電話嫌いの理由
『電話』――
それは『電話回線を通じて離れた場所にいる相手と会話ができる仕組みと端末』のこと。
もし戦国時代に無線の電話回線が存在し、『主魔保』(読み方は「スマホ」)なる摩訶不思議な端末で人々が自由に会話できたとしたら――
◇◇
元亀元年(一五七〇年)三月――
戦国乱世にあって彗星のごとく現れた稀有の英傑、織田信長。
彼は圧倒的な軍事力を背景に、尾張から美濃、南近江を制圧すると、その勢いはとどまることを知らず、ついには京や摂津を含む畿内の支配権を手中に収めた。
そして第一五代室町幕府将軍、足利義昭を傀儡とし、天下を我が物にせんと野望の炎をこうこうと燃やし続けていた。
一方、信長の出現を喜ばない者たちも少なからずあるのも忘れてはならない。
表向きは信長と同盟関係にあったが、腹の内では虎視眈々と彼の背後を狙っている『甲斐の虎』武田信玄。
足利将軍家を再興せんと義の一字を掲げる『越後の龍』上杉謙信。
その他にも越前の名門、朝倉義景。その朝倉氏と蜜月の仲であった浅井久政。
さらには将軍足利義昭など……。
後に『信長包囲網』と呼ばれるようになる反信長の勢力は、信長の動きに目を光らせていたのであった。
こうした一触即発の張り詰めた緊張が続く中、真新しい城の一室で、のんびりした男の声が響き渡った。
「あっ。もしもし? わしだ、わし、わし」
彼の名は『徳川家康』。
言うまでもなく、後に江戸幕府を作る英傑だが、この頃はまだ東海地方にようやく地盤を固めたばかりの一大名であった。
二十七歳の家康は、これまで居城としてきた岡崎城を嫡男の信康に譲ると、改築したばかりの浜松城に移ってきた。
そして、ようやく転居もひと段落した頃、とある相手に電話をかけたのだ。
すると家康の呼びかけに、女性の声がキンキンと響いてきた。
「殿! 『わし』とだけ言われても誰だか分かりませぬ!」
鼓膜を突く甲高い声を聞いただけで、彼女が気の強い人であるのが分かる。
彼女は『築山御前』という名の、家康の正室。
浜松城へ移ることなく、息子の信康とともに岡崎に住むことになったため、夫婦は離れ離れになった。
そこで、築山御前の発案によって、家康の方から電話をかけることが『日課』となっていたのである。
「なにを言っておるか!? しっかりとわしが『殿』であると分かったではないか! あはは!」
「もう……殿のお声を忘れたことなどございませぬ」
「そ、そうか! それは嬉しいのう。では、今日はこれからいろいろと忙しいのでな。もう切るぞ」
妻の甘えた声に対して、なぜか家康は焦りを覚えているようだ。
しかし彼女の方はそれに気付いていないのか、家康の言われるがままに会話を締めくくった。
「はい。また明日」
「うむ、また明日じゃ」
――ブツッ。……ツーッ、ツーッ、ツーッ……。
電話を終えた家康は、「はぁ……」と大きなため息をつくと、ちょうど手のひらほどの大きさの『主魔保』をぽいっと床に投げる。
それを見た彼の側近、酒井忠次が慌てて彼の『主魔保』を拾った。
「殿! なにをなさいますか!? 壊れたらどうなさるのですか!」
「ふんっ! わしにはそんなもん必要ないわ!」
「な、なにをおっしゃいますか!? 今や『主魔保を制する者は、天下を制する』といわれるほど、この世になくてはならぬものですぞ!」
忠次が唾を飛ばしながら家康をたしなめると、家康は眉間にしわを寄せながら言った。
「ふんっ! ならば次にかかってくる電話を『拡声』にして出てみろ! わしには不要なものと分かるわ!」
――プルルルル!
家康の言葉が終わるのを見計らったかのように、『主魔保』が鳴り響いた。
忠次が『受話』した直後に『拡声』にすると、部屋にいる家康の側近たち全員で電話口からの声に耳を傾ける。
すると恐ろしく低い声が、人々の肝を冷やしたのだった。
「殿……築山でございます。ご存じだとは思いますが、わらわのいないところで、他のおなごと戯れたりしたら……くくくっ。ゼッタイニユルシマセヌ……ククク……」
――ブツッ。……ツーッ、ツーッ、ツーッ……。
さながら猛吹雪にさらされたかのような凍てつく恐怖に、忠次は完全に固まってしまった。
そしてしばらくした後、彼はそっと『主魔保』を床に置くと、無言で部屋をあとにしようとした。
しかし、家康はそれを許さなかった。
「待てぇい! 忠次!!」
家康の強烈な一喝に、忠次はビクリと肩を震わせると、恐る恐る彼の顔をのぞく。
すると家康は、まるで捨てられた子犬のような潤んだ瞳で懇願してきたのだった。
「頼むから、わしの『主魔保』を天竜川に捨てておくれ。わしは怖いんじゃ。わしに電話をかけてくるのは、信長殿と築山しかおらんのじゃ。頼むよぉ」
と……。
これは携帯電話のある戦国時代を必死に生きる徳川家康の物語である――