013
この村はララーはという名前だ。
僕がやっていたゲームの中に、同じ村は存在していた。
ゲーム『ユーベル ファンタジア』では、シナリオ序盤にたどり着く初期の村だ。
だけど、ゲームの中では単にゴブリン討伐をするだけだったはず。
特別大きなイベントもないし、印象にも残らない。
そんな僕は、ララーの村のほぼ真ん中にある酒場に来ていた。
この酒場は、広く感じた。客席は三十席ほどだ、ファンタジー世界の標準規模はわからない。
だけど、人がほとんどいないので空席が圧倒的に多い。
バーテンダーを除けば、見たところ端のテーブルを占拠している一人しか客が見えない。
「ニクシー。ここは酒場だろ。誰もいないし」
「そうじゃよ、じゃがここが、お主にとって大事なのじゃ。お主の強さの秘密になる」
「言っている意味がわからないが?」
「なあに、そんなに難しくはない。
ほれ、お主は石板という名のスマホを持っておるだろう」
「スマホ?」ファンタジー世界ではない現代文明の通信ツールの名を、いきなり口にしたニクシー。
「えと……スマホは……」
「着替えた時に出てきたじゃろ。スマホ」
小さい女の子ニクシーが、僕の周りをぐるぐる飛び回った。
「えと……あった」ズボンのポケットに、確かに僕のスマホが入っていた。
「スマホはあるけど。でもここは電波が……あれ、繋がっている」
スマホの画面には、多くのLINEメッセージが届いていた。
「この酒場には、実はWIFIがあるのじゃ」
「うそっ、マジ?」ニクシーの言葉に、酒場の店内を見回す。
するとよく見ると、居酒屋何かにある『WIFIあります』の看板が見えた。
「ほんとだ」
「WIFIというのは、そちらの世界から引っ張ったもので……事情はいろいろあるが。
そんな世界状況はいい、WIFIこそがお主が『石板の騎士団』の団長の証なのだ」
「え、だから……言っている意味が」
「『ユーベル ファンタジア』のアプリがあるだろ」
「勿論、僕のスマホだからね」
スマホ画面の『ユーベル ファンタジア』のアプリをタッチした。
アプリが起動して、ホーム画面が出てきた。
本来なら、僕が五年間かけて育てた騎士団が出てくるはずだが。
「あれ、僕の騎士団がなくなっている」
「そうじゃ、お主はこれから自分の騎士団を作るのじゃ」
「どうやって?」
「それはじゃな、カメラ機能が付いているじゃろ」
「ああ、あるけど」
「ちょうどよく、そこに冒険者風の男がいるよな」
「うん」僕のいるテーブルから随分離れた場所に、一人の男が酒を飲んでいた。
若くて目つきの悪い男で、頭にバンダナを巻いていた。
軽い革の鎧を身にまとい、腰に剣を携えていた。
「いるけど、それがどうしたの?」
「かの者を、スマホのカメラに撮るのじゃ」
「いいの?」
「かまわぬ、ここの人間は写真のことを知らない」
僕はスマホを構えて、彼の顔が入るように覗き込む。
言われたとおり、彼をスマホのカメラで撮った。
パシャリと音がすると、冒険者風の男は音に気づいたらしくこちらを睨む。
目つきが怖い。明らかに威圧した目で僕を見てきて、立ち上がった。
「何をした?」低い声でドスのきいた声だ。
「いや……大したことはしていません」
「あんまジロジロ見るな」
「は、はい」
「それと、そこの樽」男が僕ではなく、少し後ろにある酒樽に気づいた。
正確には、そこにさっきまでなかった酒樽があった。
あからさまに違和感のある酒樽。
男に言われた瞬間、酒樽から小さな足が生えた。
「おわっ!」
「ラジノさん、どうしても協力してくれないんですか?」酒樽から声がする。
その声は小さいけど、女の子の声だ。
「無理だろ、諦めろ。ガキが」
僕を挟んでラジノという男と謎の酒樽が、会話していた。
「災いの残り滓ですら、俺たちはどうしようもできない。
知っているだろ、スカーラ街道は一年前に死んだって。
奴がずっといる以上、俺たちはこの村から出ることはできない。理解しろよ」
ラジノは厳しく言い放って、立ち上がった。
僕を無視して、ラジノは僕の後ろにあった酒樽に歩み寄る。
そのまま酒樽を乱暴に持ち上げた。
中にいたのは小さな女の子。
長く黒いローブに、栗色髪のショートボブの女の子は、身長と同じぐらいの長さの杖を持っていた。
女の子の体がかなり小さいので、杖が大きく見える。
「諦めろ」最後に女の子に無情な捨て台詞を残して、ラジノという男は去っていった。
取り残された女の子は、途方にくれた表情で半泣きしていた。
「あの者も、とりあえず写真を撮るのじゃ」
「えと……そうじゃなくて」
「撮るのじゃ、ここに来る酒場の人間は普通ではない。大体が冒険者じゃからな
そのことが、今のお主にできる唯一のことじゃ」
ニクシーが強く言うと、なんとなく僕は泣き出しそうな女の子をカメラに撮っていた。




