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仮面の娘  作者: 桜ノ宮
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第九章 揺らぐ心 その一

 のちに、ディオルンの聖なる戦いと呼ばれる争いに終止符が打たれたのは、それから一週間後のことであった。

 この歴史的な勝利を収めた背景にはもちろんバーラントによる協力が大きかった。

 ユートンによって、肉体だけでなく精神まで痛めつけられたバル・ドゥーラの王は、彼の弟の嘆願によって帰されることとなったが、王は精神を病み、二度と責務に復帰することはなかった。

 敗戦したバル・ドゥーラの王族は、その地位を剥奪され、貴族としてなら留まることを許された。新しい指導者がアルトランディアから派遣されたが、バル・ドゥーラの民はその地を蹂躙されることなく平和な生活を送っているという。

 大国バル・ドゥーラを支配下に置いたことで、アルトランディア国の領土は近隣諸国を遙かに上回ることとなった。これで、おいそれと攻撃を受けることはなくなるだろう。

 無敵と称されたバル・ドゥーラ大軍を打ち破り、中立国バーハラントの加護を受けるアルトランディア国の名は一躍大陸中を駆けめぐった。バーハラントが手に入らないのなら、なんとかアルトランディアを味方につけようと各国の思惑がひしめく中、ユリアはまだディオルン城に留まっていた。

 というのも、天神の力を使って、怪我人たちを癒していたからだ。

 兵士だけでなく領民の犠牲者も多かったが、アルトランディア兵による活躍で被害は最小限に抑えることができた。


「ユリア、少し休んだら? 顔色が悪いわ」


 太陽の下でしっかり渇いた敷布を取り込んでいたファルファーナは、ふらりと傾ぎそうになったユリアに気づくと、支えるように背中に手を当てた。


「いいえ、まだすべての人を癒したわけではないですから」

「あら、少しくらい怪我をしていても、人間死にはしないわ」


 からりと笑ったファルファーナは、本当にあのふわふわとした無垢なファルファーナだったのかと疑いたくなるほど快活だった。

 あの一件が、ファルファーナの内気で純粋だった性格まで変えてしまったらしい。

 聞けば、ファルファーナは伯爵夫人が使用していた眠り薬を葡萄酒に入れて、敵兵や伯爵に飲ませたらしい。それだけでも驚きだというのに、それがばれてディオルン伯爵から折檻を受けたあとは、使用人たちとともに戦ったというから信じられない。


「わたしね、ユリア。なんだかみんなと一つになれた気がしたの。とっても怖かったけれど、アルトランディアの兵がわたしたちのために戦っている姿を見ていたら、わたしも手伝いたいなって思ったのよ。ふふ、きっとヴァンズお兄様のようにわたしにも騎士の血が流れているのかしら」


 もっとも血なまぐさいことから縁遠かったファルファーナに剣を扱えるはずもなく、使用人たちと鍋やら花瓶を持って必死に応戦したり、眠り込んだ兵士を縄で縛り付けていたらしい。

 使用人たちは、地下牢にいる予定だったらしいが、なにやらファルファーナの行動に感銘を受けたようで、死を共にすると誓ったらしい。ヴァンズや引きこもっていた二人の兄も駆けつけ、せめて城は守ろうと考えたようで、影でいろいろと頑張っていたようだ。

 それは、ユリアが傷だらけでボロボロになった彼らの姿を見れば、どんなに大変だったか一目瞭然だった。


「お母様もね、放っておいたらいいのよ。あなたのおかげで傷はすっかり癒えたんだから、これまでのように働かされなくていいの。なんといってもあなたは、殿下のお妃様になるんだから! あぁ、本当に不思議。王子様みたいって思っていたけれど、本当に王子様だったなんて! ユリアは幸運ね。きっとヴォールヴォート神は、ちゃんとユリアの頑張りを見ていたのよ」

「……」


 ユリアの表情がすっと曇った。


「ユリア……? 気分でも悪くなった?」

「私には、もう心を捧げなければならないお方がいるのです」

「ふふ、シーファス殿下のことでしょう? わかっているわよ。ちゃんとね。まさか、ユリアを救ってくださったのがシーファス殿下だったなんてね……。運命ってこういうことをいうのね。わたしも素敵な方の元へ嫁ぎたいわ。できれば年の近い殿方の元へね」


 ファルファーナの婚約は解消となった。ファルファーナがしっかりと自分の意見を言ったのだ。ディオルン伯爵は、手駒はユリアがいればよいと思ったのかあっさりと受け入れた。

 バル・ドゥーラの新王が裏で手を回してくれたようで、表向きは円満に話がまとまった。


「ねっ、ユリア。知っている? あなたのことみんななんて噂しているのか。慈しみの女神ラティーサみたいって、言っているのよ。本当にあなたは綺麗だもの。透明感があるっていうのかしら。長い間仮面に隠されていたのが残念ね。きっと美の女神アールンが嫉妬して仮面を外せないようにしてしまったのよ。わたし、あなたが妹であることがとても誇らしいわ。その不思議な能力も、その気高い心も……わたしにはとても眩しいの」

「そんな……私のほうがファルファーナ様を……」

「ユリア。お姉様、でしょ?」


 くすりと笑ったファルファーナが訂正する。


「異母姉様をずっと羨んでいました。だれからも好かれて、天使のような美しい容貌をしていて……私には決して手に出来なかったものをあなたはすべて持っていましたから」

「じゃあわたしたち、お互いに羨ましく思っていたのね。それってとってもいいわ! どうしてもっと早くうち解けられなかったのかしら。長い時間を無駄にしちゃったのね。でも、これからは堂々とあなたとお喋りできる。お茶会も、買い物だって……お妃様にそんな馴れ馴れしい態度はよくないかもしれないけど、今更よね! わたし、この件に関しては、空気を読まないで自分の欲望に忠実に従うことにしたの。だってわたしたち、どんな姉妹よりもずっと固い絆で結ばれた姉妹になれるはずだから」


 嬉しそうにはにかんだファルファーナは、己を呼ぶ声に返事を返すと、真っ白な敷布を抱えると忙しそうに去っていった。

 まだ領地が落ち着きを取り戻していないせいで、ファルファーナも使用人のようにあくせくと働いていた。けれど、なにか手伝えることが楽しいようで、ファルファーナは進んで手伝いを申し出ていた。

 すでに援助の物資や人手は各地から到着しており、着実に復興が進んでいた。再び前のような姿を取り戻すまで、そう時間はかからないだろう。

 眩しげに空を仰いだユリアは、熱い吐息を漏らした。

 少し、疲れているのかもしれない。


「天命の君、まさか約束をお忘れじゃないっスよね?」


 ふと、声が聞こえた。

 気配を殺していたのか、ちっとも気づかなかった。もしかしたら、ファルファーナとのやりとりも聞いていたのかもしれない。


「──ええ、わかっています」


 暗澹たる心地でそう返したユリアは、彼のほうを振り返ることなく歩き出した。


「シーファス様……」


 名前を口にするだけで、きゅっと胸が苦しくなる。

 彼は一足先に王都へと戻っていった。動ける兵士たちを連れて。


『本当はこのまま連れて帰りたいけど、君の意志を尊重するよ。けれど、すべてが終わったら真っ先に僕の元へと帰ってきてくれるね?』


 別れ際、そう囁かれたとき、ユリアはなんて返しただろう。

 ただ、彼の姿を記憶に留めておきたくて、彼の言葉を耳に残しておきたくて、ただそれだけに集中していた気がする。


「あ、あの、ユリア様。旦那様がお呼びです」


 どこかおどおどと声を掛けてきたのは、伯爵夫人付きの侍女であった。ユリアを罵倒していたのが嘘のように丁寧な言葉遣いで接するのは、なにも彼女だけではない。もうだれ一人、化け物と罵り、蔑む者はこの領地にいない。

 ユリアが今着ているのは、大切に隠しておいた濃紺の服であった。シーファスからいただい服を、城へ帰る前に森の中で着替えて幹の穴に隠しておいたのだ。幸い、激しい戦闘の最中にも大木は無事だったようで、洗えば綺麗になった。

 さらさらと濃紺の生地の上を滑る白金の髪が、瞬く星々のほうに光り輝き、仮面を取り去ったユリアにこれ以上なく似合っていた。

 侍女は感嘆としたため息を吐いたが、ユリアと視線が合うと慌てて目線を下げた。


「……わかりました」


 ユリアは彼女に背を向けるとディオルン伯爵の執務室へ向かった。

 その後ろ姿を、緩い笑みを消したユートンが鋭い眼差しで見つめているのに気づかず。


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