【閑話】龍虎の仲①
◇◇
徳川家康が主魔保の特訓にいそしんでいる頃――
小谷城陥落、さらに比叡山の焼き討ちによって北近江が織田信長に制圧されたことは、少なからず各地の大名たちに動揺をもたらしていた。
――次は当家が標的にされるのではないか……?
織田家の勢力圏の付近にある中小の大名たちはみな戦々恐々とし、どうにかして信長と『電話番号交換』をしようとやっきになった。
その目的は言うまでもなく、『大名同士の同盟関係を結ぼう』ということだ。
しかし信長はそれを許さなかった。
彼は、木下藤吉郎、明智光秀をはじめとした主要の家臣たちに、大名たちとの『電話番号交換』を命じたのである。
それは大名たちに対して、こう言っているようなものだった。
――貴様らは織田家の家臣と同格にすぎぬ。
と。
つまり信長は、大名たちに対して、暗に「自分の下につけば、本領安堵を約束しよう」と威圧をかけたのだ。
――かくなるうえは、やむを得ず……。首を差し出すよりは、電話番号を差し出した方がましである。
と、唇を噛みながら、それに従う大名もいれば、
――そんなことは断じて許さぬ! 電話番号は武士の誇り! 誇りを捨ててまで生きようとは思わぬ!!
と、敵対心をあらわにした大名もいた。
こうして情勢があきらかになったところで、岐阜城の『主魔保部屋』に家臣を集めた信長は、淡々とした口調で宣言した。
「逆らう者を排除せよ」
――オオッ!!
信長の宣言に弾かれるようにして、一斉に電話をかけ始める織田家の家臣団。
こうして彼らの終わりなき戦いは早朝から日没まで、毎日絶え間なく続けられたのだった――
◇◇
そして、同じ頃――
一人の初老の大名が電話をかける様子を、周囲に集まった彼の家臣たちが固唾を飲んで見守っていた。
――プルルルル……。
――プツッ!
「おっ! 出た! もしもし!?」
電話の相手が出たことに、彼が喜色を表すと、周囲の人々も期待に目を輝かせている。
しかし……。
「……」
――ブツッ! ツー……。ツー……。ツー……。
なんと相手は一言も発することなく、電話を切ってしまったではないか。
彼は顔を真っ赤にして、周囲の人々へ唾を飛ばした。
「ほれっ! 見たことか!! だから、あれほど無駄だと申したのだ!」
すると慌てた彼の側近が前に出てきて言った。
「な、なにかの手違いでございます! ほら! 殿も常々おっしゃておられるではございませんか! 『知らない電話番号に出るでないぞ。わしわし詐欺かもしれんからな』と」
「う、うむ……。それはそうだが……」
ちなみに『わしわし詐欺』とは、名前を名乗らずに「わしだ」と言って相手を油断させて、情報を引き出す詐欺行為のことだ。
悪だくみをする者に雇われた牢人や忍者たちの間で流行しているらしい。
「お相手様にとっても、殿にとっても初めての電話! ならばお相手様がご警戒してもおかしくはありますまい!」
「そういうものかのう……」
相手の無礼な態度に怒り心頭の男であったが、家臣の必死の説得により、どうにか落ち着いたようだ。
すると前に出ていた側近は、背後を振り返って小声で人々へ問いかけた。
「どうなっておるのだ? 謙信公が殿からの電話に出るとの約束は取りつけてるのだろうに!」
「たしかに謙信公の側近、直江景綱殿から約束を取り付けてございます!」
「では、なんで電話を『一斬り』するのだ!?」
なお、『一斬り』とは、電話に出た瞬間ないしは電話をかけられた瞬間に切る行為で、無礼とされている。
「殿! もう一度だけ! もう一度だけ謙信公へお電話をおかけくだされ! この通りでございます!」
側近が必死に頭を下げると、男は「仕方ないのう」と言いながら、しぶしぶ電話をかけ始めた。
しかし……。
――ピポパ。プルルル。
――ブツッ!
「あっ! もしもし!?」
「……」
――ブツッ! ツー……。ツー……。ツー……。
またしても『一斬り』であった――
――ガタリッ!!
突然立ち上がった男は、まるで富士山が噴火したかのように怒りを爆発させた。
「もう許さん!! 仏のごとき広い心を持つ武田信玄と言えども、ここまで侮辱されて黙っていられるか! 出陣じゃ!! 越後を火の海に変えてくれよう!!」
「とのぉぉぉぉ!! どうか! どうか、お待ちを!!」
「ええい! 信春!! 止めるでない!! わしの堪忍袋の緒は完全に切れたのだ!」
こう怒鳴り散らして我を忘れているのは、『甲斐の虎』と畏れられている武田信玄。
そして彼の電話相手であり、先ほどから一斬りを繰り返しているのは『越後の龍』、上杉謙信であった――




