ダイン、少女を拾う
街の門の前まできて、ダインはぽかんと口を開けた。
大きく開かれた門は、高さが六メートル程度。その両脇にそびえ立つのは、門扉に負けない高さの巨大な像だ。
その胴回りの幅は二メートルほど。でっぷりとした腹、もふりとした柔らかさを感じられそうな尻尾。半開きの口には牙が覗き、ぎょろりと剥いた目と共にこちらを威嚇しているかのようだ。手には素朴な酒瓶と、分厚い帳面を持っている。後頭部には奇妙な形の帽子をずらしてかぶっていた。
「なんだ、これ」
「この地方に伝わる繁栄の守り神らしいぞ。確か、タヌークとか言ったか」
畏怖混じりの呆れた声にさらりと答えて、デュランは像の間を通っていく。
怖々とそれに続くダインは、その像が陶製であることに気づいた。
国内外に名の轟く、焼き物の一大産地、シガルク。
彼らは、この地を次の視察先に選んでいた。
実際に陶器を作成する窯元は、街壁のすぐ内側に位置している。
強い炎を扱うことから、街の内部には配置しづらい点を考慮してのことだ。
しかし、商談を行う建物は市街地にあり、二人の視察官はまずそこを訪れていた。
「うわあ……」
ルトガーと名乗った店主と笑顔で挨拶を交わした後、店舗に陳列されている商品を見学する。
繊細な皿やティーセットなどが、厚みのある柔らかな布に覆われた棚に乗せられている。
下手に掴むと割ってしまいそうで、ダインは見惚れるより先に身震いした。
「これは素晴らしい」
一方で、高級品に慣れているデュランは手放しで商品を褒めていた。
「そちらは三代前の当主が作り上げたもので、王室に献上したものと同じデザインです。ありがたいことにお気に召して頂けて、今でも作られております」
「ああ、なるほど」
何やら得心したように、デュランは店主の説明に頷いた。
夕食は現在の当主と席を共にする、ということで、ルトガーの案内の元、シガルクの街を歩く。
人通りは多く、活気がある。
視察のために選んでいる街なのだから栄えていて当然のことなのだが、そういうところにはあまり気づかずに、この国はどこもにぎやかだな、などとダインは考えていた。
「……そんなことだから、幽霊に祟られているのよ!」
人ごみの向こうの方から、甲高い声が聞こえてくる。
何とはなしに、デュランと顔を合わせた。
「いや……多分、ここでは仕込みはないと思うぞ」
困惑したような連れの顔を確認して、再度人ごみを透かし見る。
人々の視線が集中しているのは、まだ幼い少女だった。
年齢は十には届かないだろう。薄手のワンピースを着ていて、手足は土埃に汚れている。きつい視線で、目の前に立っている男を睨みつけていた。
「言いがかりはやめろ。うちは何も後ろ暗いことはしていないし、幽霊なども出てはいない」
そして、少女の前で、やや辟易した顔でそう答えているのは、こざっぱりとした風体の男だった。
……確かに、二人とも黄色いスカーフなどは巻いていない。
「とぼけないで! あんたのところが黒幕だってことは判ってるのよ!」
更に勢いを増して言い募る少女を見下ろして、男は溜め息をつく。
そして、そのまま横をすり抜けようと足を進めた。
「待ちなさいよ!」
だが、少女はその脚にがばりと抱きついた。
「うぁ……!?」
バランスを崩し、二人はもつれあって道路に転がる。
流石に、周囲のざわめきが大きくなった。
「このガキ……ッ!」
上体を起こした男が、激昂した顔で拳を振り上げる。
「ちょ、ちょっと! ちょっと待って!」
そこへ、慌てて走りこんできた男を、手を止めると胡乱な顔で見上げた。
「なんだあんた。このガキの親か?」
「親……」
少しばかり傷ついた顔で、ダインが呟く。
いや、年齢的には全くおかしくないが。故郷の友人たちには子持ちもいるのだ。
「俺はただの通りすがりだが。やりすぎだろう、こんな小さな子供に」
気を取り直して、宥める。
相手は眉を寄せ、大きく息をついてから口を開いた。
「だがな、こっちも往来でいきなり訳の分からないことをがなり立てられた上に、この状態だ。少々、腹に据えかねるってもんだろう」
それでも、相手はかなり理性的な男だったようだ。ついでに殴られることぐらいは覚悟していたが、きちんと状況を説明されて、ダインは少しばかり拍子抜けする。
「とにかく、離れなさい。ね」
とりあえず、男の脚に組みついた少女に声をかける。
「うー……」
幼い少女は、不機嫌な顔で渋々腕を離した。溜め息をついた男が立ち上がるのに、ダインは手を貸す。
そしてもの言いたげに二人を一瞥し、しかし彼は無言で踵を返した。
下手に話しこんでも、三者ともいいことはないだろう。賢明な判断だと言える。
その後ろ姿に、無言で舌を出す少女に苦笑して、土埃を払ってやる。
「おせっかいだな」
小さく笑みを浮かべながら、デュランが合流してきた。一歩遅れて、ルトガーもついてきている。
「デュラン。悪いんだが、俺はこの後の食事を外してもいいか?」
その言葉に視線を下げて、連れの男は彼の言いたいことを即座に理解する。
少女はみすぼらしい身なりであるだけでなく、ひどく痩せていた。
「そうだな……」
頷いて、ルトガーに向き直る。やりとりを眺めていた相手は、慌てて口を開いた。
「お、お待ちください。お二人をお連れできなければ、私が当主に叱られます」
この監察官たちの間には、歴然とした身分の差があり、それだけにダインは自分ぐらいいなくてもいいか、などと考えていたのだが。
訪問先にしてみれば、彼らはどちらも領主直々に任命された監察官。どちらか一人をないがしろにはできないのだ。
「しかし……」
少し困った顔でダインは少女を見下ろした。
焦った顔はそのままに、ルトガーは更に口を開く。
「でしたら、その子も一緒に連れて行ってはどうでしょうか?」