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テロリスト序  作者: アカイロトウマス
3/5

<1>

「これからはどのような兵器が登場するのか、興味ありませんか。」

「あんまり。」

桐谷は頷く。

「TTKはこれからのを兵器を模索しています。ニーズがどのように変化しているか常に考えています。」

「商売熱心ですね。」

「当然です。」

あたしの嫌味を無視して桐谷は答えた。

「今回の依頼は新兵器のテストです。ちょうどTTKに試作品があり、これが今後のニーズに堪えられるか確認したい。また、有事に対する日本政府の対応も見てみたい。こちらは海外の希望によるものですが。」

あたしは聞き返す。

「新兵器の実験?大規模な工作や難しい作戦はあたし達には不可能です。」

「勿論です。」

そう言って、先ほどの小さなビニール袋を取りあげる。気がつかなかったが小さなビニール袋にはジップロックの様なチャックが付いていて、中に2、3個の小石みたいなものが入っている。

「なんですか?」

差し出されたビニールを受け取る。小石のような黒い物を薄明かりに照らし見てみると、小さな貝だった。

「試作品2918です。」

“ニクイヤ”多意味な名前だ。憎いや?肉嫌?菜食主義のイメージが湧く。

「淡水性の巻貝です。これを蛍のいる渓谷や小川に放流してください。」

「蛍?」

意外な場所に新兵器だ。

「これは試作段階の生物兵器です。機能を発揮する環境が限られます。」

「これが人間を襲うの?」

「機能については言えません。ただ、素手で触ったり、放流した水に触れないようお願いします。」

「毒をだすのね?」

「………。 」

それには答えず、桐谷が言う。

「試作品2918はロッカーに中にあと数点あります。それをポイントに放流してください。試作品についてお話しできる事はここまでです。」

桐谷の水割りが薄まっていた。あたしは新しく造る。

「こんな目立つ場所に座って、その試作品までを持ち出して構わないんですの?」

ここは店内のどこからでも見えるお立ち台だ。

「構いません。むしろ、抑制力が働きます。」

新しい水割りに口をつけ、桐谷が言う。

「抑制力?どういう意味ですか?」

情報として肉嫌い克服のヒントをつかまなくてはいけない。あたしは会話を引き延ばす。桐谷は、時計を再度確認し、言った。

「その前に、タクシーを呼んでもらえますか?異なるタクシー会社の車を2台。もちろん料金はその分、お支払いします。」

あたしは黒服君を探した。タイミング良く現れた黒服君。言われた通りにタクシーをお願いすると、「10分程で到着するそうです。」と報告も忘れない。この子は気転の効く働き者。今まで気がつかなくてごめんね。

「今回お願いする理由は、例の薬が海外で評判になり、TTKの名前が表面に出てしまいました。日本政府にも知られてしまい、私も多少有名になったようです。」

そう言って桐谷はグビグビっと水割りを飲む。あたしもすっかり薄まった水割りに口をつけた。グラスはまだ冷たい。

「私が持っている情報等を多くの組織が狙っています。もちろん私自身も狙われています。もし、私が隠れていて、見つかった場合、どうなるでしょうか?もちろん、殺されますね。簡単に。」

桐谷は続ける。

「しかし、同時に複数の組織に見つかった場合、どうなるか?ここに抑制力が働くのです。みんなが狙っている最後のケーキと同じです。不思議なものですね、人間の心理っていうものは。」

舌足らずな説明だが何となく肯ける。この店の情報、あたしの情報、やはり最後のケーキだろう。

「これからの時代は人間の“心理”がキーワードです。兵器には大量破壊、大量殺人の効果はいらないというのがTTKの判断です。では、何が必要な効果か?そのヒントが歴史の中にありました。」

「なんですの?」

歴史はあまり好きでない。どこの国でも争いばっかりだ。「食いものよこせ、カネよこせ、よこさねば喰ってやる~」人間なんて昔話の山姥でしかない。桐谷はあっさり答えた。

「感情です。」

「感情?」

「人間の持つ感情ですよ。人間は感情最優先で行動します。それはモラルにも教育にも勝ります。感情はすさまじいエネルギーですよ。」

「………。 」

素直に頷ける。

「どんな時代も戦争のきっかけは“欲”という感情でした。」

政治家の“欲”、山姥の“欲”戦争を起こす“欲”。人間は妖怪だ。

「欲とこの貝の関係を知りたいわね。」

桐谷はじろりとあたしを見た。

「最後に一つだけ試作品2918についてお伝えします。この試作品は“欲”でなく“恐怖”を作ります。」

例の女の子が再び通り過ぎる。彼女に意識的な動きを感じた。黒ガラスの向こうにある桐谷の眼が再び追っている。

― ?! 。

気持ちが会話から離れた。

途端に鼓動が速くなり、忘れていた熱さがよみがえってくる。頭も疼きだした。治まった頭痛の再発だろうか。

「恐怖には2種類あると思います。未知の物に対する恐怖、かっての恐怖を再体験する恐怖。この恐怖から逃れるため、人間はどんなことでも行いますよ。」

「失礼します。」

黒服君が近寄る。タクシーが一台着いたそうだ。待たせておいてと伝える。頭の疼きは広がり続ける。

「兵器は殺人兵器です。しかし、抑止力でもあります。一方しか持たない兵器は殺人兵器ですが、双方にある場合、抑止力となります。世界はまだ原始的です。世界各国のバランスは簡単に崩れます。TTKは兵器供給でそのバランスを取り、世界的な混乱を防いでいるのですがね。」

再度、黒服君が近づく。まとまった現金を置き、立ち上がる桐谷。

「わかりました。少し、お時間いただきますが、お受けいたします。」

あたしは答えた。共に立ち上がる。

桐谷は無表情で、「お願いします。」とぼそっと呟いた。あたしの視界の隅に立ち上がる人影が見えた。さりげなくフロアを見渡すと、人影は2、3ある。その時、タイミング良く白色光線が店内を走った。

見慣れない男達がちらりちらりとこちらを窺っているのがわかった。あたしはスタッフに目配せをしようとフロアを探す。スタッフがいた。指示を待つようにあたしを見つめ、カウンター際に立っている。彼らの顔を見る。彼らもあたしの顔を見る。そして、視線を合わせると心得た彼らは行動を開始するハズだった。

しかし、今夜はいつものように視線が合わない。

― なんだ? 

彼らの視線はあたしを飛び越えている。とたんに、背中に冷たさを感じた。あたしは振り返った。桐谷が背後に立っている。顎がかすかに動き、何らかの合図を今、した。浮かび上がった頭頂部にちょっと長めの毛が一本、ゆらゆらと揺れている。


「ここで結構です。」

見送りを断った桐谷をあたしは丁寧なお辞儀で送り出した。とっさにあたしは裏口から抜け出した。

頭痛とは異なる違和感、嘘のように冷えた体。

それらが行動を起こさせた。2台のタクシーで消えたのは、桐谷の関係者だと思われる2人のお客。桐谷本人は黒髪の子とミニクーパーで消えた。

あたしは少し離れた場所でそれらを見ていた。あたしの冷え切った手にはポーチしかない。ポーチには封筒と桐谷が置いて行った現金、そして2918が入っている。それらを乱雑に詰めてから3分も経っていない。頭の疼きは少しずつ広がる。あたしはタクシーを止めた。

「錦糸町へ。」


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