ある日私に届くようになった怪文書の話
どうも、はじめまして。
私の名前は榎本綾。13歳の中学一年生です。
突然ですが、最近の私の悩みを聞いて下さい。
私の机の上に、怪文書が届くようになったのです。
事の始まりは一週間前。私はソフトテニス部に所属している為、朝の練習をする為に割りと早い時間から登校します。七時半には学校に来て、八時まで練習をして、私はその後教室に向かいます。朝練をしているのは私の部活だけじゃなく、文化部以外の運動部は皆しているので、途中で吹奏楽部にいる友達のちーちゃんと合流して玄関に向かいます。ここで外靴から中靴に履き替え、教室に行きます。
「あれ?」
私の机の上に、丸めた白い紙が置いてあったのです。とても小さく折り畳んであったので、最初は単なるゴミかと思いました。ちゃんとゴミ箱に捨てろよ!なんで私の机の上に!と私はちょっとイラッとしながらその紙を手に取りました。何重にも折り畳んだ小さな紙に、何が書いてあるんだろうと私は疑問に思い、なんとなく紙を広げてみました。
『えのもとあや様 この間はありがとうございました』
ぞっとしました。いったい何事だと、私は背筋を震わせたのです。
……。
「いや、その反応はおかしいだろ」
「なんで!?おかしくないよ、普通の反応だよ!!」
「なんでお礼の手紙貰って恐怖感じてるんだよ、アホか」
私の話を聞いていた岩崎夕佳が呆れた顔をして私を見ます。
夕佳は私の幼馴染です。運動も勉強も私よりできる賢い女の子ですが、男兄弟が三人もいるせいか、口調や仕草が男っぽいです。感じが悪いという人もいますが、私は保育園から一緒なので慣れっこです。
私は胸を張って訴えます。
「だってまっっったく身に覚えがないんだよ!?自分の知らない事に対してお礼って何!?すんごい怖い!!ありえない!!」
「ありえないのはお前の反応だバーカ!」
「あうっ!叩かなくたっていいじゃん!」
頭をべしんと叩かれて、私は叩かれたところを手で抑えて夕佳を睨みます。
「だいたい、その話をするためにわざわざ別クラスの私を捕まえたわけ?メールとかにしろよ」
「私携帯持ってないもん……直接会いに行くしかないじゃん……」
「あーそうだったな。今のご時世に珍しいタイプだったな」
「別に珍しくはないじゃん」
学校が終わり、今日は久々に部活が休みになったので私は夕佳を捕まえて、学校近くの神社に寄って話をしています。小さい頃からよく御神輿やお祭りで来る神社なので、私達にとってはとても馴染み深い神社でした。
「てか、名前が書いてあったんだろ?綾宛てだって。別に返信待ちとかじゃないんだからほっとけばいいのに」
「いや全然心当たりがなさすぎて……」
私は話の続きを夕佳に話します。
……。
謎の手紙を貰った私は、その日ずっとそのお礼に該当するような出来事があっただろうか、と考えていましたが、全く思い浮かばなかったのです。なので、私はノートの端っこを切って「人違いですよ、見知らぬ誰かさんへ」と机の上に残して帰りました。何者かが回収するかどうかは分かりませんでしたが、その時の私にできる事はそれだけだったのです。
すると、なんという事でしょう。次の日の朝、私が残したものではない別の紙が置いてあったのです。
何故分かったのかというと、紙の折り方です。私は三回に分けて紙を折って残してましたが、次の日机の上に置いてあった紙は最初と同じように何度も細かく折られて小さくなっていたのです。
私はそっとその紙を広げて、内容を読みました。
『いいえ、あやは恩人です。本当にうれしかったんです』
……。
「フルネームで様付けからいきなり下の名前の呼び捨て!!怖すぎじゃん!?ぞっとしない!?」
「取り合えず同級生ってことは絞れるじゃん。下の名前の呼び捨ては先輩だったら躊躇するだろ」
冷静に分析する前に、私の気持ちに共感してほしい。
夕佳に続きを促されて、私は渋々話を続けます。
……。
私はその手紙を貰った後も、何度もお礼に関する出来事を思い出そうとしましたが、やっぱり該当するものはないのです。絶対に人違いだとしか思えず、私は同じようにノートの切れ端に「どうしてお礼を私にするんですか?私は何もしてません」と残しました。勿論、手紙は三回に折って、また自分の机の上に置いて部活に行きました。
次の日、やっぱりというべきか、また紙は細かく折られて小さくなったものが置かれていました。私はそれを広げて内容を読みます。
『あやは私を助けてくれました。だからお礼を言いたかったのです』
私は、助けたという言葉に疑問を持ち、放課後にまた手紙を残しました。「助けた、というのは?私は何をあなたにしましたか?」と。助けたという内容が、まったく心当たりがないのです。そして、次の日。また返事が届いていました。
『その言葉の通りです。あやは私を助けてくれました』
……。
「内容を教えろよ!!なんで「助けてくれた」しか言わないんだよ!?私がいったい何したの!?具体的に教えて!!?」
「私っていうと女か?でも手紙が丁寧語だから、男でも私って文を使うのは違和感ないよな、性別の特定は難しいな」
「分析よりも私の話を聞いて!?共感してよ夕佳!!」
「聞いてるって。聞いてなきゃ分析できねーよ」
夕佳が面倒くさそうに言いますが、私にとっては大問題なのです。
「これで終わりじゃないんだよ!私は何もしてないです、お礼を言われるような人間じゃないって返事したら、『あなたは可愛い人です』とか『あなたは優しい良い人ですよ』とか誉め言葉が届くようになっちゃって!もう意味が解らない!意味が解らなさ過ぎて最早これ怪文書だわ!怖すぎる!」
「怪文書ではねーだろ。褒められてるならいいじゃん」
「そういう問題じゃないの!!」
私は夕佳の肩を掴んで強く揺さぶりながら訴えますが、すぐに振り払われてしまいました。夕佳は少し眉を顰めて、私に尋ねます。
「手紙は全部とってあるんだろ?一週間ずっと届いてたのか?」
「え、うん。捨てるのも怖かったから一応取ってある。先週は毎日……日を跨いで、今日の分も」
「相手の事とか聞かなかったの?名前とか教えてって言えばいいじゃん」
「聞いたよ、でもね……」
私は鞄から手紙を取り出しました。そのうちの一枚を夕佳に見せます。
『それは、今度直接、あなたに伝える時に話します』
「直接言いに来るって宣言されて恐怖しかない。どうしよう」
「これは確かにちょっと怖いわ」
夕佳がやっと私の意見に共感してくれました。ちょっと嬉しく思っていると、夕佳は腕組をしてうーんと唸ります。
「でも手紙が一週間前から届いてたなら、それ以前に何かあったんだろ。本当に心当たりはないのか?」
「全くないよ、本当に」
「……じゃあ最近の出来事で、こういう事があったよ、っていう話なら?」
「うーん…………あ、そういえば」
夕佳に云われて、私は思い出します。
……。
私はソフトテニス部に所属しているのですが、先月ちょっとした問題が起きたのです。
よくある話なのですが、私を含めて一年生は八名いるのですが、そのうちの二名が喧嘩をしたのです。その結果、部活内でグループができてしまい、一方的に喧嘩をしたもう一人の子がハブられる状況になってしまったのです。先輩たちもこの事に気付いていたようですが、一年の問題は一年で解決するべきだと、素知らぬふりをしていたそうです。
……といっても、私は喧嘩が起きた日は風邪をひいて部活を休んでいたので、賢かがあったことも、いじめのような状況になっている事も、まったく知りませんでした。部活に行くと、ハブられたその子は私の傍に来るようになりました。私は何も知らなかったので、その子とペアを組んで練習をするようになりましたが、グループでその子を無視していた彼女達には、私が邪魔だったらしいんです。
グループの子たちは私がその子と話をしていると、わざと私をその子から引き離してその子を孤立させようとしましたが、私は何も状況を知らなかったので、今この子といるから、と言って断っていたのです。勿論、裏切っているつもりんんて私にはこれっぽっちもなかったのですが、彼女達からしたら私の行為は裏切りだと思ったようなのです。
するとある日、直接言わなきゃ駄目だと判断されたのか、部活が始まる少し前にグループの子達は私とその子の目の前で私に喧嘩の話をして、その子が悪いんだから無視して、と私とその子を引き離そうとしたのです。
ですが、話を聞いて私は思わず言ってしまったのです。
「え?それじゃあ仲直りすればいいじゃん」
……。
「相変わらずお前空気読めないよな?」
「言わないでぇ……後からちーちゃんにも言われたから……」
思わず顔を両手で覆った私を夕佳は冷たい目で見てきます。この話をした時に、ちーちゃんにも同じような目で見られたことを思い出してしまいました。意外と傷つくのでやめてほしい。
だって、純粋に喧嘩したなら謝って仲直りした方がいいに決まってるのに!いじめみたいな事する方が後で面倒臭いじゃん!……頭で考えたことをそのまま口にしてしまうのは、私の悪い癖なのです。
「それで結局どうなったの?まだ冷戦中?」
「いやなんか、もういいって言われて、今は皆普通に仲いいよ。クラスが皆違うから本当に仲直りしたのかは解らないけど、部活では普通に会話してたから」
「結果としては解決したんじゃん。もしかしたらその子じゃないの?仲直りのきっかけをくれたから、とか」
「え、嘘、直接言って!?なんで怪文書で言うの!?」
「だから怪文書じゃねーって。まぁ知らないけどさ、でも素直に謝れない子とかお礼を言えない奴とかは手紙使うだろ」
「それくらい直接言えよ!!照れ屋かよ!?」
「照れ屋なんだろ。名前が書いてないぐらいなんだから」
夕佳はやれやれと肩を落として私を見ました。
「他には何かないの?」
「えー……」
「ほれほれ、頭捻って思い出せ。お前絶対他にもやらかしてるだろ」
「やらかしてるって何!?問題児みたいな言い方やめて!?」
「いいからはよしろ」
「うー、あー、……先週…じゃないな、それよりもうちょっと前だ」
私はうんうんと頭を揺らしながら、その時の事を思い出します。
……。
その日の掃除の時間の事でした。私達のグループは男女三名ずつの合わせて六人グループで、教室の掃除をしていました。私は黒板の掃除をしていて、他の子は箒や机運びなど各自やることが決まっていたのですが、その日は何故か掃除中に喧嘩が起きたのです。
掃除の時間って、基本的に皆そうだと思うんですけど、掃除をしている間友達と喋ったりしますよね。うちのグループでもそうだったし、私も掃除をしながら軽く喋ったりもしてしました。けどその日は何故か、同じグループの女子二人が同じグループの男子を何やら責め始めたのです。遊んでばかりで掃除してない、とか、静かに黙って掃除もできないの、とか。余りにも突然だったので怒られていた男子たちはきょとんとしていましたが、お前らだってしてねぇだろ、と男子の一人が反抗すると、女子二人は更に男子を責めるのです。女子って怖い。
私はその騒動を横目に黒板を掃除していました。すると、何故か女子二人は私の方を見て、私からも何か言ってやって、と言い出したのです。然し、私は矢張り空気が読めてなかったようでした。
「え、いや掃除の時間だし、そういうの後にしてよ。掃除終わらないから反省会にやろう?」
……。
「お前本当に馬鹿だなぁ……」
「やめて……そんなかわいそうなものを見る目はやめて……」
思わず鞄で壁を作って、夕佳の視線から逃れようとします。夕佳は大きく溜息をつきました。
「だって、正直あの二人だって喋ってたし、掃除の後に反省の時間あるんだからその時でいいじゃんって思って……掃除の手が止まってたんだもん、さっさと終わらせたいじゃん……」
「だからってそのタイミングでいうか?どう考えてもその二人が悪いって言ってるみたいに聞こえるんだけど」
「私はそんなつもりは…!だって!掃除!」
「ハイハイ。それで?どうなったのそれ」
「女子二人からは未だに無視されてるけど、掃除の時間は皆静かにやってくれるようになったよ。グループの男子とは仲良いから今のところ問題ない。寧ろ逆にあの二人が孤立してるみたいになっちゃってる」
「アンタ空気読めないけどコミュ力は高いもんね」
「男子たち、爆笑してたからね……笑い事じゃないんだけど……」
夕佳がこめかみに指を当てて軽く叩きます。夕佳の癖で、面倒臭くなってきた時に出るものです。
「他は?それだけ?」
「後はもうないよ、生徒指導室に呼び出されたくらいしか……」
「待てお前いったいなにした?何をやらかした?」
「私じゃないし!関係ないし!」
「いや今までの話を聞いててやらかしてないって言われても信用できない」
「ひどい!本当に何もしてないんだってば!」
何故か夕佳の中では私が何かをやらかした事になっていて、私は慌てて弁解します。
……。
一週間程前の事。私は放課後に図書館へ本を返した後、部活に向かっていました。その途中で、私は同級生の女子が泣いているのを見かけました。
その子はうちのクラスにはいない子で別のクラスでしたが、何度か廊下で見かけたことがあったので同級生だという事は知っています。その子は泣きながら何かを探しているようで、何故か靴を履いていませんでした。靴下のまま、外の花壇付近を歩いていたのです。
いったい何をしているんだろうと思わず足を止めました。思わず周囲を見渡してみると、私は自分の近くの花壇の雑草の中に隠されるように置いてあった外靴を見つけました。もしかしてあの子の探し物はこれかな、と私はそれを手に取って、その子に渡したのです。すると、その子は更に泣き出して、ありがとうと何度もお礼を言いました。私は驚きながら、その子にハンカチを渡して、取り合えず何があったのかと尋ねました。しばらく話を聞いていると、どうやら彼女はいじめを受けていたらしいのです。
……。
「……で?」
「凄い泣いてたから面倒臭くなって職員室まで連れてった。後は先生に頼って、って丸投げしようと思ったのに、先生に生徒指導室まで呼ばれて事情を説明させられた」
「お前空気読めない上にお人好しかよ」
何故か疲れたように肩を落とす夕佳に、私は思わず首を傾げます。
彼女がいじめを受けていたとして、クラスの違う私にはどうしようもない話です。何もできないので職員室で先生に頼ることは普通の行動だと思います。先生は真摯に聞いてくれましたし、その後私は全部先生に丸投げしたので、いじめがどうなったかは知りません。けれどこういう問題は他クラスの私には関係ないので、解決する為には先生や当事者が頑張らなければならない、と私は考えたのです。だから特に間違ったことはしてないと思うのだけれど、夕佳の反応が気になって私は目を瞬かせました。
夕佳は大きな溜息を零した後、ぼそりと呟きました。
「ていうか今解ったわ、やたらとそいつにお前の事聞かれるのそのせいかよ」
「え?」
「そいつ、うちのクラス。うちんとこの不良グループがそいついじめてたんだけど、最近先生がなんかそいつらに指導したらしくていじめは収まったんだよ」
どうやら、あの子は夕佳と同じクラスだったそうです。知らなかった。
けど、と夕佳は私を睨んできました。
「そいつが最近、やたら私に引っ付いてきてアンタの事聞いてくんの。クラスとか好きなモノとか誕生日とか色々」
「は!?なんで!?」
「アンタのおかげでいじめが止んだとか、助けてくれたからって言ってた」
そこで私は怪文書の存在を思い出しました。あの手紙には、助けてくれたという文章が何度もあったのです。
「怪文書の正体!!」
「あー……あと、直接お礼がしたいとかなんとか言ってたな。その時にお前の好きな物とか渡したいらしくて、他の奴にも綾の情報を聞いてるらしいけど、あまりにもそいつが綾に対して好意を持っているせいでうちのクラスではお前とそいつに主従関係でもあるんじゃないかって思われてる」
「風評被害にも程かある!!否定してよ!?全く知らない子だし!!」
「そんな事があったなんて知らなかったから否定もできなかったんだよ。まぁ近々直接お礼しに行くって言ってたから、たぶん近いうちに綾のとこ行くわ」
「やだ怖い!ていうかもうお礼もらってるからいらないよ!断って!」
「無理。ていうか私も迷惑してたし、休み時間にやたら引っ付かれる私の身にもなれやお前のせいだぞ」
「え、ごめん……いや私悪くなくない?なんも悪いことしてなくない?」
「うるせー馬鹿。お前なんか怪文書に悩み続けろ」
「やめて!!ただでさえ直接会いに来られるかと思うと胃が痛いのにやめて!!」
頭を抱えた私に対して、夕佳は何故か愉快そうに笑いだしました。
「まあ好意は素直に受け取っとけよ。近々逢いに来てくれるってんだから、その時に文句言うか、明日の返事でせめてもう手紙はいらないとでも言っとけ」
「そうするぅ……!これ以上怪文書に悩まされたくない……」
「怪文書は取っとけよ、今度でいいから全部読ませろ」
「捨てられないよ……犯人解っても、捨てたってバレたら何言われるかわかんないし……」
「ハハ、乙。ほら、もう今日は遅いし、帰るぞ」
そう言って夕佳が立ち上がりました。気付けば陽がすっかり傾いていて、辺りは薄暗くなっていました。私は慌てて手紙を片付けて、夕佳と一緒に神社を出て家に帰りました。
……明日の怪文書の内容が何であっても、もう手紙はいらないと返事を書こう。
そう私は心の中で決意しました。
……。
あーどもども、よっす。
私は岩崎夕佳、綾と同じ中学一年生で、綾の幼馴染。
さて、勘の良い人ならもう既にお気付きだろうけど、綾のいう怪文書の正体はいじめられていた女子生徒じゃあない。断言してもいいよ。
確かに時系列で考えれば、一週間前に彼女が綾に助けられ、綾に手紙が届く。彼女の発言も手紙と一致しているので、彼女が犯人だと考えなくもない。
然し、彼女が犯人であることは有り得ない。
何故なら、彼女は私に綾の事を聞く際に、クラスについても尋ねているからだ。彼女は綾の事は知っていても、クラスまでは知らなかった。つまり綾のクラスを知らない彼女には手紙を、彼女の座る席に届ける事は不可能なのである。
これでいじめられっ子はシロと証明できた。ついでに、同じ考えで綾の部活仲間も除外される。彼女達も皆クラスが別々だ。その上、毎朝早い時間からある練習や、放課後にも部活がある為、綾だけでなく綾のクラスメイトの誰にも気づかれずに手紙を回収したり届ける事は不可能だ。だから彼女達に、犯行を行う事はできないと断言できる。
では、誰が犯人なのか。簡単な話である。
それは、綾と同じクラスで同じグループの、女子二人に反抗した男子生徒だ。
相手が二人だったとはいえ、激しく責め立てられた時に綾だけは、悪気はなかったにしろ、その二人が悪いというような言葉を発して彼を庇ったのだ。綾にその気がなくても、彼からすれば助けてもらった事になる。お礼を言いたかったんだろうけど、残念ながら綾は今どき珍しい携帯を持っていない奴だ。同じクラスメイトならきっとその事は知っていただろう。けれど言葉で直接お礼をいうのは、その女子二人の存在や他のクラスメイトもいる手前、言いにくかったのだろう。だから少々古臭いが、手紙という形でお礼をした。名前を書かなかった理由は、解るだろ?直接お礼も言えないような奴だから、恥ずかしかったんだろう、きっと。
……まぁでも、手紙の内容を聞いた時点で、なんとなく察していたけれど。
直接伝える時に話す、と本人は手紙に書いたそうだし、私からは綾に何も言わないでおく。言ってしまったら、楽しみが減ってしまうから。
……お礼を言いたいだけの男が、可愛いだなんて気軽に言うだろうか。
さて、綾は気付いているんだろうか。
手紙には、直接伝える、と書いてあるけど、お礼の事だとは一言も書いていないのだけれど。
綾はいったい、どんな反応をしてくれるんだか。