電話の達人 その二 明智光秀
◇◇
岐阜城の客間に入ってくつろいだのも束の間、徳川家康はすぐに織田信長との夕餉に呼び出された。
そして、食事をとる部屋に通される前に、控えの部屋で待機していた時のことだった。
「徳川家康殿、失礼いたします。明智光秀と申します。夕餉の支度が整いましたので、御迎えにあがりました」
耳にしただけで頭脳明晰なのが分かる声が部屋の外から響いてくると、すっと襖が開けられる。
すると明智光秀と名乗った男が滑らかな動きで部屋の中へと入ってきた。
だが、家康は彼の姿を見て大きく目を見開いてしまったのだった。
なんと、首から『五つ』もの『主魔保』をぶらさげているではないか!
「お、お主! それはなんじゃ!?」
家康はぶしつけに問いかけたが、明智光秀は嫌な顔一つせずに答えた。
「すべて『主魔保』でございます」
「そ、それは見れば分かる。なぜ五つもあるのか、と聞いておるのじゃ!」
「はて……? なぜと問われましても、『必要だから』としか答えようがございません」
「たった『一つ』でも多いというのに、『五つ』も必要なわけがなかろう!」
そう彼が口を尖らせた瞬間だった。
――ブルルルル!
――リリリリリン!
――ドドドドドン!
と、明智光秀の首からかけた『主魔保』から、三つの『着信音』が同時に鳴り響いたのである。
直後にくわっと目を見開いた光秀が、目にも止まらぬ速さで、三つの電話の『受話』を押す。
――ピッ!
――ピッ!
――ピッ!
そして同時に三つの電話に向けて話しかけたのだった。
「明智光秀でございます! まずは名乗ってくだされ!」
すると、同時に三つの電話からそれぞれに名が聞こえてきた。
それにじっくりと耳を傾けていた光秀は、一つの電話だけ『保留』を押して、残り二つに向けて話しかけた。
「申し訳ないがこちらから折り返す。しばし待たれよ!」
――ブツッ!
――ブツッ!
と、二つの電話を切ると、残り一つの『保留』を解いた。
ここまでわずか一息。
「か、神技じゃ……」
と、家康は茫然としながらつぶやく。
しかし驚くのはまだ早かった。
光秀は電話の相手から用件を聞き始める。
「なるほど。それは殿の御判断が必要だ。そのまましばし待たれよ」
と、彼は再び『保留』にすると、首からかけたひと際豪勢な『主魔保』に手をかけた。
よく見ればそれには『殿専用』と書かれている。
「まさか……信長殿とのやり取り専用の主魔保なのか!?」
家康のつぶやきに光秀はニコリと微笑んで小さくうなずきながら、主魔保を操作する。
そして、次の瞬間には真剣な顔つきで電話の相手に集中し始めた。
「殿。光秀でございます。丹羽殿が今宵の『酒の銘柄』について、御判断を仰ぎたいとのことです。……はい、かしこまりました。では私の方に全てお任せいただけるとのことで、その通りに進めます」
「丹羽殿、お待たせした。酒の銘柄は……すまぬ、しばしお待ちを」
――プルルルル!
「はい、明智光秀でございます。やあ、細川殿。岐阜に御到着されたか。では使いを出すゆえ、大手門でしばし待たれよ」
――ピポパ!
「光秀だ。大手門でお待ちの細川殿を御迎えにいってまいれ。くれぐれも粗相のないように」
――ブツッ!
「丹羽殿、お待たせした……」
と、光秀はまるで二人、いや三人いるかと錯覚させるような手際で、複数の電話を器用に使いこなしていく。
家康はそれを見ているだけで目がくるくると回ってしまった。
そしてしばらくして、ようやく全ての電話が静かになったのだった。
「す、すさまじいのう」
家康が感嘆の言葉をもらすと、光秀はふっと口元を緩めて小さく頭を下げた。
「慣れでございます。徳川殿も慣れれば、これくらいのことは何でもなくこなせましょう」
「いや、わしは一つだけでじゅうぶんじゃ。むしろ、その一つすらいらん」
「ふふ、さようでございますか。でも、そのお気持ちは分かるような気がします」
どこか哀愁を感じる光秀の口調に、家康は目を丸くした。
「ほう……わしにはお主が多くの電話を自在に操ることで、仕事を上手にこなしているようにしか見えんが」
「ふふ……そうですね。仕事をこなす量は、以前に比べて格段に増えました」
「ならばお主にとっては喜ばしいではないか」
家康はますます「解せぬ」という顔つきで光秀を見つめると、彼は遠い目をして答えたのだった。
「仕事をこなせる量が増えれば、与えられる仕事の量も増します……。そして与えられる仕事が増えれば、その分だけ重圧も増す。まるで永遠に抜けられぬ地獄へとはまっていくかのような心地なのです」
ズシリと重い口調に、家康は胃に穴があくような痛みを覚えた。
――織田家の中で生きるというのは、たいへんなことなんじゃのう……。
そう思わざるをえないような、光秀の横顔であった。
どことなく湿っぽい空気が部屋に漂う。
……と、その時だった。
家康はとあることを思い出して、かっと目を見開いた。
光秀は家康の雰囲気が変わったことに目を丸くしている。
そして家康はおもむろに『主魔保』を取りだした。
――この空気は……。殿に絶大なる信頼を置かれた同盟相手である徳川家康殿だ。きっと『主魔保』をご活用されて重要なことをするに違いない。
そんな光秀の心の声が聞こえてくるように、彼はごくりと唾を飲んで家康の一挙一動を見つめている。
家康は電話帳を見ながら、震える手でゆっくりと電話番号を押し始めた。
――ピポパ……。
そして、電話をかけた家康の口から発せられたのは……。
「あ。もしもし? わしじゃ。わし、わし」
「殿! いつ電話をくれるのかと、わらわは胸を高鳴らせてお待ちしておりました。別のおなごと仲良くしているのではと心配していたのですよ」
「そ、そんなはずなかろう!」
「ククク……そうですよね。もしそんなことをしていたなら……ククク。ソノオナゴトモドモ……」
「だ、だ、だ、だからそんなことはないと言っておるだろ! も、も、もう切るぞ!」
「アヤシイ……」
「あやしくない!」
「アヤシイ……」
「あやしくない!」
それは、『日課』である築山御前への電話であった――
ここでこれを記すと興が冷めてしまうかもしれませんが、まあ好き勝手書いておきます。
秀吉は『5冊の電話帳』。
光秀は『5つのスマホ』。
『豊臣秀吉』と『明智光秀』の違いはなんだったのか?
と問われれば、これかなぁと思うのです。
……んで、結局なによ?
と聞かれても困ってしまいます(笑)
あんまり深く考えていなかったもので。
ちなみに私は電話が大っ嫌いです。
……語弊がございました。
大の苦手なのであって、決して嫌いではありません。