デュラン、勘繰られる
ホルストは、デュランからのやんわりとした追及を澄ました顔で躱し、陶芸体験の続きを始めた。
二人の描いた絵皿を、他の陶器と一緒に窯の中に並べ、薪を配置し、火を入れる。
「後は丸一日焼いてから取り出し、冷ます工程があります。ご覧になりますか?」
「勿論」
デュランの返答に、当主は微笑んで了承した。
午後もまだ早い時間に、今日の仕事が終わってしまった。
「街を見物でもするか」
デュランの提案を拒否する理由もなく、二人はふらふらと街路を歩く。
街には窯元直営の店舗だけではなく、小売りのみの店もあり、更に露店でまでシガルク焼が売られていた。
当然、どんどん商品のランクは下がる。露店で売っているものなどは、釉薬に灰が混じっていたり、奇妙な形に垂れていたり、陶器の表面に小さな穴があったりした。
「これはどうしてこんな形に?」
「土に混じっている石が、窯の熱で爆ぜるんだ。そうすると、こんな穴ができる」
露店を出している男の答えに、へえ、とダインが感心する。
「綺麗な肌になっていないといい値がつかないからな。庶民が普段使いするのはこういう奴さ」
隣にいるデュランが高位の身分であることを見抜き、更にダインはそうでもないことを察して、店主は彼にだけ軽口を叩く。
「いや、しかしこれは面白い」
だが、そう返してきたのはデュランの方だった。
「そうか?」
ダインは首を傾げて、連れの手にした皿を覗きこむ。
農夫でしかない彼の価値観では、瑕疵のないものほど上等だと感じるのだ。
「ああ。同じものは他にないってことだろう?」
「そりゃまあ、そうだが。でも、同じものが揃っていた方がいいんじゃないか?」
ダインは屋敷の下働きなどとも面識がある。
食器は何客かでセットになっているものだ、とも聞いていた。
「同じものを作り上げるのもまた技術だけどな。面白さとはまた別だ」
価値観が、庶民とも、また貴族とも微妙に違うデュランに、ダインは困ったような視線を向けた。
「しかし、どこにでもあるんだな……」
ぐるり、と市場を見回して、デュランが呟く。
何が、といえば、タヌークの置物である。
街の門の両脇にあった、巨大なタヌークの像。あれを小さくしたものが、そこかしこで売られているのだ。
大きさは、高さ一メートルほどから、掌サイズまで様々。それ以上だと、注文品になるという。
「シガルクと言えば、タヌーク様だからな! 土産にどうだ?」
大きく笑いながら、店主が勧めてくる。
「ガラックに買っていってみるかな……」
かなり本気でデュランが悩む。
領地で留守を預かっている青年がそれを喜ぶかどうか、ダインには判断できなかった。
「首尾はどうだ」
静かな声で、問いかける。
「それとなく脅しはかけていますが、なかなか動じない奴で……」
申し訳なさそうに、目の前の男は答えた。
「もう少し直接的な手に出てみるか」
「いや、今日はちょっとガキが邪魔をしてきたってのもあるんで。今度はもうちょっと上手くやりますよ」
「ガキ?」
僅かに眉根を寄せる。
「どんなガキだった」
「え? ええと、背丈は俺の腰ぐらいで、濃い茶色の髪の、痩せっぽちの小娘でしたぜ」
その説明に、小さく唸る。
そんな子供には、覚えがあった。
「……まさか、あれが奴らの手先だったのか……?」
しかし、あの時子供に関わって、それほどのダメージがあった訳ではない。
考えこむ主人を、男はじっと待った。
夕闇の迫る室内は、庭に面した窓を全開にしている。
心地よい風が吹いているのを感じられる。
その風の中に、すすり泣くような細い声が、混じった。
「ひ……っ」
配下の男が、喉の奥でひきつるような声を出した。
唇を引き結び、立ち上がる。
庭に続く扉に手をかけた。
「若! いけません!」
慌てて、怯えていた男が引き止める。
「今日こそ、正体を暴いてやる!」
しかしそれを顧みることなく、若と呼ばれた男は庭へと足を踏み出した。
この屋敷の庭は、さほど広くはない。
数メートル歩けば、屋敷の角に辿り着く。
その向こう側は、使用人達の働く裏庭だ。
そして、そこには、井戸がある──。
ただでさえ暗くなる時間帯、屋根をかけられた井戸は薄闇の中に沈んでいる。
「……い……」
か細い声は、しかししっかりと耳に届く。
「若……」
おろおろと、男は強気な主を呼び止める。
だが、視線だけでそれを咎められて、眉を下げた。
「……ぁい……はち……い……きゅうまい……」
止まりそうになる足を、無理に前に出す。
井戸の傍に、ぼんやりと白いものが見えた、次の瞬間。
「ぃいちまいたぁりなぁああああい!」
絶叫する青白い女の顔が、目の前に大写しになった。
「ひぎゃあああああああ!」
一瞬怯んだ男は、叫び声を上げた連れに腹部へタックルをかけられた。
「なかなか美味い店だったな」
満足した口調で、デュランが街路を歩く。
彼らは、昼間に見て回った先々でお薦めの店を尋ね、そこで夕食を済ませてきた帰りだった。
本来ならデュランが入るような格のものではない、少々庶民的な店ではあったが、それも旅の醍醐味である。
夕闇が増してきた中、ふらふらと宿へと足を運んでいたのだが。
「ひぎゃあああああああ!」
突然、叫び声が響いたかと思うと、何者かが横手に続く生け垣を突き抜けて飛び出してきた。
そのままの勢いで街路に倒れこんだのは、二人の若い男である。
「あ」
一つ向こうの十字路から、ちょっと焦った様子で見知った少年が顔を出したのを視認する。
「大丈夫か?」
しかし、慣れたようにその存在を一切気にせず、デュランは二人に声をかけた。
「あ、ああ。おい、離せ」
「で、ですが若……!」
ぎゅう、と、若と呼ばれた男の胴に腕を回した方が、未だ恐慌を帯びた声を上げる。
「あれはクリザンテーメですぜ! ここから離れないとなりません、呪い殺されやす!」
「菊?」
ぽつり、とダインが呟く。
はっとした顔で、若はそれを見上げた。
「あんたたちは、昨日の……」
「ああ、昨日、子供と揉めていた人か」
見覚えのある相手に、薄く感じていた警戒感が消える。
しかし、相手は逆に表情を強ばらせた。
「そうか、やはり、ホルストの差し金か」
「え?」
「手の混んだ真似をしやがって。こんなことで、うちは出ていったりしねぇからな」
「いやあの」
乱暴に立ち上がると、未だ街路に膝をつく配下を叱咤する。
「さっさと立て! 先刻のは、こいつらの茶番だ!」
「いやでも若ぁ! 若!?」
そうして足音荒く立ち去る若を、慌てて追っていく。
次の四つ角を曲がっていったので、万一にもハバリが見つからないかとダインは内心ひやひやしていた。
「……あれ」
直後、かさり、と音が聞こえて振り向いた彼は、小さく呟く。
「どうかしたか?」
じっと考えこんでいたデュランが尋ねる。
「いや、何かいたみたいで……犬かな?」
小さな、茶色のもこもこした毛玉が生け垣から這い出し、濃くなった闇の中に消えていったのを、首を傾げながらダインは見送った。