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電話帳、披露!

◇◇

 

 主君の家康だけでなく、徳川家の家中の者たちも続々と浜松へと転居を終えたある日。

 重臣たちに呼び出された家康は、渋々評定の間へと入った。

 そして彼が着席するなり、家老の酒井忠次が口を開いた。

 

「殿! 今日と言う今日は、『主魔保スマホ』の活用することを決意していただきたく存じます!」


 やはりその話題か……。

 と言わんばかりに、家康は苦虫をつぶしたような顔つきをする。

 しかしそんな彼を無視するかのように、忠次と同じく家老の石川数正が一冊の本を置いた。

 その表紙には『徳川家康の電話帳』と書かれている。

 

「ちょっ! 数正! どこからそれを持ってきた!?」


 家康が顔を真っ赤にして数正に掴みかかろうとしたが、他の重臣たちが家康を抑える。

 すると数正は澄まし顔のまま、それを開いた。

 

「ごっほん。僭越ながら中身を読ませていただきます」

「やめんか!」

「えーっと。織田信長様、築山御前、徳川信康様……」


 数正は騒ぐ家康をよそに、すらすらと電話帳に書かれた人物の名前を読み上げていく。

 だが先に読み上げた三人の他は、今この場にいる重臣たちばかり。

 それもたった十名で終わってしまった。

 忠次は眉をひそめながら家康に苦言をていした。

 

「……殿……全部で十三人は少なすぎます」

「う、うるさい! わしは『主魔保』など使わんから、別にいいんじゃ!」


 まるで駄々っ子のように手足をばたつかせながら口を尖らせる家康。

 だが、数正はまだ彼の電話帳を手にしたままだ。

 家康は怪訝そうな顔つきで彼に命じた。

 

「……数正よ。もうよいであろう。それをわしに返せ」


 すると……。

 

――ぱらぱらぱら……!


 と、数正は白紙の電話帳をめくり始めたではないか。

 周囲が訝しい顔でその様子を見つめる中、家康だけは顔面を真っ青にして口をパクパクさせていた。

 そして、とある場所でピタリと手を止めた数正は、淡々とした口調で続けたのだった。

 

「……西郡局にしごおりのつぼね、おこちゃ様……ここまではよいでしょう。しかし……」


 数正が口にしたのは家康の側室たちの名だ。だがまだ続きがあるようだ。


「も、もうやめておくれぇぇ」


 家康の悲痛な叫びもむなしく、非情にも数正の言葉は続けられた。

 

「お愛、お梅、お松、お鶴……」

「あー! あー! あー!」


 必死に大声を上げて数正の言葉を妨害しようとするが、思いの外彼の声は通るものだ。

 それは部屋の外で待機している小姓や侍女たちの耳にもしっかりと入っていくと、みな笑いを必死にこらえていた。

 そして紙にして数枚、人数にすれば数十人に渡って書かれた名前を全て読み終えた数正は、ぱたんと電話帳を閉じて、家康に問いかけた。

 

「すべて殿の妾でございましょう?」


 ようやく自由となった家康は、急いで数正の手から電話帳をひったくる。

 そして涙目になって口を尖らせた。

 

「ぐすっ……。うるさいっ! だったらなんだと言うのじゃ!」


 数正は「はぁ……」と大きなため息をつくと、首を横に振りながら言った。

 

「殿……。『主魔保』がなくなったら、この者たちとのあいびきにも影響があるのではありませんか?」

「ぐぬっ……。それは……」

「それと同じでございます。『主魔保』がなければ、乱世を渡り歩いていくことはできません」

「だったら……! だったらお主らはどうなのじゃ!? お主らの『電話帳』を見せてみろ!」


 こうして家康の命令によって、重臣たちは各々の『電話帳』を披露することにしたのだった――

 

◇◇


 まず最初に披露したのは酒井忠次だった。

 

「徳川家康様、築山御前様、徳川信康様……」


 出だしこそ家康のそれとあまり変わらなかったが、彼の場合は重臣たちだけでなく、徳川家に奉公しているあらゆる武士たちの名が連なっていた。その数、なんと数百名。

 わずか数名を率いる足軽隊長や、馬一頭を管理している下級武士まで記載されているのだから驚きだ。

 その理由を忠次は答えた。

 

「いついかなる時に御出陣の命令がくだるとも分かりませぬ。そのため、誰がどこにおり、どれくらいの人数がかき集められるか、徹底的に管理するためでございます」


――おおっ!


 思わず家康も含めて、人々の間から感嘆の声がもれる。

 さすがは後に『徳川四天王』の中でも筆頭と称される忠義の臣だ。

 常に徳川家が戦に巻き込まれてもいいような備えをしているのが、電話帳からも十分に伝わってきたのだった。

 

 そして彼をかわきりに次々と重臣たちの電話帳が披露されていった。

 『商人』たちとの繋がりが強い者もいれば、『豪族』たちとの繋がりが強い者もいる。

 みなそれぞれ『得意分野』こそ違えど、百人以上の名前が記載されているのは共通していた。

 

 さすがの家康と言えども彼らの『電話帳』の充実ぶりを目の当たりにして、目を白黒させている。

 酒井忠次と石川数正の二人は「しめしめ」といった具合に顔を見合わせて微笑みあう。

 

――これで殿も焦るに違いあるまい!

 

 だが……。

 そんな二人の思惑をぶち壊しにする二人が家康の前に膝を進めてきたのである。

 それは徳川家の中でも『剛の者』として知られた名将、本多忠勝と榊原康政であった。

 

「殿! それがしの電話帳をご覧あれ!」

「殿! 俺のもご覧ください!!」


――バッ!!


 と、二人は同時に広げた。

 するとそれを一目見た瞬間に、「げっ!」と忠次は顔を青くしてしまった。

 

 本多忠勝の電話帳に書かれていたのは……。

 

「それがしは『徳川家康』様、ただ一人!!」


 そして榊原康政の方は……。

 

「俺は、『徳川家康』様と『本多忠勝』の二人のみ!!」


 そう地響きがするような大声で告げた二人。

 そのうち榊原康政が本多忠勝の方を睨み付けて吠えた。

 

「やいっ! 平八郎!! なんで俺の名前が入ってないんだ!!?」


 なお平八郎とは本多忠勝の通称である。

 そして康政が烈火のごとく怒りをあらわにしたのは訳がある。

 それは彼らが同い年の『親友』だからであり、康政としては当然、忠勝の電話帳にも自分の名前が記されているものと思っていたのだ。

 

 すると忠勝は涙を流しながら吠え返した。

 

「逆に問おう!! なんで小平太の電話帳には俺の名があるのだ!?」

「なにぃ!? そりゃお主が『心の友』、すなわち『心友』であるからに決まっておろう!」


 小平太と呼ばれた康政が忠勝の問いに答えた瞬間だった。

 

――ドゴォォォン!!


 と、忠勝の鉄拳が康政の右の頬に飛ばされたのだ。

 派手に吹き飛ぶ康政。

 なお、本多忠勝の鉄拳は、一撃で熊さえも倒すと周囲からは恐れられているほどだ。

 しかし康政はすぐに起き上がると、顔を真赤にして忠勝に詰め寄った。

 

「てめえぇ!! なにしやがる!!」

「まだ分からぬかぁぁぁ!! なら教えてやろう!! 俺の電話帳にお主の名がない理由を!!」


 そう高らかと告げた忠勝は、仁王立ちしたまま天井を見上げた。

 そして九桁の数字を口にしたのである。

 

「〇五三 五六三 一一二!!」


 それを耳にした瞬間に、康政の瞳から涙が滝のように流れ始めた。

 

「うおおおおおお! それはまさに俺の電話番号ではないか! そうか! お主は『心友』である俺の番号は『心の電話帳』に深く刻まれていると言いたかったのだな!! うおおおお!!」

「うおおおおお!! バカヤロウ!! 今頃気付いたって遅いんだよ!! 小平太を殴ってしまったではないか!」

「いいんだ! 馬鹿だった俺を許してくれ! 平八郎!! 俺も消そう! お主の名前を今すぐにここから消そう!! うおおおお!!」


 と、無駄に暑苦しいおとこの抱擁が繰り広げられる。

 そこに感動のあまり涙を瞳に溜めた家康が近寄ってきて、二人の背中をさすりながら、「うんうん」とうなずいていた。

 その様子を黙って見ていた忠次と数正は歯ぎしりをした。

 

「ちっ……余計な真似をしおって……!」

「誰だ? あの二人をこの部屋に入れたのは」


 そう小声でささやきあっているうちに、一段高くなっている上座に立った家康が堂々と宣言したのだった。

 

「三河武士たる者、電話帳に書かれた人の数を競うべからず!! 心に刻まれた人の名で競うべし!!」


――オオッ!!


 本多忠勝や榊原康政をはじめとした三河武士の武将たちが、一斉に大声で返事をすると、家康は満足そうに腕を組んでいたのだった――

 

 

 ……と、その時。

 

――プルルルル!!


 と、けたたましい音が部屋中に鳴り響いた。

 皆が一斉に音がした方を向く。

 すると彼らの視線の先にあったのは、家康の電話であった。

 

「誰じゃ? せっかくいい雰囲気になっているというのに……げっ!」


 と、家康は画面に表示された『通知』を見て顔を青くした。

 

――プルルルル!!


 なかなか電話に出ようとしない家康の様子が心配になった忠次は「失礼!」と一言告げると、家康の真横までやってきた。

 そして彼もまた画面を見た瞬間に、顔を青くしてしまったのだった。

 

「六六六 六六六 六六六……」


 その電話番号が示しているのは、後に『第六天魔王』と自らを称した恐怖の同盟相手……。

 

 織田信長であった――

 

 



オーメンか! っと自分で先にツッコミを入れておきます。

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