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電話の達人 その一 木下藤吉郎

 家康らの訝しむような視線に気付いた木下藤吉郎は、はっとした顔になった。

 そして電話を続けたまま、家康らに向かって片目を何度もぱちくりさせて、何やら合図を送ってきている。

 その様子を見て家康は隣の酒井忠次に耳打ちした。

 

「あれは『すぐ終わるから、ちょっと待って』という合図かのう?」

「ええ、殿。『主魔保スマホ』片手にああするのが、『いまどきの若者』でございます」

「いまどきの若者か……なるほどのう」


 家康は眉間にしわを寄せながら元の姿勢に戻ると、藤吉郎の様子をうかがうことにした。


「あっ、もしもし!? ちょっと用事ができたから切るわ! まったのう! ぎゃはは!」


 木下藤吉郎はそう言って電話を切ると、先ほどまでの緩んだ表情を一変させて、素早く家康の前にひざまずいた。


「これはお見苦しいところをお見せして、申し訳ございませんでした! それがしは木下藤吉郎秀吉と申します! 徳川家康殿! どうぞお見知りおきを!!」


 藤吉郎は大声で挨拶をすると、廊下にひたいをこすりつけるように深々と頭を下げてきた。

 家康とお供の二人は、あまりの変わり身にあ然として声を失ってしまう。

 するとぱっと顔を上げた藤吉郎は、ニンマリと笑った。


「徳川殿! 一つお願いがございます!!」

「な、なんじゃ?」

「電話番号交換してくだされ!!」

「で、電話番号交換じゃと!?」


 家康が何度かまばたきをすると、藤吉郎はぐっと顔を近づけて懇願してくる。


「お願いじゃ! この通り!」

「し、しかしわしは電話はかけんし、かけられるのも苦手なのじゃ!」

「あっ……」


 と、何かに気付いたように藤吉郎の動きが止まると、可哀想な人を見る目で家康を見つめた。

 だが、その直後には再び満面の笑みに変えて続けた。

 

「大丈夫、大丈夫! 心配御無用! 電話なんてしなくても死にはしませんからのう! ぎゃはは! わしも殿に言いつけられて、『仕方なく』電話を使ってるだけなんじゃ!」


 げらげらと笑い飛ばす藤吉郎を見て、家康はこっそりと石川数正に耳打ちした。

 

「むむぅ……。なぜか無性に殴り飛ばしたい気分にかられるのはどうしてだろうか……」

「殿。ここで騒ぎを起こすのはおやめくだされ」


 数正になだめられて、ようやく口元に引きつった笑みを浮かべた家康に対して、藤吉郎は天竜川の激流のように舌を回し続けた。

 

「わしは名誉が欲しいだけなんじゃ! 『海道一の弓取り』になるかも知れん徳川家康殿の電話番号を知っているっちゅうだけで、ありがたい名誉なことなんじゃ!」

「海道一の弓取り……わしの電話番号を知っているだけで名誉……うむ。悪くないのう!」


 藤吉郎のおだてに家康の顔がほころぶ。

 そこに酒井忠次が横槍を入れた。


「殿。おやめなされ。このような者と殿が電話番号を交換したと世に知れたら、殿の恥でございます」

「そうなのか?」

「大名は大名同士、ないしは貴族の方々と電話番号交換をなさるのが基本でございます」


 酒井忠次が横目でちらちらと藤吉郎を見ながら家康に告げると、藤吉郎は顔を猿のように真っ赤にさせて唾を飛ばした。


「かぁーっ! 何を言い出すかと思えば、これだから三河武士っちゅうのは古臭くてかなわん! これからの時代、人と人の繋がりこそ、生死を分けるっちゅうもんじゃ! 今、それがしと交換しておかんと、きっと後悔するぞ!!」


 手足をばたつかせながら猛抗議する藤吉郎に対して、「どうしたものか」と顔を見合わせた主従は、一つ代案を出した。


「では、ここにいる石川数正とお主で電話番号を交換するというのはいかがであろうか?」

「むむっ!? 石川数正殿とそれがしが?」


 藤吉郎が石川数正に顔を近づけると、数正は愛想笑いを浮かべて番号の書かれた『名刺』をちらつかせる。

 なお、『名刺』は古代中国から存在していたものだが、これまで日本では使われることはなかった。

 しかし携帯電話の普及によって、名前と電話番号を記した紙片は、武士や商人たちの間でよく使われるようになっていたのだ。

 藤吉郎は、さっと石川数正の手から『名刺』をかすめ取ると、代わりに自分の『名刺』を彼の指と指の間に挟んだ。


「仕方ないのう。今日のところは石川殿との交換でがまんしとくわ。しかし、それがしは諦めませんぞ! 必ずや徳川殿と電話番号交換をしてみせまする!!」


 そう一方的に告げた藤吉郎は、その場で分厚い電話帳に石川数正の電話番号を記し始めた。


 ちなみにこの時の木下藤吉郎、つまり豊臣秀吉と石川数正の電話番号交換が、後に徳川家康の運命を大きく揺るがしかねない一大事を生むことになるのだが……。

 今ここにいる面々が、そんなことを知るよしもなかった。


 さて藤吉郎が電話帳に向かっている間、家康はとあることに気付いた。


「むむっ!? 木下殿。そう言えば、お主が腰にぶら下げた五冊の本はなんなのだ?」


 そう問いかけた家康に対して、藤吉郎は顔も上げずにさらりと答えた。


「全部、電話帳じゃ。それがいかがしたのであろうか?」

「なにっ!? 電話帳だと!? いったいお主は何人の電話番号を知っておるのだ!?」

「一冊あたり千人だから……五千をちょっと超えたところじゃ」

「ご、ご、五千だとぉぉぉぉ!!?」


 大げさすぎるくらいに仰天した家康に対して、藤吉郎は眉をひそめた。


「そんなに驚くことではござらぬ。この世には電話を持っておる者がざっと百万人以上はいると、誰かが言っておった。これからは武士や商人、坊主だけじゃなくてもっと増えるじゃろ! ならばまずは百万人の電話番号を手に入れたいんじゃ!」

「ひゃ、百万……」

「ぎゃははは!! そう青い顔をなさるな! 友人は多ければ多いほど、人生楽しいもんじゃと母ちゃんが言っておったわ! ぎゃははは!! あっ! 電話じゃ! では、またどこかで!」


 と、まくし立てるように言い終えると、彼は即座に電話に出た。

 

「おお! タゴサク殿かぁ! タゴサク殿と言えば、朝倉義景殿の家老の弟の家臣の従兄弟の足軽の友人ではないか! ぎゃはははっ! 嬉しいのう! えっ!? なにぃ! 友人の足軽を紹介してくれるじゃとぉ! うむ、うむ! ちょっと待たれよ! いま電話帳に直接書くでな!」


 家康はポカンと口を開けながら彼の様子を見つめていると、横の酒井忠次が耳打ちしてきた。

 

「こうやって、徐々に朝倉家の切り崩しを謀っているのでしょうな。見上げた根性でございます」

「な……なるほど……」

「殿もいつか『主魔保』が使いこなせるようになれば……」


 そう忠次が言いかけたところで、家康はぷくりと頬をふくらませた。

 

「わしはああはなりとうないわ!」


 そして彼は大きな足音を立てながらその場を立ち去っていったのだった――

 




 

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