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序章

 目の前には黒いとんがり帽子をかぶって、長く白髭を生やし、重苦しい紫色のローブを羽織った高齢の白人男性が。

 一言で形容するなら……というか魔法使いという言葉以外存在しないような人間だった。

 そして俺の周りには、蛍光塗料で書かれたように光っている円形のサークル……というかこれも魔方陣としか表現できないものが。鼻に伝わ臭いも東京とは全く違い、牧歌的かつ何か香水でも撒いてるんじゃないかと思えるような、ひどく変わったものだった。

 どうやらあらゆる前提を完全にすっ飛ばして俺は異世界に召喚されたらしい。

 日頃そういうライトノベルを読んでいるせいか、自分でも信じられないほど冷静に、「現実にそういうこともあるんだなあ」目の前の出来事受け入れられた。

 男は俺に手をさしのべ、俺には理解出来ない言語でなにやら呟く。

 すると俺の首周り光の輪が現れ、そしてすぐに消えた。

「私の言っている言葉が分かるかね?」

 男ははっきりとした日本語でそう言った。

 どうやら今のは言葉を通じるようにする魔法だったらしい。

 俺は「はい」と素直に答え、とりあえず尻餅をついたままだったので立ち上がる。

「いきなり召喚して済まなかった。まずはそれを謝罪しなければならないな」

 男が意外に素直に頭を下げたので、平均的な日本人の俺は迷惑を一方的にかけられたというのに「いえ、別に……」と思わず言ってしまった。

 それで言質を取られたというわけでもないだろうが、「そうか、ならばよかった」と男は、かなり早く下げた頭を元に戻した。

 もしゲームやライトノベルに興味の無いオタク的な素養のない人間だったら、この状況がすぐに受け居られず慌てふためいただろう。しかし、幸いにも俺は中学生時代にしっかり()()を受け、それなりの下地があったので、すぐに質問をすることもできた。

「えっと、ところでなんで呼ばれたんですか?」

「まあそれは至極当然の疑問だな。有り体に言えば呼ぶことが自体が目的なのだよ」

「呼ぶこと?」

「そう。これはあくまで召喚魔法の実験なのだ。別に君に何かをして欲しいと思ってここに呼んだわけでは無い。今まで召喚魔法で呼び出した者は人間それ以外を含めてもう100はくだらないだろう。その中でも君は非常に呼びやすかったよ」

「それは……」

 喜んで良いのか悪いのか。

 よく見れば石造りの部屋の壁には現実の世界の動物では絶対につけられないような爪痕や、火事でも起こったようなコゲあとがあった。更に目を懲らすと、赤黒くなった染みもある。ひょっとしたらこの香水のような臭いは、それら諸々の悪臭を誤魔化すためかもしれない。

 そう考えると、俺も対応次第では即首でも切られた可能性があったんだなと今更ながらゾッとした。

「とはいえ、君は今まで呼んだ者達と一点だけ決定的に違うことがある」

「違うこと?」

「ああ、それは魔力が全くないということだ」

「ですよね……」

 俺はすぐに納得した。

 ここまであからさまなファンタジー世界だと魔力のない人間の方が珍しいのだろう。

 ()()()()()()が存在する前提を否定する気のない俺は、すんなりとその話を肯定することができた。

「まあ俺の世界じゃ魔力なんて一切使いませんし……」

「魔法が存在しない世界、か……。ふむ、それは興味深いな。我々にとってそれは、文明さえ起こる余地すらないと思える状況だ。しかし君を見る限り、君の世界から非常に高い知的水準が見られる。これはいったい何故か……」

 男は顎に手を当て、なにやら一人ぼそぼそとしゃべりながら考え始める。

 俺はそれを黙って見ていた。

 今更何を言ったところで意味があるようには思えない。

 現代化学の知識を使って云々という状況に憧れてはいたが、目の前の男を見るととても付け焼き刃のそれが通用するようには思えなかった。

 いちおうスマホは持っていったが、ネットも使えない世界で何の役に立つというのか。これなら学校帰りということで持っていた諸々の教科書類の方が役に立つだろう。

「……実は害が無ければそのまま帰って貰うつもりだったが」やおら男は言った。

「是非君とお互いの世界について色々話してみたくなった。もしよかったらしばらくここに居てくれないかね?」

「……いいですよ」

 少し考えて俺はその提案を受け入れた。

 今現在高校3年生で受験のことばかり考えている俺だが、この経験は1浪に値するとも思えた。いやですと素直に帰ってはもったいなさすぎる。

 俺の返事に男は満足そうに頷いた。

「ならばお互い自己紹介しなければならないな。私は山田という、職業は教師だ。君は?」

「……俺は鈴木と言います。高校3年生です」

 山田さんのあまりに外見と合わない名前に少し肩すかしを食らいながらも、俺は自分なりにしっかりと答えた。

「コウコウサンネンセイ……」

 山田さんは難しそうな顔をする。

 その片言の返事で、俺はすぐにその理由を察した。

「ああ、学生です。えっと教師があるならこっちの世界でも学生って言葉はありますよね?」

「なるほど、学生か。ということは君の言うコウコウサンネンセイは、私の世界で言うところの何らかのランクのようだな」

「よく分かりませんけどそんな感じじゃないでしょうか」

「ふむ……興味深い」

「俺もこっちの世界にとても興味があります」

「ならば交渉成立だな」

「はい」

 俺と山田さんは握手を交わした。


 こうして魔法使いも転生したオタクの男子高校生もいるのに、別にモンスターと戦ったりもお姫様を助けたりも戦争に巻き込まれたりもしない、まったりとしたい異世界生活が始まった。

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