004
夜七時、僕は居酒屋にいた。
そこは駅前にある小さな居酒屋。
既に集まっていた先輩が、酔っていた。
僕らは二つのテーブルを貸しきっていて、十人ほどの人数のグループだ。
僕の今所属しているスキーサークルのメンバーが、一人を除いて全員揃っていた。
「おお、ヒロも来たか。のめのめっ!」
いかにも大学生より十年上に見えたヒゲの先輩が、僕に酒を勧めてきた。
「はい、どうも先輩」
「ヒロは全然、飲みっぷりが足りない。二十歳になったよな、ヒロ」
「ええ、八月誕生日だけど」
「いいんだよ、大学二年だろ」
「先輩は来年、卒業っスよね」
「おうとも。今年の大学対抗戦は勝たないとな。
俺らの代は弱小と言われたけど、去年は準優勝だしな」
顔の赤い先輩が、酔っ払って僕に絡んでくる。
体はかなり大きいし、酔わなくても少し苦手なタイプだ。
「特にライバルの西大には、負けらんねえな」
「そうそう、西大ぶっ倒せっての」
先輩たちがガハハっと豪快に笑う。
僕はそんな先輩たちを見ながら、手渡されたビールジョッキにちょっとだけ口をつける。
二十歳を迎えて、初めてのビールは苦い。
そんな僕の隣には、金髪の同級生がやってきた。
「あれ東原は?」
「東原はテニサーにいったとよ。あいつ掛け持ち組だろ」
「ああ、そうか」
「にしても、ようやくシーズン開始の決起集会なのに来ないとかありかよ?」
「決起集会って、実際行くのは来月だろ。まだ雪は北海道でも降っていないし」
「でもシーズン間近だし、テンション上がるわ~」
「ええ、まあ……」
テンション高い同級生に、僕は適当に返事をした。
酒がほとんど入っていないせいか、テンションに温度差があった。
「それに、今年の合宿先新潟だぜ。確か魚沼市ってとこ、ヒロは新潟だったよな」
「マジっすか?」僕は急にテンションを上げて返事した。
「ああ、マジ。魚沼は、四年前も一回合宿したし。
対抗戦先の学校も、新潟でキャンプするから」
「それはすごいね」
「なあ、ヒロ。魚沼の雪って深いのか?滑りやすいのか?」
「うーん、去年の長野の雪よりは雪あると思いますよ。
毎年冬になると、学校サボっていつも山でスキーしていたし」
「おお、そうか。だったらヒロに案内してもらおうか。
うまい食べ物とか、新潟ってコメしかイメージないからな」
太った先輩が、食べ物の話を聞いてきた。この先輩、太っている割に、スキーがかなりうまいのだが。
「いいですよ、何を期待しているか……」
「新潟は美人多いのか?」
「はあ?」食い気味に聞いてくる、髪を金髪に染めた同級生。
「なんつーか、雪国って美人多くね?」
「美人なんか」
「美幸ちゃんとか」
金髪の同級生が言うと、僕は顔を赤くした。
「み、美幸は……」
「ヒロの幼なじみ……ていうか彼女だよな。
そうだ、合宿に美幸ちゃんも呼べよ」
「それはできない」
「あ、なんでだ?」
「あいつは新潟に帰りたくないんだよ……あっ」
美幸の顔を思い出すことで、僕はあることを思い出した。
それは、夕方のキャンパスで美幸が言おうとしたことだ。
それと同時に、僕は財布の中を覗いた。
「なあ、駅ビルのデパートって何時まで空いている?」
「うーん、夜八時までだっけ?」
「そっか」僕は店内の時計を見ながら、立ち上がった。
「ごめん、今日急用あるから早く帰ります」
「お、おう」
そう言いながら、僕は財布から千円札を二枚同級生に手渡していた。
そのまま、そそくさと先輩たちに挨拶をしながら居酒屋を出ていった。