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天頂

 パーンチャーラ国にドラウパディという女がいた。

 国王であるドゥルパダの子であり、姫であった。ドラウパディは大変評判の良い姫だった。

 彼女は慈悲深く、教養があり、そして何よりも美しかった。

 古今において並ぶものなしと言われた美姫。その姿は雷神インドラの妻、ラクシュミーを思わせた。

 そして今回、ドラウパディを巡って、婿選びの競技会が行われることとなった。

 各国の王族たちはこぞってその競技会へと足を運ぶ。ある者はドラウパディの美しさに目を奪われ、またある者は彼女の父であるドゥルパダの権威を手に入れるためであった。

 しかしそこに、パーンダヴァの姿はなかった。それは、ドゥルヨーダナの仕業だった。

 パーンダヴァの長兄ユディシュティラが王位を継承する王子、皇太子として宣言すると知ったドゥルヨーダナは策を弄して、パーンダヴァ五王子とその母を亡き者にした。彼らがいた宮殿に火を放ったのである。

 得意げに語るドゥルヨーダナを見て、カルナはこの男の小ささにほとほと呆れたが、彼らがその程度で死ぬはずがないという確信を持っていた。

 であるならば、どこかにいるはずだろう。そう、今だって生きているのだ。きっと近くにいるのだ。

 競技会の内容が発表される。弓だった。父王ドゥルパダの用意した弓で的を射た者をドラウパディの婿にすると宣言された。


「勝ったな。この場において、お前を超える弓の使い手はいまい」


 ドゥルヨーダナの言葉に、どうかな、とカルナは周囲を見回す。

 クシャトリヤの中でも名だたる勇士たちが揃っていることは疑いようがないだろう。

 特に、クリシュナだ。ドヴァーラカーを代表として出てきている彼であるが、その底知れなさにカルナも危惧を抱く。弓であれば負けることもないだろうが、彼の得意な領域であれば危ういだろう。

 尤も、直接戦うことを考えれば負ける道理はない。しかし彼がなにを仕掛けてくるかはわからない。

 競技会が始まる。各国の王族たちがこぞって弓を引いたが、誰一人として弓を引くことはできなかった。ドゥルパダが用意した弓は、この世に二つとない強弓だった。

 それを見てカルナは知る。ドゥルパダは最初から、アルジュナにしか目がなかった。だから競技に弓を選んだし、そもそも彼以外の弓使いが引けないような弓を作ったのだ。

 カルナはひどく腹を立てたが、すぐに落ち着きを見せた。武勇において、カルナは負けない。その自信が、あの弓を引かせることになるだろう。

 ついにアンガ国の王、カルナの番になった。

 カルナは弓を持つ。そして的である黄金の魚を見て、矢を番えた。

 弦が引かれるのを見て、多くの者が歓声をあげた。

 カルナの武勇は知れ渡っている。カウラヴァにカルナあり。カルナいる限りカウラヴァに敗北はない。あの輝く鎧と耳飾りは戦場において恐怖と映り、眼差しは心の奥底まで覗くかのようだとと。

 ここに競技会は決したか、という空気が充満した。カルナであれば仕方ないとも。

 しかし弓を放つ瞬間だった。美姫ドラウパディが叫んだ。


「私は嫌よ!」


 集まった者は皆、ざわめいた。カルナとドゥルパダだけが黙ってドラウパディの言葉を聞いていた。


「元はと言えば、カルナは御者の子だというではありませんか。私は誇りあるドゥルパダの子、クシャトリヤよ。どうしてヴァイシャの血が流れる者と結婚せねばならないのです?」

「姫よ、それは筋が通っていない。お前の父は弓で勝ち取れと言った。クシャトリヤとは武だと言っていた。親の言葉を翻してまで、この俺を拒むか」

「ドゥルヨーダナの側につく貴方が言えることなの?」

「俺を見て言っているか、ドラウパディ。俺は今はクシャトリヤだ。そしてクシャトリヤとしてあるようにしているぞ」

「嫌よ。その血を受け入れることはできないわ」


 そう言われてしまえば、カルナは退くしかない。王とは血を尊ぶものだ。そして血によってその権威を示すものだ。ドラウパディの言葉は、その王の権威を守るものだった。そのようにカルナは納得した。

 しかしそうなると、いよいよ婿選びの競技会で、結果が出ないことになる。果たして王はどうするのか、

 そんな中、観客の中から顔を隠した一人のバラモン僧が出てきた。ドゥルパダ王に挨拶をし、何事かを告げる。王が頷くと、バラモン僧は弓を持った。

 そして彼は無言のままに、弓を引いて見せたのだ。これには多くの者が驚いた。

 カルナは僧を見る。見間違うはずがない。あれはアルジュナだ。あの清廉な姿、迷いのある構え。しかし確かな技量。放たれる矢は、必ず的を射抜くだろう。

 果たして、矢は放たれた。

 確かな技があった。まっすぐ放たれた矢は、黄金の魚の目を射抜いた。

 拍手喝采。そして罵倒。

 観客はバラモン僧の放った弓矢の技量に感服したが、戦士であるクシャトリヤにとって、バラモン僧に武術で負けるのは屈辱でしかない。また、クシャトリヤであるカルナが拒まれ、あのバラモン僧が許されたことも納得がいかなかった。

 バラモン僧に連れられ、ドラウパディは会場から出ようとする。しかし、それを阻んだのが参加した王や王子たちである。詰め寄り、彼らが出られないようにし、もう一度選考の機会を設けるべきだとした。

 カルナは彼らを遠目から眺める。隣に並んだのはクリシュナだった。クリシュナはクシャトリヤの中でも、その智恵において並ぶ者はいないと言われるほどだった。彼の言葉はいかなる者も一目を置いていた。


「どう見た、カルナよ」

「俺の言葉が必要か。俺は拒まれた者だ。元より、彼らの目にはアルジュナしか映っていない。であるならば、最初から俺はこの会に相応しくなかったのだろう」


 カルナはドラウパディとドゥルパダ王を許していた。いや、初めから憎んでなどいなかった。彼らはアルジュナを迎えたかったが、それは立場上許されない。ゆえにその手段として、競技会と弓を考えたのだ。


「そうは言うが不満そうな顔をしているな。本心を言ってみろ」


 クリシュナはカルナを暴きたかった。僻みなどではなく、カルナを知りたかった。


「不満と言えば、またアルジュナと決着がつけられなかったことか。持ち越されることになったが、いつか決着をつけるときが来るだろう」


 カルナの言葉に、クリシュナは驚いた。その言葉に偽りがなかった。誰よりもクシャトリヤらしいものだった。

 そしてそれは、大きな嵐の予感でもあった。

 カルナとアルジュナ、そしてクリシュナ。この三人が集ったことは不幸だったと言うほかないだろう。

 しかしカルナは思う。その中に悦びを見出すしかないと。

 日は天へと登ろうとしていた。

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