落陽
戦いは十七日目に差し掛かった。
多くの将が死に、カルナが今や一番の将となっていた。誰もそれに文句は言わなかった。
いよいよ、カルナとアルジュナは遭遇した。アルジュナは御者にクリシュナを迎えていた。一方、カルナもまた戦車に乗っていたが、御者はパーンダヴァに通じるものだった。
彼は成り行きでカウラヴァについた者だった。そして、パーンダヴァを愛する者であった。御者の腕は間違いなくカウラヴァでは一番であり、カルナが討たれたとき、その跡を継ぐ者だった。
「どうして私が、御者の子の御者を務めなければならないのだ」
先ほどからこの調子なのだ。戦意を削ごうと、声をずっとかけてくるのだ。
カルナは彼に答える。
「そう言うのは構わないが、きちんと御者を務めなければ命がないのはお前だぞ」
そう言えば御者は大人しくなる。カルナはこれでようやく、戦いに集中できるようになった。
戦場の真ん中で、カルナとアルジュナは相対した。
多くの兵士たちは、最強の戦士たちの戦いを見るべく、その手を止めた。
「久しいな、アルジュナ」
「こうして言葉を交わすのは競技会以来ですか」
それは出会いからずっと声を交わしていないということだ。
いままで幾度となく会遇し、しかし言葉を交わしたことも、刃を交えたこともない。決着をつけないまま、ここまできた。
カルナは念願である。鎧を失い、最強の槍もなくなったいま、カルナには到底勝ち目がなかった。
また、カルナには二つの呪いがあった。
師を欺いた罰として受けた、己と等しい技を持つ戦士と戦っているときに奥義を忘れる呪い。
バラモン僧の牛を誤って射抜いたことによる、最も大事なときに車輪が回らなくなる呪い。
誰がどう考えても、勝つことはできないだろう。カルナ自身もそう考えている。
だが、カルナは臆さない。決して背を向けない。
ここで逃げることは父と友の威光を汚すことになる。
敗北の運命が待っているとしても。己の死が待っているとしても。
逃げぬと決めたから。今日ここに立っている。
「なぜ、我らは戦わなければならないのでしょうか。パーンダヴァもカウラヴァも、同じ国の家族なのに」
「アルジュナよ、それをわからずに戦っているというのか。であるならば手を引け。今のお前は戦うに値しない」
「如何にも。私は今の今まで、己のために戦ったことのない、半端な戦士です。ただ、わかっているのは、私はクシャトリヤとしての使命を果たさなければならない。戦いによって、我らの正義を示す。ここで私が勝ち、世に悪は滅びることを示さなければならないのだ」
アルジュナはそう言った。それでこそクシャトリヤである。カルナは、もはや戦うしかないと思い、戦車を進めた。
戦いは熾烈を極めた。黄金の鎧を失ったカルナは、思い切った攻めができない。
しかし戦いはカルナの優位で進む。弓の技も、戦車の技も、カルナが上回っていた。
アルジュナは神々から多くの技と武具を授かっていたがカルナには敵わなかった。カルナは戦いの人生を送ってきた。貧しいときは持つものすべてを使わなければ生きてこれなかった。戦場では常に孤独だった。
クリシュナの幻術などによって辛くも逃げ続けるアルジュナ。だが、それもそろそろ限界だ。
カルナは歓喜を覚えた。いよいよ決着だ。待ちに待った瞬間だった。競技会で出会ってから、ずっとお預けだった戦いの決着。
戦士として、これ以上の愉悦はないだろう。悲願を果たせるというものだ。
そしてカルナは矢を番えた。
狙うは己の持つ最強の技、至大至高の一撃。
炎を纏った、太陽にも及ぶ輝き。創造神ブラフマーの名を冠した、奥義ブラフマーストラ。
万軍を薙ぎはらう、戦士たちの極意。
しかし、放とうとした瞬間、頭が真っ白になった。次いで車輪が泥に嵌る。それは二つの呪いからだった。
カルナの動きが止まった。戦車を降りて、アルジュナへと向き直った。
戦いには規則があった。それは歩兵は歩兵と、戦車は戦車と戦うという規則だった。今や戦車を失ったカルナは、歩兵である。
馬上でアルジュナが弓を構えた。が、弓を引かなかった。それは規則があるからだった。
「アルジュナ、お前に正義があるというのなら規則を守ったらどうだ!」
「いいや、アルジュナ、矢を放て! お前の手で幕引きをくれてやれ! この世の正義を示してやるんだ!」
カルナとクリシュナの言葉に、アルジュナが逡巡する。そしてアルジュナは決断した。
アルジュナの弓、ガーンディーヴァから矢が放たれた。それはまっすぐと、カルナへと向かっていった。
カルナもまた矢を放った。奥義は出せない、秘蔵の槍はなくなった。だが、だからといってこのまま終わるカルナではなかった。
果たして、カルナの弓から矢が放たれた。カルナの矢はクリシュナの顔を掠め、アルジュナの腹へと突き刺さった。
ガーンディーヴァから放たれた矢はカルナの頭に突き刺さる。いよいよ、カルナは力尽きた。
その瞬間、カルナの脳裏に記憶が蘇った。いままでの人生を振り返る。
養父に育てられた。
師と出会った。
宿敵と出会った。
永遠の友と約束した。
呪いを受けた。
幾つもの戦いがあった。
母と再会した。
神とさえ話した。
そして宿敵と最後まで戦った。
悔いはない。出来る限りをした。満足のいく人生だった。
だから、今日この時に最後を迎えるならば。
笑ってやると、決めたのだ。