったことなどないし、あの井戸は枯れていない。そもそも、皿が割れたと言うなら作り直す。うちは窯元だぞ!?」

 憤然と、ミーラン家の長男、ブルーノは声を荒げた。

 最近この国の国民になったダインは、このクリザンテーメの話を昨夜デュランから聞いたのが初めてだった。

 それでも、青年の主張に、そういうものなのだろうか、と僅かに疑問を覚える。

「全くですな。破片を継ぎもしないとは、未熟にもほどがある」

 しかし、視察官たちに同行してきたホルストが頷いたので、そういうものらしい。

「クリザンテーメの由来のある井戸は、国中に幾つもあるからな。実際の現場はどことは知れていない」

 面白そうな顔で、デュランが口を挟む。


 ここ、ミーラン家は、このシガルクでも規模の大きな窯元の一つ。ホルスト窯とは商売(がたき)となる相手だった。

 しかし、まずホルストが穏やかな気性であったためか、騒動に苛立つブルーノを上手くいなしており、彼らはそこまで険悪な雰囲気ではなかった。

 昨日、一昨日のブルーノの態度を見て、無下に扱われるかもと案じていたが、大丈夫そうだ。


 歳の離れた職人二人の雑談にぼんやりと聞き入っていると。

 窓の外から、細いすすり泣きが聞こえてきた。


 一瞬で、全員が口をつぐむ。

「きたか」

 何故か楽しそうな顔で、デュランが腰を上げた。

 そっと、庭へと通じる扉から顔を出す。

 視界の隅に井戸を認めると、四人で連れだって庭へと下りた。


 薄闇が下りてきた裏庭の片隅に、その井戸はある。

 生け垣も近く、一際暗い。

 その奥に、薄ぼんやりと(うずくま)る白い影。

「……まい……ななまい……」

 おお、と、デュランが緊張感の欠片もない呟きを漏らす。

 ホルストはきょとんとした表情で、ブルーノは苛立ちに唇を引き結び。

 ダインは、不思議そうに目を眇めた。

「八枚……九枚……」

「おい、貴様!」

 ブルーノが一歩前に出て、怒声を上げる。

 だが、クリザンテーメは全く聞こえていないように、先を続けた。

「いちまぁいたりなぁあああああ」

 ぶわ、と、その姿が一瞬でこちらに迫る。


「ああああぎゃっ!?」

 そして、横合いから飛び出してきた相手に、潰された。


「ご苦労、ハバリ」

 満足げに、デュランが声をかける。

 黒髪の少年は、片手をクリザンテーメの首の後ろにかけ、片膝で背を押さえながら、無言で頭を下げた。

「そちらは……?」

 毒気を抜かれた(てい)で、ブルーノが尋ねる。

「私たちの護衛です。幽霊でない場合を考えて、潜ませていました。無断で申し訳ない」

 さらりと告げるデュランに、おやおや、とホルストが呟く。

「うううううー!」

 組伏せられた体勢で、じたじたともがいていたクリザンテーメは、やがて、ぽん、という気の抜けた音と共に抵抗を止めた。

「あれ」

 短く発せられたハバリの声に、ダインは首を傾げる。

 彼が、任務の最中に、こんな意図しないような声を漏らすのは珍しかったからだ。

「どうした?」

「いえその……。姿が、変わったので」

 戸惑った顔のまま、ハバリは小柄な少女の襟首を掴んで持ち上げた。



「どういうことだ?」

 周囲を男たちに囲まれて、少女はむっつりと無言を通していた。

 彼女は、昨日、街の中でブルーノにつっかかっていたのをダインが仲裁した、あの少女であった。

「我が家に幽霊が出る、とか言いふらしていたが、全部お前の仕込みだったってことだな?」

 酷く険悪な表情で、ブルーノが見下ろしている。

 ぷい、と顔をそむける少女は、そのことを否定しない。

 仲裁したダインとしては、少々いたたまれない気分になっている。

「しかし、どうやってですかな。ほら、この子と先ほどの幽霊とは、体格すら違う」

 戸惑った風に、ホルストが口にする。

「幻惑系の術を使ったのでしょうよ」

 しかし、あっさりとデュランはその疑問に答えた。

「術……。この子が?」

 周りの大人たちが驚いた顔をする。

「術師の力量に年齢は関係ない……とはいえ、確かに大したものですよ」

 デュランの言葉に、苛立ちだけだったブルーノの表情が、やや複雑なものに変化した。

「なんのつもりで、こんなことをした」

 年端もいかない少女を、最大限警戒して、尋ねる。

「……あんたが悪いんじゃない。ホルストさんちを、潰そうとするから」


 一瞬怯んだ後、ブルーノは猜疑(さいぎ)に満ちた視線をホルストへと向けた。

「やっぱり、あんたらのしたことか」

「っ、違うわよ! あたしが勝手にやったの!」

 非難の言葉に、慌てたように少女が叫ぶ。

 ホルストがゆっくりと頷いた。

「そうですな。私がその子と会ったのは一昨日が初めてですし、その時にもこんな話は一切していませんでした。ミーランさんの方からお話があったのは、それ以前ですが」

 ぐ、と、ブルーノは唇を引き結ぶ。


「揉め事ですかな?」

 のんびりと、半ば忘れられていた視察官が口を挟んだ。




「……実のところ、このままいけば、あと数年でシガルクから窯元はなくなるかもしれないのです」

 場所を変え、元の応接間に戻った一行は、ホルストの説明に耳を傾けていた。

 少女は部屋の奥の椅子に一人座らされ、その背後にハバリが立っているが。

「なくなるとは、またどうして」

 思っていたよりも大事(おおごと)の事態に、デュランも流石に真剣な顔になる。

「この街へ来られた時に、北にある山はご覧になられましたかな? シガルクは、ずっとあの山より(たきぎ)を得てきたのです」

 ダインとデュランが、顔を見合わせる。

「しかしその、あの山は」

 神妙な顔で、ホルストが頷く。

「はい。現在、殆ど樹が生えてはおりません」


 街へ到着する前に、ハバリの背に乗って眺めた、周辺の景色。

 シガルクからさほど離れていない距離に、小さめの山がいくつかこんもりとした姿を見せていた。

 しかし。

 その山肌には、切り株のみが残されていたのだ。


「三年前に、隣国との戦がありましたでしょう。シガルクは国境から遠いこともあり、徴兵まではされなかったのですが、物資の提供は行いました。安定して薪の供給があったシガルクでは、重点的にそれを求められ、普段よりも多くの樹が切られてしまったのです」

 知らず、小さくデュランが呻く。

 ダインが困ったような視線を向けていた。

「街をあげてできる限り節約してきましたが、今ではあの有様です。もう、木の実が実ることもなく、新たな樹が生えることもなくなってしまった。近隣の山のある領地から融通して貰ってはいますが、あちらも程度の差こそあれ、似たような状況になっています。このまま、幾多の窯元が存在するシガルクを維持していくことは難しい」

「ぎりぎりまで粘って共倒れするよりは、潔く窯を畳んだ方がまだましだって話だ」

 苦々しげに、ブルーノが補足する。

「それなら自分のところを畳めばいいでしょ! ばーか!」

「うるせぇ、うちが大事で何が悪い!」

「ブルーノさん落ち着いて」

 少女が正論をぶつけると、ブルーノが開き直ったように言い返す。

 立ち退き工作を仕掛けられていたホルストがそれを宥めた。

「何だろうなぁ、これ……ううむ」

 珍しく対処に迷ったように、デュランが呟いた。

 一同をぐるりと眺め渡し、おずおずとダインが片手を上げる。

「ええと、あのぅ……すみません」

 全員の視線が集まるのに、少しばかり怯みながら続けた。


「この辺じゃ、植樹とかってしないんですかね?」


「植……、樹?」

 困惑した視線を交わし合う。

「ダイン、何だ、それは?」

 やけに真面目な顔で、デュランが尋ねてきた。

 珍しいなぁと思いながら、口を開く。

「俺の地元……ああ、その、ツィーゲンノルトなんですけど。その、俺の住んでた近くの山には、[山の民]って呼ばれてる人たちがいて。貴族とかじゃないんだけど、山を所有してるっていうか、管理してる、みたいな人たちで。元々、あそこに貴族が来る前から住んでるらしいんだけど」

「ああ、国と契約を結んでいたらしいな。今はツィーゲンノルト領と契約したが」

 ダインのおぼつかない説明を、デュランが補足する。

「で、[山の民]は、山の恵みを村や街に売っていたんだよ。その中には材木とかもあったんだけど」

「それで?」

 苛立ちが続いているのだろう、ブルーノが険しい目を向けてくる。

 だが、それを理不尽にぶつけてこないのは、彼は初対面から変わらない。

 やや年若い青年に内心ほっこりしつつ、ダインは続けた。

「俺はあの人たちとちょっと親しかったから、聞いたことがあるんだ。山の管理の一環で、切った樹の分を、また若木を育てて増やしているんだって」


「若木……」

「直接、その場所に種を一つ植えても、それで上手く育つか判らないから、あらかじめ別の場所で育てておくんだってさ。ある程度伸びた若木を運んで、植えて、大きくなったらまた切るんだって」

「しかし、それは……、何十年もかかる」

 弱りきった顔で、ホルストが呟いた。

 もう数年後に衰退が見えている身では、救いにはならないだろう。

「だが、やらなければ完全に絶えるだけだ」

 きっぱりと言い切ったのは、ブルーノだ。

「やる気がないなら、さっさと家業を畳め。その分、うちが生き延びられる」

「あんたねぇ!」

 少女がとびかかりそうな姿勢になるが、ハバリが無言で肩を掴んだ。

「……ブルーノさん。貴方が何かを成そうとするには、街の組合どころか、ご当主をまず納得させねばならないということを判っていますか?」

「できねぇとでも?」

「このお二人は、明日にはここを発たれる。貴方では時間がないのですよ。……デュラン様。ダイン様」

 改めて真っ直ぐに体を向け、ホルストが二人を見つめた。

「ツィーゲンノルト領主直属であるお二人に、ご領主様への信書をお願いできますでしょうか。[森の民]の方々へ、ご指南を受けるための仲介をして頂きたい。シガルク窯元組合(ギルド)の筆頭であるホルストが、お頼み致します」

 そして、ゆっくりと頭を下げた。

「勿論、お受けいたしましょう。うちの領主は、国の方にも顔が利きます。早々に、戦争への褒賞として、薪の融通を頼んでおきますよ」

 デュランの返事に、ホルストが顔を綻ばせる。

 ブルーノは小さく鼻を鳴らしたが、少しばかり満足そうだった。





「それでは、こちらをよろしくお願いします」

「確かにお預かりしました」

 翌朝、街の門の前で、ホルストとその息子のルトガーから、デュランは信書を渡されていた。しっかりと油紙で包まれたそれを、鞄へとしまいこむ。

「お世話になりました」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 責任ある大人の社交儀礼の様子をぼんやり眺めていたダインが、ふと視線を流す。

「あれ」

「どうしました?」

 ルトガーが尋ねるのに、視線をやや遠くに向けたまま口を開く。

「いえ、あそこ、何だか茶色い、犬? みたいなのいますよね。この間も見かけたので」

 ダインが指差す先、路地の隙間からこちらを伺うような茶色い獣を認めて、ああ、とルトガーが頷く。

「いますね。まだ小さいな。……ひょっとしたら、タヌークかもしれないですよ」

「タヌークって、もういないんじゃ」

 悪戯っぽく笑う青年に、こちらも苦笑しつつ返す。

「そう言われていますけどね。……内緒ですよ。私、子供の頃に、タヌークを見たことがあるんですよ」

「そうなんですか?」

「山の、浅いところで遊んでいたら、怪我している小さなタヌークがいましてね。持たされていた傷薬をつけて、何日か餌とかあげていて。まあ、親には野犬の子供じゃないかと言われて、危ないことをするなってこっぴどく怒られましたが」

「確かに、野生の動物には近づかない方がいいですねぇ」

 田舎育ちのダインがしみじみ言う。

「ダイン? 行くぞ」

 デュランの声に改めて別れの挨拶を交わし、門の外へと歩き出す。

 門の両脇に立つ、巨大なタヌーク像を通り過ぎる時に一度振り向いたが、もう、小さな獣の姿は見えなくなっていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 木はニョキニョキとは生えないからなぁ……少しずつ回復させないと。ダインの知識も役に立って、今回も一件落着! きっと、タヌークはまだいるさ(`・ω・´)
[良い点] 明言されてはいないけれど、もしかしてタヌークの恩返し?だったのかしら……。 ダインさんの案が、一時的な補助だけでなく、未来を長く支えていけますように!
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