エピローグ
ニジコは転校してこなかった。僕が転校した後、タクトに聞いてみたけれど、ニジコなる人物は学校にいなかったらしい。別の学校にも、知り合いを通じて調べたけれど、そんな女の子はいなかった。
僕らのつてから外れているだけかもしれない。僕の知り合いの中で、ニジコのことを覚えているのは僕とタクトだけだった。あの日、虹を追いかけてずっと歩いたことを覚えているのは、僕だけだ。
「大体、虹を追いかけるなんてナンセンスだよな」
いつだったか、社会人になったタクトはそう言った。
「虹は、空気中の水滴が集まった層に太陽光が反射して見える光学現象だ。観測者からの距離と、角度と、太陽の場所と、大気の状態。いろんなパラメータが絡み合って起きてる。定量的な説明は難しいが、近づけば近づくほど虹は後退して、絶対に追いつけない。追いつく前に、条件が変わって消えるんだ」
全部を理解したとは思えない。あの日の虹は、どれだけ近づいてもずっと同じ場所にあった。
もしかしたら、僕らが虹に近づくにつれて、大気の状態や光の角度が絶妙に変化し、ずっと虹が同じような場所に見えたのかもしれない。そういう現象が起こる確率は、サルがパソコンを使ってシェイクスピア作品を書き上げる確率と、どれくらい違うんだろうかと考える。
理屈はいくらでも付けられる。可能性はいくらでも考えられる。それでも、やっぱりうまく説明できないことが僕にはある。
カエルの大合唱とか、追いつけないカタツムリとか、人を運んだイルカとか。ひとつだけ誰もが納得される理屈をつけるとすれば、それが僕の壮大な空想だったという以外にない。
年を経るにつれ、空想だった説がどんどん強まってくるのがちょっとだけ寂しい。
自分の家の書斎から、庭で遊ぶ子どもたちを眺める。芝生は雨上がりの水滴できらめき、町の空を眺めると、遠くに虹ができているのが見える。
好奇心旺盛な子どもたちは、僕の書斎までやってきて口々に聞く。
「もし、近くまで行ったら、虹の中に入れるのかな?」
それは新しい説だ、と思う。虹についての仮説を、僕はこれからたくさん耳にすることになるだろう。
もしかしたら、彼らには本当に体験できるのかもしれない。虹の中に入って、七色の光に身を浸し、宝物を見つけて、虹を登った先の高性能望遠鏡で自分の家を探すのだ。
旅の始まりでは、時刻表を読めない女の子が、同行を申し出るかもしれない。
その時はどうか、断らずに彼女を受け入れてくれますようにと、できれば、電車を使わないでいてくれますようにと、僕は心のなかでそっと祈るのだ。