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彼は家族や仲間と仲良く暮らしておりました

 ヒューが近づいた人だかりは、やんややんやの喝采を中央へ向かって叫んでいた。酒と汗の男どものむさ苦しい熱気が夜の落ち着いた雰囲気を吹き飛ばしている。


「喧嘩かしらん」


 イルダがわくわくしたような声で呟いた。

 その騒ぎはこの街に来てから、あちらこちらで見られる風景だ。住民達は慣れたもので眉をひそめる事もなく、ちらりともせず通り過ぎるか、目を輝かせて野次馬に参加するかの二択で、不思議がる様子を見せるのは観光客か旅人なのだろう。

 ひしめき合う男達を押し退けて体を捩じ込んでいく。その頃イルダは興奮してきたのか、ヒューの頬を意味もなくぺちぺちと叩いてくる。

 何とか中央近くまで進んで、人だかりの原因に目を向ける。


 やはり喧嘩であった。

 人だかりを抜けた先は丁度騒ぎの真ん中付近だったらしく、七人が左右に別れて睨み合っていた。右手に赤ら明らかに酒を飲んだ風体の赤ら顔の男四人が険悪な雰囲気をかもしだしている。彼らはそれぞれ帯剣していたり、杖を持っといたりとする様子から冒険者のパーティなのだろう。

 対して左側には若く麗らかな女性を先頭に十五歳ばかりの赤髪の美少年と何やら堅気でない風体のスキンヘッドにサングラスの大男という何と奇妙な三人組だった。

 困ったように微笑を浮かべた女性は長い浅葱あさぎ色の髪を後ろに流した女性は困ったように微笑み、彼女を守るように大男が背後から殺気を放っている。赤髪の美少年は疲れたような表情だ。


「これは?」


 ヒューは近くにいた男にどういった状況なのかを尋ねた。

 答えたのは冒険者らしい格好をした男だった。


「酔っ払いがあの美人さんに声をかけたんだよ。それで断られたモンだから逆ギレして引っ張って行こうとしたら、あの大男と男の子が現れたったワケ。睨み合いが続いてたら住民やら観光客やら冒険者やらが面白がって野次馬してんの。ま、俺もその一人だけど」


 そう言って男はニカリと笑った。

 それをそっけなくいなしたヒューは、短く礼を述べて騒ぎに意識を向け直した。

 しかし、男は話足りないのか、続けて口を開いた。


「因みに右側の美人さんはこの街にある冒険者ギルドのマスターだよ。残念ながら名は知らないがね。あとの二人もそこに所属してんのさ。でもまあ、弱小ギルドらしいんだけどね。ギルド間のいざこざが多いご時世で女一人で立ち上げたってんだから大したモノだよ」


 男の言う様に、国中にある様々なギルドが我こそと名乗り上げている。特に冒険者が集う冒険者ギルドは爆発的に増えた。というのも、近年見せる魔物の出現増加ににより、被害を受ける地域が多くなった。その対策として、というか餌として掲げられたのが国王から授与される『英雄名誉賞』だ。

 年間を通じて最も多くの、最も脅威となる魔物を討伐した者に贈られる。最大十人までが選ばれる。

 それに加え、『英雄名誉賞』が贈られた者が所属するギルドは何かと優遇される。

 そのため、ギルド間では冒険者競争が始まった。中には人拐い紛いのことをやってのけるギルドもあるらしく、国中で監視が強化されたとか。

 残念ながら、その手の話に興味のないヒューにはその程度の知識しかなかった。


「ヒュー見て!一触即発だわ!」


 イルダに耳たぶをぐいっと引っ張られ、男に向けていた意識を再び目の前の騒ぎに戻す。そこはちょうど、赤ら顔の男達がジリジリと奇妙な三人組との距離を縮め始めているところだった。

 前衛役の三人が腰に下げていた剣を抜き、残る一人の魔術師は後方で杖を構えている。酒で判断力が低下しているとはいえ、それなりの場数を踏んできたらしく、その連携は手慣れていた。


 彼らが距離を詰め始めると、スキンヘッドの大男が前へ出てきた。長髪の女性と少年は場所を譲るように一歩下がった。どうやら大男一人で相手するらしい。

 それを挑発と受け取った前衛達が赤い顔を更に赤くさせ大男に飛び掛かった。


 中央の男が大上段に降り下ろされた剣を簡単に避け、酔いも加わってたたらを踏んだ所を前へといなす。そして男の背中へ向けて拳を叩きつけた。男は地面に勢いよく落とされ、うつ伏せにのまま動かなかった。


 そんな男にちらりとも目を向けずに、大男は続けて襲ってきた男達を迎え撃つ。男達はそれぞれ左右から剣を滑らせる。ざわりと周囲の野次馬が息を呑む中、大男は慌てることなく右から襲いかかる男の剣を持つ手首を片手であっさりと掴み、左から来る男の剣を持つ手を上へと蹴りあげた。その衝撃に男の剣はくるりと鈍く光ながら宙を舞う。ついでとばかりに、後方で様子を見ていた魔術師の頬にかすり傷を作って地面に突き刺さった。


 その間に、大男は片手で掴み上げていた男の手首を捻り上げ、男がバランスを崩したところを簡単に地面に組み伏せる。

 勝敗が決したのは明らかだった。


「まだやるか」


 大男は低い声で柄悪く地面と接吻する男に問いかけた。

 ぐいぐいと地面に押し付けられながら問いかけられた男は、呼吸も満足にできないようで、軽く白眼を向きかけていた。

 それを観ていた野次馬たちからどっと歓声が上がった。


「おめぇやるなあ!」

「酔っ払いとはいえ冒険者をやるたぁ大したもんだ!」

「めちゃくちゃ人相悪いじゃねぇかお前!!」


 人だかりを作っていた野次馬達は、称賛とも罵倒ともつかない言葉を吐いて、前へ前へと遠慮なしに大男の元へと詰めかけていく。

 それはつまり、前方で観戦していたヒューの細身の体も前に流されるわけで。

 ヒューが不味いと思った時には既に遅く、後ろから押し寄せる大勢に巻き込まれてしまう。どこか隙間を 見つけて戻ろうにもそんな隙間が存在するはずもなく、気が付けば手を伸ばさずとも大男に触れられる距離になってしまった。

 大男の傍では連れの二人が押し寄せる大衆に苦笑いを浮かべているのが視界の隅に写った。


 ヒューは視線を反らしつつ何とか己の存在を消そうと小さくなったのだが、意味は無かったらしい。

 ぽんっと頭に軽い衝撃があえい、続けてぐぐっと力強く押される。仕方なくそろりと目線を上にやれば、サングラスの向こうにあるであろう大男の目と視線が交わった気がした。

 ヒューは慣れない笑みを向けるが、自分の頬が引きつるのが分かった。


 たまたま見つけた懐かしい姿に近づいたのが間違いだったのだ。


(いつもなら、見つからないように立ち去るのにな)


 ちょっとした懐かしさと興味本意で行動してしまった過去の自分に脳内で往復ビンタしながら、ヒューは次に来るであろう物理的な衝撃に備える。

ヒューに顔を近づけたまま微動だにしなかった大男から突然殺気にも似たのもが溢れ出す。それを敏感に感じ取った数名の野次馬達が数歩の距離を置いた瞬間だった。

これまでヒューの頭を抑え込んでいた握力が消え、代わりに胸ぐらを捕まれる。


「こんの馬鹿野郎がああああ!!!」


大男の怒声。そして、風を巻き起こして消えるヒューの体躯。

大男は細身に近いヒューの体持ち上げた腕を振り上げ、そのままヒューをぶん投げた。


ヒューが飛ばされた方向で、悲鳴が聞こえる。憐れ、巻き込まれた者がいるようだ。


大男の突然の暴走に周囲が騒然とする中、当の本人は野次馬を掻き分け、恐ろしい空気を身に纏いながらヒューの飛ばされた方へ進んでいった。


一方ヒューはというと、数名の通行人を犠牲にしたおかげで、かすり傷程度で済んでいた。かなりの勢いで投げ飛ばされたのを考えると、軽くすんだ方だ。

呻き声を上げながら起き上がったのは良いが、彼がまだ安心することはできなかった。

それもそのはず、前方から件の大男がやってくるのだ。

ヒューの顔が再び引きる。


見下ろす大男とそれ見上げる若者に固唾を飲む周囲。

一触即発の張り詰めた空気が辺りに漂う。誰かがごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。

その時、大男の手が前触れなく振り上げられた。


声にならない悲鳴が上がる。これまで傍観に徹していた長髪の女性と赤髪の少年が慌てて駆け寄ろうとしたが、少々離れすぎていたために間に合うはずもなく。


そして大男の手は拳を作り、勢いよく降り下ろされた。


「おいコラ放浪息子ッ!!てめぇ今までどこほっつき歩きいてた!?」


ゴツンッ!と、気持ちが良いほどの音たててヒューの頭に拳骨が決まる。思わず涙目になってしまった。


「おらぁそんな風に育てた覚えはねぇぞ!!」

「育てられた覚えもねぇよ…」

「ああん!?なんか言ったかこの野郎!!」


思わず呟いたヒューであったが、間髪入れずに叫び返さる。

小さな声だったなのに、よく聞こえたものだ。


「文句あんならはっきり言えやオラァ!!」


大男は両手でヒューの胸ぐらを掴み上げ、ぐらぐらと乱暴に揺すり始めた。

もちろんヒューの両足は地面とおさらばしており、宙吊り状態。ヒューの首が絞まるばかりだ。

ちなみにイルダはと言うと、ふわりと宙に浮かび、避難済みである。ついでに加えるなら、前後に激しく揺れるヒューを指差してケラケラと笑っている。


「親父さん、落ち着こう。ていうか、下ろしてあげて」


大男に声をかけたのは、赤髪の少年だった。少年の目線の先には苦悶の表情を浮かべたヒューがいる。その少年の一歩後ろには、一緒にいたギルドマスターらしい女性がこれまた困ったように微笑んでいる。

大男はふんっと鼻を鳴らすと、唐突に両手を離した。ヒューは重力に従い地面に落ちた。呼吸は満足にできないできないが、解放されたことへ安心して内心でほっと一息ついた。しかし、そうやって一息ついたのも束の間、大男に後ろ襟を掴まれる。


「ギルドに戻るぞ」


大男はそれだけ言うと、文字通りズルズルとヒューを引きずって歩き出した。

再び苦しくなった呼吸と自分にしか聞こえないイルダの笑い声にヒューは遠くを見つめるしかなかった。


















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